蓮花 Ⅱ
みんながそれぞれの部屋へ行った。
俺はロボの部屋へ入る。
「悪かったな。みんな部屋に入ったぞ」
ロボは寝ていたが、俺が入ると頭を持ち上げた。
エサの皿は綺麗に食べられていた。
「ステーキは美味かったか?」
口を大きく開けた。
「うちはとにかく肉は多いからな。これからも期待してくれ」
俺はミネラルウォーターのペットボトルを抱えて、寝ようと言った。
ロボが俺の後をついてくる。
部屋に置いた器に水を注いでやり、残りを俺が一口飲んだ。
ロボは少し水を飲み、ベッドへ上がって俺の隣で寝た。
「今日は知らない人もいるけど、大丈夫だぞ。うちの味方だ。俺もいるから安心して眠れ」
ロボが俺の顔を舐めた。
顔を摺り寄せてくる。
「明日は泊りでいないからな。自分の部屋か子どもたちの誰かの部屋で寝ろ」
「ああ、双子はカワイイけど寝相が悪いからやめとけよな。寝るならちょっと離れて寝るんだぞ」
小さくロボが鳴いた。
「じゃあ、お休み」
翌朝。
8時頃に起きてリヴィングへ行くと、相川氏と葵ちゃんが起きていた。
朝食は寝間着のままでと伝えてある。
俺も寝間着のままだった。
堅苦しくない、家族ぐるみの付き合いという意味だ。
「おはようございます」
「「おはようございます」」
「「「「おはようございます!」」」」
「お早いですね」
「夕べはぐっすりと休めまして。何か自分の中の不安がなくなったんでしょうな」
相川氏がそんなことを言った。
「葵ちゃんも眠れたかな」
「はい!」
少しうちでの緊張もとれたか、明るく笑った。
「パジャマの石神さんも素敵ですね」
「何言ってる」
俺は笑って頭を撫でた。
朝食は和食にしてある。
相川氏たちに、御堂家の卵を召し上がってもらうためだ。
塩鮭に里芋の煮物を少し。
千枚漬けとゴボウの漬物。
黒豆を数粒。
椀はハマグリの吸い物だ。
それに卵がある。
「おい、俺はいつものメザシじゃないのか!」
「すみません、切らしてます!」
亜紀ちゃんが言い、相川氏が笑った。
「生卵で申し訳ないんですが、結構美味しいので宜しければ」
相川氏も葵ちゃんも美味しそうに食べてくれた。
「朝から結構なものを」
「いつもはメザシですけどね」
また笑った。
お二人は着替え、俺が送っていく。
お宅で上がって欲しいと言われたが、予定があるのでと断った。
何度も礼を言われた。
家に戻ると栞が来ていた。
子どもたちと紅茶を飲んでいる。
俺は亜紀ちゃんにコーヒーを淹れてもらった。
亜紀ちゃんが俺の着替えなどをまとめたカバンを持って来る。
一泊なので荷物は少ない。
荷物の中には「α」の粉末とオロチの皮も入っている。
俺はロボを呼んだ。
「ロボ!」
走って来た。
「え!」
栞が驚いている。
「ロボ、俺の恋人の栞だ。家族だからよろしくな」
ロボが鳴いた。
「えぇー!」
ロボは立っている栞の足元に近づき、匂いを嗅いだ。
俺は栞に動くなと言った。
「じゃあ、出掛けてくる。家を頼むぞ」
「「「「はい! いってらっしゃい」」」」
アヴェンタドールに荷物を積み、出発した。
「あれはどういうことなの?」
早速栞が聞いてきた。
俺は「α」の粉末と、オロチの抜け殻の一部を与えた話をした。
「だって、三十年以上生きたんでしょ? あれって全然若いネコだよ!」
栞は詳しいらしい。
「俺にも分からないよ。家に連れてくるまでは、本当に動けないくらいに衰弱してたんだから。咄嗟の思い付きで食べさせたら、一晩であれだよ」
「信じられない」
「同じものを今日は持って来ている。蓮花に渡すつもりだ」
「うん」
首都高を疾走するアヴェンタドールに、追い抜かれた人間が驚いて見ている。
「それにしても、随分と可愛いネコになったよね」
「ああ、本当にカワイイよ」
「あの大きさはメイン・クーンの血が入ってると思うんだけど」
「俺は詳しくないからな。でも、最初の飼い主はトランシルヴァニアで飼い始めたって聞いたぞ」
「随分と変わった場所ね」
トランシルヴァニアはかつて公国があったが、既に消滅している。
ルーマニアの一地方であり、ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』のモデルの城があることで知られる。
「ブラム・ストーカーのあの小説は、人間の獣性について描いた傑作だよな。人間の愛と己のどうしようもない欲望。その悲しみが溢れている」
「うん、前に読んだかな」
「人間は不完全だ。だからこそ美しい」
「ダメだからってこと?」
「ああ。ダメな存在だからこそ、ダメでなくなろうとする姿に美しさがある。俺は完全な存在なんて興味ねぇな」
「フーン」
たちまち美女木のジャンクションを過ぎ、すぐに関越自動車道に入る。
「人間の脳はさ、突然に大脳新皮質が生まれたんだな」
「ああ、人間だけが大きいっていう脳ね」
「うん。旧皮質と古皮質で生存本能が司られ、新皮質でいわゆる人間的なものが司られる。ただ、人間だけがこの新皮質があまりにも巨大だ。要は相当無理をして拡げたということだな」
「なるほど」
「だから不完全なんだよ。生存すること、存在することとそうではないこと。この二つのことのバランスが取れていない」
「石神くんは、バランスが取れるのが嫌なの?」
「まあ、そういうことだな。死にたくないのに死のうとする人間が、俺は大好きだよ」
「ああ」
「グレネードが爆発する。仲間を守るために、咄嗟にそれに覆いかぶさった奴を知ってる。俺はそういう人間が大好きなんだ」
「石神くんらしいよね」
「俺はさ、栞。「α」やオロチの皮が、そういったことに関わっているんじゃないかと考えているんだ」
「どういうこと!」
栞が叫んだ。
「お前も何か感じているんじゃないか? あまりにも異常だ。俺たちはもしかしたら、新しい時代の入り口に立っているのかもしれない」
「……」
「まあ、俺の考えは変わらないけどな。人間は不完全でいい。バカな子ほど可愛いっていうな」
「何よ、それは」
栞は薄く笑った。
前橋のジャンクションを降りた。
「さて、どっちを先にする?」
「え? 蓮花のところじゃないの?」
「折角来たんだ。斬ちゃんにも顔を見せよう」
「!」
「じゃあ、先に蓮花の家に。その後でおじいちゃんに会いましょう」
「良かった!」
「え、何が?」
「昼時だからな。斬の家で飯は食えないから我慢かと思ってた」
「……」
俺は笑顔で蓮花の家に向かった。
「石神くん、ちょっと失礼なんじゃ!」
「アハハハ!」
栞は斬と蓮花に電話をした。




