俵
双子がロボと遊んでいる。
かくれんぼを始めた。
驚いた。
「タカさん、かくれんぼをしてますよ」
「ああ、やってるな」
亜紀ちゃんも驚いている。
ルーが数を数え始めると、ハーとロボが隠れに行く。
ロボがカーテンの裏に隠れた。
足が見えている。
カワイイ。
俺は、双子用の踏み台で隠してやった。
ロボの鬼になった。
「よし、俺が数えてやろう」
俺が数を数え、ロボが探しに行く。
ちゃんとやってる。
「どうやって教えたんですかね?」
「きもちいー光線とかじゃねぇか?」
「なんですかそれ」
三時になり、お茶にする。
俺がソファに行くと、ロボが隣に来て、上半身を俺の腿に乗せる。
「あー、やっぱりタカさんがいいんだ」
ハーが言った。
子どもたちが勉強を始めた。
俺は自分の部屋へ行く。
ロボも付いて来る。
俺がデスクで論文を読み始めると、ロボは俺のベッドで寝た。
分かってやっているのか、ロボは俺の仕事の邪魔をしない。
不思議なネコだ。
悪戯は一切しない。
しかし、遊びは楽しんでやる。
俺はロボの隣に横になった。
ロボが薄く目を開けて俺を見る。
撫でてやると、目を閉じた。
「お前、幸せか?」
尻尾を小さく振った。
幸せらしい。
いつの間にか寝た。
「タカさん、夕飯ができました」
亜紀ちゃんが起こしに来た。
「お疲れですか?」
「いや、うとうとしてただけだ」
「夕べは大分騒ぎましたから」
「ああ、そうだったな」
亜紀ちゃんが心配そうに俺を見ている。
「大丈夫だよ」
俺は笑って答えた。
夕飯は中華だった。
チャーハンに春巻きとシウマイ。
それにチンジャオロースや回鍋肉だ。
俺はチャーハンと回鍋肉だけを少し食べた。
「タカさん! やっぱり調子悪いんですね!」
亜紀ちゃんが立ち上がって叫んだ。
「「「え!」」」
子どもたちが驚く。
「そんなことないよ。夕べ飲み過ぎたから、ちょっと食欲がないだけだ」
亜紀ちゃんが泣きそうな顔をしている。
三人も心配そうな顔だ。
「タカさん、早めに休んだ方が」
皇紀が言った。
「別に病気じゃねぇ。でもまあ、ちょっと早く寝るか」
亜紀ちゃんに引っ張られて、風呂に入れられた。
一緒だ。
「今日はまた前も洗ってあげますね」
「やめろ!」
「大丈夫です。天井のシミを数えてる間に」
「どこでそんなセリフを覚えた?」
亜紀ちゃんが笑って、俺を洗った。
「昨日、振り回し過ぎたんじゃないですか?」
「ばかやろう」
一緒に湯船に入った。
「千両さんのことですか」
亜紀ちゃんが言う。
やはり分かっていたか。
「ついにヤクザが出入りする家になっちまったなぁ」
「いい方たちだったじゃないですか」
「そうはいかん。お前たちはまっとうな人間だ。ヤクザなんかに関わらせるのはなぁ」
「今更ですよ。暴力人間の親を持ったら、もうどうだって同じです」
少し笑った。
「若い頃、新宿でヤクザと親しくなったんだ」
「そうなんですか」
「ちょっとは驚けよ」
「いや、他にもいろいろありまして」
俺は笑った。
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緑子と親しくなっての頃だった。
俺は緑子と待ち合わせをして、歌舞伎町の店で待っていた。
カウンターでビールを頼んだ。
緑子が遅れて来て、立ち上がった俺の肘が隣の男のビールを倒した。
すぐに謝ったが、男はその瓶で俺の額を殴った。
ヤクザだと分かった。
堅気はそんなことはしない。
俺は男を掴んで表に放り出した。
男は向かってきたが、俺が鎖骨を折り、右腕をへし折ると大人しくなった。
数秒だ。
声を掛けられた。
「にいさん、強いね」
俺よりやや背が低いが、大柄な男だった。
俺が店に戻ると、男も一緒についてくる。
俺は顔を見られた緑子を早めに帰した。
男が俺と一緒にカウンターに座り、酒を注文した。
ヘネシーをボトルで頼む。
「俺の奢りだ。飲めよ」
俵と名乗った男は、歌舞伎町界隈に事務所を置くヤクザだった。
歌舞伎町は、ヤクザの事務所が林立している。
大小さまざまな組が店ごとにつき、揉め事もしょっちゅうある。
ヤクザのカオスだ。
親しげに話しかける男と気が合い、それから一緒に飲むようになった。
ある時、歌舞伎町の有名な喫茶店に入る。
そこはヤクザの出入りが多く、店内での揉め事は厳禁になっている。
暗黙の了解だった。
俺はそこで何人ものヤクザに紹介された。
男の組とは別な連中だったが、親しくしているそうだ。
俵は、ヤクザの世界を俺に色々教えてくれた。
酷い話が多かったが、楽しいことや美しい話も少しはあった。
ケツ持ちをしているキャバレーにも連れて行ってくれた。
一緒に8人の女と寝た。
俺の馬力に、俵は舌を巻いた。
いつも、金は俵が払ってくれた。
「ちょっと一緒に来てくれ」
ある時俵が俺に言った。
硬い表情だった。
俺は俵の組の連中と、マンションの一室に向かう。
上着や腰の膨らみで、何人かがガンを持っていることに気付いていた。
何をしに来たのかが分かっていた。
ドアをノックする。
細く開いたドアを、組員が開こうとした。
開かない。
チェーンが嵌っていた。
俺は強引にドアを両手で引く。
チェーンが千切れた。
一斉に俺たちは飛び込んだ。
作戦も何もない。
怒号が飛び交い、銃弾が撃ち込まれる。
俺は震えている一人の組員から銃を奪い、部屋に飛び込んだ。
銃を持っている連中の全員の腹に撃ち込む。
五人いた。
リボルバーの残弾をすべて使った。
即死者はいない。
俵の組員が全員を運び、外で待っていたワゴンに放り込む。
「お前、やっぱスゲェな!」
俵が俺の肩を叩いた。
数日後、俵に呼ばれ、歌舞伎町の俵の店に行った。
誰もいなかった。
カウンターで、頭を撃ち抜かれた俵がうつ伏せていた。
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「ヤクザなんて、所詮はそんなもんだよ。最期に惨めに死んでいくというな」
「タカさんは、その後どうしたんですか?」
「何も。つまらねぇシマの取り合いでヤクザが死んだだけだ」
「俵は田舎でお袋さんがいるんだって言ってた」
「そうなんですか」
「毎月結構な金を送ってたそうだ。その金で立派な家を建てたんだって自慢してたな」
「はい」
「俺はお袋が死んだ時に安心したんだ」
「え!」
「これでやっと俺も死ぬことが出来るってな」
「!」
「親よりも先に死ぬのは最大の親不孝だ」
「はい」
「俺はお袋に散々迷惑をかけ、泣かせた親不孝の塊だった」
「そんな」
「でも俺は最大の悲しみをお袋に与えることは、なんとか避けられた」
「……」
「俵はバカヤロウだ。金なんてなぁ」
亜紀ちゃんが俺を前から抱き締めた。
「だから俺はヤクザなんて大嫌いなんだ」
「だから、千両さんたちに「花岡」を教えるんですね」
「また傷だらけですね、タカさんは」
亜紀ちゃんが小さく呟いた。




