千両、訪問。
タクシーで帰っても良かったのだが、院長が潰れたので便利屋にハマーで来てもらった。
夜中だったが、皇紀に鍵を渡してもらう。
「悪いな、夜中に」
「いいえ、まったく問題ございません」
一江と大森はタクシーで帰し、他の人間を乗せて院長から順番に送った。
院長宅では、静子さんに謝った。
「いいんですよ。明日になればニコニコしてますから」
俺は何かあれば連絡してくださいと言い、辞した。
六花を送り、鷹を送った。
「石神先生、今日はとても楽しかったです」
鷹にそう言ってもらって良かった。
あとは俺と亜紀ちゃんと栞だ。
「石神くん、千両さんはびっくりしたよ」
「ああ、なんかよく分からないうちに終わっちゃったけど、あれで良かったのかなぁ」
「うん、分かんないよね」
考えても仕方がない。
俺は栞を送り、自宅へ帰った。
便利屋には10万を渡したが、こんなに受け取れないと言うので、半分の5万だけ渡した。
翌朝。
朝食を食べてのんびりしていると、思わぬ来客が来た。
千両と角刈りの若頭だ。
「どういうご用件でしょうか?」
「夕べは話をする雰囲気ではなかったのでね」
俺は応接室へ通した。
俺の家を知っていたことは、それほど驚いていない。
斬の知り合いだし、それなりに自分で調べる力もある。
亜紀ちゃんがお茶を持って来たタイミングで、千両が話し出した。
「花岡さんから、あんたを手伝って欲しいと頼まれた」
そう、千両が言った。
「別に、俺はお力はお借りしなくても」
「お前の心積もりは関係ない。親父の質問に答えろ」
若頭が言った。
亜紀ちゃんが前に出ようとするのを止めた。
「かちこみってことでよろしいですか?」
「ああ、そう受け取ってもらって構わない」
若頭が認めた。
「じゃあ、ちょっと出ましょうか」
俺は立ち上がって、二人を外へ連れ出した。
栞の家に連絡し、道場を借りることを伝えた。
亜紀ちゃんもついてきた。
「おい、どこへ行くんだ?」
聞いて来た瞬間に、俺は若頭を蹴り飛ばした。
腹に中段の蹴りを入れ、10メートルほど吹っ飛ばす。
衝撃は抑えてある。
刈り込んで飛ばしただけだ。
「てめぇ!」
立ち上がって叫んだ。
「お前、本当なら死んでるぞ? お前がかちこみだって言った瞬間に始まったのが分かんねぇのかよ」
「クッ!」
「千両さん、こんな甘っちょろい奴が若頭で大丈夫か?」
千両は笑っている。
亜紀ちゃんも大笑いしていた。
栞の家の道場へ入った。
木刀を二本取り、一本を千両に渡す。
栞も見ている。
その瞬間、千両が見事な居合で俺を打った。
読んでいたので、俺は木刀で受ける。
そのまま、やり合った。
年齢的に90歳くらいだろうが、身体はまったく衰えていない。
凄まじい気迫と美しい太刀筋で俺に迫る。
俺は一方的に防戦に回った。
俺の剣術は素人だ。
戦いの経験だけで受けている。
俺は追い込まれ、「花岡」を使った。
木刀に「螺旋花」を流す。
打ち込んできた千両の木刀と共に、一瞬で破砕した。
「ここまでか」
大して息を切らしていない千両が言った。
「おい、角刈り!」
俺は若頭を呼んだ。
「お前はステゴロだろう。来い!」
合図もなく、若頭が突っ込んで来る。
俺の腿を獲ろうとする。
俺は姿勢を低くした若頭の頭に手を置き、飛び越えた。
そのまま胴を足ではさみ、横に転ばせる。
瞬間に、右の肩の関節を外した。
痛みを挙げる声は無かった。
立ち上がった若頭の顔に掌底を打ち、鼻を潰した。
鳩尾に前蹴りを喰い込ませ、左のフックで顎を打った。
瞬時に意識を喪い、崩れ折れる。
「弱いな」
俺の言葉に千両が声を上げて笑った。
「役不足か!」
俺も微笑んだ。
俺は若頭の意識を取り戻させ、みんなで道場に座る。
「で、何しに来たのよ?」
「最初に言った通りだ。花岡さんに頼まれた。ただ、どんな人間か自分で確かめたかっただけよ」
千両は、栞が煎れたお茶を飲んで言った。
「俺も最初に言った通り、別にあんたらの力はいらない」
「わしは確かめた」
「俺も確かめた」
「石神さんは、剣術は知らんのだろう?」
「ああ」
「それであれか」
「千両さんが本気になれば別でしょうよ」
「それも分かるか」
「出そうとしたでしょ? 剣筋が変わる奴」
「!」
「それでも、通じなかったか」
「まあ、どうでしょうね」
千両は笑った。
「うちの組はあんたの下につく。存分に使って欲しい」
「ああ、屁のつっぱりにもなりませんね」
「俺たちを使い潰していい。こんな金塗れの世の中で生きていたくねぇ」
若頭が言った。
「そんなことは、俺は知らない。勝手に死ねばいいだろう」
「花岡菖蒲は、わしの娘だ」
千両が言った。
「そして、こいつは弟だ」
栞の母親のことだった。
「業に仇を討ちたい。あいつだけは、生かしておけない。仇だけではない。あいつは世の中で生きていてはいけない男だ」
「何を知っている?」
「業は、人として絶対にやっちゃいかんことをしている。どんな悪人でも、「人間」として死なせてやらなければならん」
千両の眼光は鋭かった。
俺は栞の家のキッチンを借りて、食事を作った。
亜紀ちゃんが家から食材を持って来た。
カツ丼を作る。
五人で食べた。
「俺の下につくと言ったな」
「ああ」
「業の戦力には到底及ばないぞ?」
「暴力だけがわしらの力ではない。世界中の裏組織との繋がりもある」
「業の居場所が分かるのか?」
「それはまだ分からん。しかし、業は必ず裏社会と手を結ぶ。あの腐った技術をちらつかせてな」
亜紀ちゃんが空気を読んで一杯で我慢している。
俺は笑って、もう一杯作った。
亜紀ちゃんがニコニコして、調理している俺を見ている。
「あんた、優しいんだな」
若頭が言った。
「優しくなければ強くなれない。業に勝てない」
栞がお茶を煎れた。
俺にはコーヒーを淹れる。
「千両」
「なんだ」
「お前らの組は無くなるぞ」
「承知した」
「全員死に果てる」
「構わん」
「なんちゃってな」
俺が微笑むと、若頭が睨んだ。
「おい、弱いくせにいきり立つな! 一人前の態度でいたいなら、強くなれ」
「……」
「お前らは俺が死ねと言ったら死ね」
「分かった」
「俺が生きろと言ったら生きろ」
「!」
「死ぬのも生きるのも、大した違いじゃねぇぞ?」
「分かった」
「おい」
「なんだ」
「ごちそうさまでした、くらい言え」
俺は右手で若頭の頭の掴んだ。
握りしめる。
「ごちそうさまでした」
手を放してやる。
激痛だったはずだが。
千両が話し出した。




