相川氏 Ⅱ
金曜日の朝。
朝食の席で俺が言った。
「今日は皇紀の彼女の葵ちゃんとそのお父さんが来るぞ」
「「「「はい!」」」」
「夕飯はステーキだ! 但しいつもとは違う! 今日は商談を兼ねてのお誘いだ!」
「「「「はい!」」」」
「いつも以上に大人しくしろ! それと皇紀の彼女が来る! 皇紀への攻撃は今日は許さん!」
「「「「はい!」」」」
まあ、皿に盛るから多少は大丈夫だろう。
それと梅田精肉店ありがとう。
病院に、相川氏から確認の電話が来た。
「今日は本当に宜しくお願い致します」
「いいえ、こちらこそお願いします。わざわざうちまでお出でいただいてすみません」
五時に伺うということで確認した。
俺も早めに上がるつもりだ。
時間通りに相川氏と葵ちゃんが来た。
全員で門で出迎えた。
葵ちゃんは以前に何度か見ているが、相川氏は初めてだ。
俺の家を見て、しばし呆然とされる。
大企業の重役といえど、ここまでの家には住んでいないはずだ。
玄関の右手のガレージを見てまた驚かれる。
興味があるようで案内すると、一層驚かれた。
「この車って」
「ランボルギーニのアヴェンタドールですね。隣はベンツであとは改造ハマーH2です」
「見事なコレクションですね」
「アハハハハ」
中へ案内し、まずは一階の応接室に通した。
亜紀ちゃんが紅茶を淹れて来た。
「こんな大きなお宅とは思いませんでした」
「御興味があれば、後で少し案内しましょうか」
「是非!」
葵ちゃんは緊張しているのか大人しい。
紅茶を飲んだところで、二人を連れて書庫、地下の音響ルーム、二階のリヴィングなどを案内する。
丁度階段に西日が入り、あのプリズムも見てもらった。
三階に上がり、客室に荷物を置いてもらう。
子どもたちがキッチンで用意しているだろうが、そろそろいいだろう。
俺は二人をリヴィングへまた案内した。
一江と大森も来た。
俺が料理の最終確認をし、子どもたちがテーブルに配膳する。
俺は相川氏親子にステーキの種類と焼き加減を聞いた。
ヒレをミディアムで焼く。
いい肉なので、基本は塩コショウだが、今日はバルサミコソースで模様を描いた。
好みでつければいい。
付け合わせにメイクイーンと甘く煮込んだ人参とアスパラ。
コーンポタージュ。
焼きナスと隠元、ヒラメのマリネ。
ケールとロメインレタスにドレッシングを混ぜた山芋ソースかけ。
上品にパンを出す。
メインのステーキを俺が焼いている間、他の食材を食べていただく。
双子がメインで料理を運ぶ。
俺が言いつけた通り、皿を置くたびにニコリと微笑んだ。
相川氏と葵ちゃんは気圧されている。
子どもたちは「いつもどーりですよー」という顔で食べていた。
まあ、ステーキのお替りまではだが。
俺は自分の席に座り、後は自由に焼いて喰えと言った。
戦争が始まる。
「一応お聞きしますが、ステーキをもっと召し上がりませんか?」
「いえ、結構です」
また唖然と子どもたちを見ていた。
デザートに、俺が作ったメロンシャーベットを配り、亜紀ちゃんがコーヒーを淹れた。
葵ちゃんに聞くと、コーヒーでいいということだった。
「俺と相川さんにはエスプレッソを」
「はい!」
皇紀がパヴォー二をセットし、二人分のエスプレッソを作った。
「いや、素晴らしいお食事ですね」
「そんなことは。いつもはメザシですから。な、亜紀ちゃん」
「はい!」
亜紀ちゃんがニコニコして返事し、相川氏も笑った。
一息ついて、皇紀が準備を始める。
亜紀ちゃんと双子が素早く洗い物をした。
亜紀ちゃんに葵ちゃんを地下の音響ルームに連れて行ってもらう。
「葵ちゃん、悪いね。また後でね!」
「はい!」
俺が言うと、明るく返事してくれた。
俺、相川氏、皇紀と双子、そして一江と大森がテーブルに座った。
「さて、ここにいるメンバーが、量子コンピューターに関わっている人間です」
「はい」
皇紀が説明する。
現状で仕上がっているものを見せた。
そして今後必要になる集積回路と電子回路の図面を拡げる。
「今考えているこの設計図は、インテルが開発した無線方式でのものなんです。それを超短波で実現するものなんですが……」
相川氏は真剣な顔で聞いている。
幾つか質問し、皇紀と双子がそれに答える。
一江も相川氏に質問する。
「信じられない。これは最先端のさらにずっと先を行く技術ですね」
汗をかいていた。
「正直に申しまして、今日はまだすべてをお見せしていません。我々の希望がある程度実現できれば、お見せできるものもありますが」
「そのような技術がまさか研究機関でもないここで」
「まあ、天才が揃ってますからね」
俺が笑うと、相川氏が強張って笑った。
「念のために言っておきますが、今日見たことは、他言無用です。お願いします。ご協力いただければ、御社に有益な技術を回すことも考えていますので」
「はい、分かっています」
「それにこれは相川さんにだけお話ししますが、我々も専用の研究機関と開発部門を構築中です。ですからお断りいただいてもまったく構いません」
「そ、それは!」
「あくまでも現時点でのスピード化ということで、今日はお出でいただきました」
「わ、分かりました。早速会社で諮ってみます」
話が終わり、相川氏と葵ちゃんに風呂に入ってもらった。
それぞれにクラシックの音楽と風景の動画を流す。
二人とも感動していた。
俺も続いて風呂に入り、相川さんたちとリヴィングで話した。
寝間着に着替えて、リラックスしてもらう。
皇紀も後から加わる。
「軽井沢では、皇紀が大変お世話になりました。改めてお礼を申し上げます」
「いえいえ。こちらこそ驚くばかりで、こうやって石神さんのお宅まで押しかけた次第で」
「何か私に聞きたいことがあったとか」
「はい、皇紀君の言動を拝見し、どのような教育をなさっているのかと」
亜紀ちゃんが、何を飲まれるのか聞きに来た。
俺はワイルドターキーを頼み、相川氏も同じものをとおっしゃった。
葵ちゃんは幾つか挙げる亜紀ちゃんのメニューで、コーラフロートを頼んだ。
皇紀も同じにする。
「うちの教育なんて単純で、私が命じたことを必ずやれ、ということだけです」
「そうなんですか」
「一つコツというか、それをどっさり命じる、ということですかね」
「なんと」
「子どもたちがうちにきて最初に言ったのは、家事手伝いと学校でトップクラスの成績を取れ、ということでした。そうだよな、皇紀」
「はい!」
「最初はブータレてましたけど、私がどっさり問題集を買い与え、参考書は数日で全部読めとか。そんな感じですよ」
「はい、その通りです!」
「その他は、私を褒め称えろというだけですね。前に別荘で私がした話を褒めないから。翌朝の食事をぶち壊しにしました」
「はい、あれは大変でした!」
皇紀に詳細を説明させる。
相川氏は笑った。
「なるほど、昔の家長制度と英才教育なんですね」
「その通りです!」
話が早い。
「要は子どもたちに君臨してやることです。人間は自分の上に何かがなければ絶対にダメになる。今の親は自分が好かれたいから、子どもに甘くなる。それは「優しさ」ではありません」
「耳が痛いですな」
「子どもなんて全然ダメに決まってるんです。若い連中もそう。だから、上に君臨してダメなんだということを思い知らせてやることなんですよ」
「はい」
「ダメだと分かれば、初めてダメじゃなくなりたくなる。分からせれば道ができる。あとはその道に邁進するだけです」
一江と大森が風呂から上がって来た。
「おい一江! 相川さんにうちの「階段落ち」の話をして差し上げろ!」
「いいんですか!」
「お前ぇー」
「はい、すみません!」
一江は席について、「階段落ち」の説明をした。
相川氏は大笑いした。
「でもですね。ちゃんとお話ししますと、失敗やミスで怒られることはないんです。それは全部部長が被って部長が何とかしてくれます。「階段落ち」はそうじゃない、私たちの卑しさとか失敗逃れのずるい行為で」
「こないだは、俺の患者を勝手に連れ出して火事に遭わせました。俺に見つからないようにやってのことなので、階段から真っ逆さまでしたね」
「はい! 申し訳ありません!」
一江と大森が直立した。
二人に勝手に焼酎を出して飲めと言った。
相川氏は微笑んでいる。
双子が俺のリャドの絵をぶっ壊して家出した話や、一江たちの地獄の飲み会の一部などを話した。
相川氏と葵ちゃんも大笑いだった。
「なあ、葵ちゃん。うちの双子って小学校を支配してるだろ?」
「あー! 人生研究会!」
「なんですかそれ?」
相川氏が聞いて来るので、説明した。
また大笑いされた。
「双子も「階段落ち」を使ってるんですよ。酷いいじめをしている男子生徒を締めて。「いいか、階段からお前は落ちた! いいな!」ってねぇ。ああ、私がやれって言ったわけじゃないですよ。何かの冗談で話したのを利用してるだけで」
「ワルなんですよ。でも悪い人間って、全部自己責任でやりますからね。人間的には、どんどん成長します」
「なるほどねぇ」
「子どもの頃にはワルの方がいいんです。それで君臨する存在があれば、後々叩きのめされる。それで大人になってワルでないまっとうな道を進みます」
《 正義なき力は圧政、力なき正義は無意味なり
( La justice sans la force est impuissante, la force sans la justice est tyrannique. )》
「パスカルの有名な言葉ですよね。ワルになって力をつけ、その上で自分の信ずる道を邁進すれば、面白い人生になりますよ」
「今日は石神さんのお話を聞けて良かった」
「おい、お前ら! 今日は俺のこんなとこがダメだって言え!」
一江が真っ先にマンションのドアとPCなどを全部破壊されたと言った。
双子が俺が機嫌が悪いと非常にめんどくさいと言う。
亜紀ちゃんがちょっとオチンチンを出し過ぎだと言った。
「おい! もういい!」
みんなで笑った。
その後は俺のどこがいいとか話し出して困った。
「さあー、そろそろオチンチンを出すかな!」
みんなでまた笑った。
俺はギターを皇紀に持って来させ、何曲か弾いた。
歌も歌った。
「石神さん、何でもできるんですね」
「子どもたちに言っているのは、人間に最も大切なものが「ロマンティシズム」だということです。死ぬまで届かないもの、人間には決して到達できないものへ向かえということですね。これだけで人生は美しくなります」
俺はその後も、ロマンティシズムに生きた人間たちの話をした。
葵ちゃんも夢中になって聴いてくれた。
深夜まで楽しく話し、解散した。




