プリンを。
月曜日。
院長に呼ばれた。
「石神、入ります!」
院長が、何とも言えない顔をしてデスクに座っていた。
俺なんかに礼を言うのが恥ずかしいのだ。
院長のお兄さんの絵だ。
「石神、昨日は」
「いいですって! あれは双子がやったことですから」
「いや、お前に頼まれたと」
「言ったのはそうですけど、あの絵を描いたのはルーとハーです」
「そうか。ありがとうな」
院長は笑顔でそう言った。
「じゃあ、幾らにしましょうかねぇ」
「お前! 金を取るのかぁ!」
「当たり前でしょう」
「きさま!」
「別に、お返しいただいてもいいですよ?」
「ふざけるな!」
「アハハハハ!」
俺は笑って部屋を出た。
まあ、あれくらいがいい。
俺は一江の報告を聞いた。
「週末はありがとうございました。楽しかったですね」
「おう! またやろうな」
俺は翌日に来た千両のこと、そして蓮花の施設の進捗を話した。
「イーヴァの中枢はまだだけどな。外観は概ね出来上がったぞ」
「そうですか。とんでもないものが出来ますね」
「ところで部長」
「あんだよ」
「今週末は鷹と出掛けるんですよね」
「ああ、別荘に二泊だ」
「シッポリしてきてください」
俺は立ち去ろうとする一江の腕を掴んだ。
「お前、亜紀ちゃんに何を渡した?」
「い、いや別に」
「俺に隠し事かぁ? しかも俺の大事な娘のことでぇ!」
「ヒィッ!」
一江が洗いざらい吐いた。
こいつは週に一度は俺の家に来る。
皇紀たちと打ち合わせをしたり、作業をしている。
俺にいちいち挨拶はするなと言ってあるので、知らないうちに来て帰ることも多い。
俺がいない時に、家で飯を喰ったようだ。
それは構わない。
その時に、亜紀ちゃんにエロい本を渡したらしい。
「亜紀ちゃんが興味ありそうでしたのでぇ! うちにあったフランス書院の本を貸しましたぁ! イタイイタイイタイ!」
俺は一江の肘の関節を放した。
「お前なぁ。まあいいけどな」
「すいませんでしたぁ!」
「いや、いいよ。これからも頼むな」
「へ?」
別にエロ本ごときはどうでもいい。
ただ、それ以外のことで俺に隠すなと言った。
分かりましたと一江が言った。
顕さんの部屋へ行った。
「タカトラー」
響子もいた。
ジグソーパズルに夢中で取り組んでいる。
最近は、セグウェイの巡回の途中で、顕さんの部屋でまったりするのが日課になったようだ。
「顕さん。突然こんなことをお聞きするのは失礼なんですが」
「なんだよ?」
「顕さんは別にお金に困ったりしてないですよね?」
「えぇ! 大丈夫だよ。石神くんには迷惑はかけないから。入院費もちゃんと払ってるよ」
俺は笑って、そうではないのだと言った。
井上さんの話を少しした。
建築関係ならば仕事を回せるので、何かあったら言って欲しいと。
「そうだったのか。こっちは大丈夫だよ。使う宛もない貯金もあるしな」
それは奈津江のためのものだったのだろう。
俺はなるべく顕さんは「花岡」に関わらせたくなかった。
少し雑談をした。
「ねータカトラ」
響子が割り込んでくる。
「なんだ?」
「今日のランチはプリンはつくかなー?」
「どうだったかな。六花に聞いてみろよ」
「いいよ! ねぇ、タカトラはプリンがつくと思う?」
俺は笑った。
プリンをねだっているらしい。
「もしもついてなかったら、おやつに俺が買ってやろう」
「ほんとー!」
顕さんも笑っている。
俺は顕さんに、響子には何も与えないでくれと言ってある。
顕さんのことだ。
響子が可愛くて、いろいろ食べさせてしまうだろう。
響子と一緒に、病室へ戻った。
そろそろ昼食だ。
六花が受け取りに行った。
プリンはなかった。
俺は六花に頼んで、響子が寝たらプリンを買っておいてくれと言った。
六花は笑顔で頷いた。
午後にオペが入っており、8時までかかった。
俺は関わった全員に吉兆の弁当を振る舞う。
鷹もいる。
片付けて、俺はベンツで鷹を送った。
「ちょっと上がって行って下さい」
俺はベンツをマンションの駐車場へ停めた。
鷹がコーヒーを淹れてくれる。
「あれでは足りないですよね? 何か作りましょうか?」
「いや、いいよ。家に夕飯の残りもあるだろうしな」
「分かりました」
「先週の「乙女会議」は楽しかったですね」
「ああ、面白かったよなぁ」
「みんな裸になっちゃって。あんな飲み会は初めてです」
「アハハハ」
楽しく話し、俺は帰った。
「週末はよろしくお願いします」
「ああ、そっちこそ楽しみだよな!」
下まで送ると言う鷹を止め、玄関でキスをして別れた。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
帰ろうと思ったが、気が変わって羽田空港へ向かった。
缶コーヒーを二つ買って、展望デッキへ上がった。
少し涼しくなった。
美しい夜景を眺める。
俺は右手を伸ばし、口を開けていない缶のそばに置いていた。
「なあ、新婚旅行はどこへ行きたかった?」
誰もいない空間で、俺は囁いた。
「どこでも連れてってやったのになぁ」
しばらく、俺は一方的に話した。
「ああ、忘れてた。響子はちゃんとプリンを食べられたかな。楽しみにしてたからなぁ」
響子が笑顔でプリンを頬張る姿を想像し、俺も嬉しくなった。




