再び、六花と風花 Ⅶ: 二つの灯、永久に消えず。
風花と家に戻って、風呂に入れようとした。
亜紀ちゃんと六花が待ち構えていた。
いつの間にタッグを組んだのか。
「四人で」
「ふざけんなぁ!」
「タカさん、いつも私と入ってるじゃないですか!」
「俺はいつも嫌々だぁ!」
「そ、そんなぁ!」
亜紀ちゃんが泣きまねをする。
「私もいつも一緒ですよね」
「響子と一緒の時だけだぁ!」
「そ、そんなぁ!」
六花が泣きまねをする。
「私は構いませんけど?」
「お前はもっと嫌がれぇ!」
二人に突っつかれて、風花が泣きまねをする。
「俺はロボと入る」
ロボが泣きまねを……しなかった。
まあな。
結局強引に四人で風呂に入った。
六花と亜紀ちゃんに全身を洗われた。
六花の洗い方を、亜紀ちゃんが真剣に見ていた。
覚えなくていいぞ。
四人で湯船に浸かる。
「あー、俺は毛だらけの女の子と入りたかったのに」
六花と亜紀ちゃんが毛を見せてくる。
「やめろー!」
風花が笑っていた。
こいつも、恥ずかしがらない。
「石神さんって、スゴイ身体ですね」
「あー、お前に見せたくなかったよ。ごめんな、気持ち悪いものを」
「いーえ!」
風花が断固否定した。
亜紀ちゃんと六花がニコニコしている。
「風花、これが本物の男の身体なんです」
「へぇー」
「やめろ!」
「このぶっといオチンチンが………ぶくぶく」
俺は六花を湯に沈めた。
風花が笑っている。
風呂から上がり、四人でリヴィングに集まった。
俺は蓮花にもらった浴衣だ。
最高に気に入っている。
「あ! なんですか、その浴衣は!」
六花が驚いている。
「蓮花にもらったんだ。いいだろう?」
「はい!」
六花はいつものスウェットだ。
色気のないものだが、こいつは何を着ても綺麗だ。
風花と亜紀ちゃんは普通のパジャマを着ている。
「風花、何が飲みたい?」
俺はソフトドリンクと作れるジュースを言っていった。
「じゃあ、コーラで」
俺は丸い氷をグラスに入れて、コーラを注いだ。
缶を風花の前に置く。
他の三人はワイルドターキーを注ぐ。
亜紀ちゃんは水割りだ。
「いいよな?」
六花に聞くと、頷いた。
つまみにトマトとみじん切りのタマネギにオリーブオイルをかけたサラダ。
アスパラベーコン。
焼いたししゃもに唐辛子マヨネーズ。
あとはチーズを切った。
ロボにささみを少し焼いて与えた。
すぐに食べ終え、俺の足元で寝そべった。
「六花、お前塩野社長の話を風花にしてなかっただろう!」
「あ、忘れてました」
俺は頭に拳骨を落とす。
風花が笑った。
「今日はな。二人にサーシャさんのことでまた分かったことがあるから話そうと思う」
「「え!」」
俺は宇留間の件で、ロシア大使館のピョートルに貸しが出来た。
支払った大金は帰って来ない。
その代わりに、サーシャさんの調査を頼んだ。
ピョートルは喜んで調べてくれた。
「知り合いのロシア人に頼んだんだ。ちょっとした貸しがあったからな。政府の高官で、そのロシア人のお陰で幾つか分かった」
六花と風花、そして亜紀ちゃんも真剣に聞く。
「サーシャさんがどうしてソ連を出なければならなかったか、だ」
サーシャさんは、バレエのダンサーとして、将来を有望視されていた。
有名なバレエ団に入団し、毎日を研鑽に明け暮れていた。
その容姿の美しさもあり、徐々に大きな役も与えられるようになった。
「いずれプリマとして活躍することは確実視されていたそうだ」
サーシャさんの父親は、政府の中央委員会に所属するエリートだった。
母親も元プリマであり、サーシャさんは順風満帆の人生を始めていた。
しかし、あのチェルノブイリ原発事故が起きる。
極秘裏に隠蔽されていた実態は、後に世界中が驚愕する事故として明るみに出る。
「まだこれは隠されていることなんだがな。原発事故の放射能の影響と思われる、特殊な感染症が発生したんだ」
チェルノブイリの近くの村で、その伝染病は発生した。
罹患すると理性を失い、凶暴性を発揮する。
最初はただの暴行事件と思われていたが、村全体に広まり、未知の病原菌の影響であることが分かっていった。
「村を軍隊が囲み、村ごと焼き払うことが決定された。その時に猛反対したのが、サーシャさんの父親だった」
名は教えてもらえなかった。
記録上ではそんな事件は無いこととされていた。
「サーシャさんの父親の村だったからだ」
「「「!」」」
「しかし、党の決定に反発することは許されない。世界世論の力を借りようとしたことが決定的だった。サーシャさんの父親と秘密を共有していたと見做された母親が処刑された。サーシャさんは何も知らないはずだったが、共産党の手が伸びた」
サーシャさんの父親の友人から、危険を知らされたサーシャさんは、密かに日本へ逃がされた。
「カニなどの密漁で、日本に伝手があったその友人に、サーシャさんは助けられた。しかし、その後の日本での苦労は前に話した通りだ」
二人は泣き、亜紀ちゃんも泣いていた。
ロボは六花の膝に乗り、顔を舐めた。
六花が風花を抱き寄せると、風花の顔も舐めた。
「悲しい話だが、聞いておいてもらいたかった」
「ありがとうございました」
六花が言った。
「俺のロシア人の友人から聞いたんだ。彼はサーシャさんに深紅の薔薇を捧げて欲しいと」
「どういうことですか?」
「ロシアでは、戦って非業の死を遂げた人間には、深紅の薔薇を捧げるそうだ。風花、俺たちの分も墓に供えてくれるか?」
「はい! 必ず」
俺は立ち上がり、ロシア民謡の『ともしび』( Огонёк、アガニョーク)を歌った。
三人は黙って聴いた。
♪ На позиции девушка Провожала бойца. ♪
「綺麗な歌ですね」
亜紀ちゃんが言った。
六花と風花は黙っている。
「戦場に行った若者たち。彼らは友を助け、勇ましく戦うが、故郷の灯をいつも思っていた。そういう歌だ。サーシャさんはずっと、故郷へ帰りたがっていたよな」
六花と風花が泣いた。
「まあ、お前らはいつでもここに来いよ。いつだって、腹いっぱいに喰わせてやるから。そんなことしか出来ないけどな」
六花はロボを抱き締めている。
涙で濡れるのを嫌がらず、ロボは六花に抱かれていた。
「石神先生、もう一度歌って下さい」
「ああ、何度でも歌ってやるぞ」
俺は日本語の歌詞で歌ってやった。
♪ 夜霧の彼方へ 別れを告げ 雄々しき丈夫 …… 二つの心に 赤くもゆる こがねのともしび 永久に消えず ♪




