ゲイバー『薔薇乙女』
木曜日の夜。
俺は亜紀ちゃんと、新宿のユキの店に行った。
今週は金曜に相川氏、そして土日で蓮花に会いに行く予定で、他に日にちが無かった。
ユキの店は別に急ぐことも無かったのだが、亜紀ちゃんが楽しみにしていたのだ。
ゲイバー『薔薇乙女』は、三丁目の雑居ビルにある。
亜紀ちゃんが病院まで来て、一緒にタクシーで向かった。
ユキには、今日亜紀ちゃんを連れていくことは伝えている。
娘が出来たのだと言うと、驚いていた。
「いらっしゃーい!」
ママと、店の「女の子」全員が挨拶してくる。
「あーら、石神せんせー! お久しぶりですぅ」
ママが俺たちを迎え、ボックス席に案内した。
「悪いな、久しぶりな上に娘まで連れて来て。親友の子どもたちを引き取ったんだ。亜紀だ。よろしくな」
「こちらこそ。お綺麗なお嬢さんですね!」
亜紀ちゃんが嬉しそうに笑って挨拶した。
「未成年だからな。酒はダメだ」
「えぇー!」
亜紀ちゃんが抗議の叫びを上げる。
「あら、実はイケるくち?」
「ダメだぞ、今日は!」
「まあ、亜紀ちゃん。石神先生はすぐに許してくれるから」
「はい!」
「ダメだって」
俺は苦笑して言った。
ユキがワイルドターキーを持って来る。
「石神さん、今日はようこそ」
「ああ、ユキ。元気そうじゃないか。それにまた綺麗になったなぁ!」
本当に輝くような美貌だ。
努力しているのだろう。
「俺の娘の亜紀だ。他に三人いるんだよ」
「驚きました。ご親友のお子さんだとか」
「そうなんだ。毎日楽しいよ」
亜紀ちゃんが挨拶し、俺と同じくユキの美しさを褒めた。
「あら、亜紀ちゃんも美人さんね。石神先生が連れ歩きたいのがよく分かるわ」
「エヘヘヘ」
「いや、娘がここへ来たがったんだ。こないだユキの話を少ししたらな、俄然興味を持って」
「タカさんが、毎回ここで大はしゃぎするって聞いて。どうしても見たくて」
「そうなのよ! 石神先生って毎回大暴れでねぇ。私たちも楽しみなのに、全然いらしてくれないの!」
ママが言う。
「あ、えーと、薔薇姫瑠璃子さんですよね」
「あら嬉しい! 御存知なのね」
「タカさんに聞きました。妹も瑠璃って言うんですよ」
「まぁ、なんてこと! きっと亜紀ちゃんと同じで綺麗な子でしょ?」
「カワイイんだけどな。はっきり言って悪魔よな」
「アハハハ」
亜紀ちゃんが笑う。
俺は双子の小学校支配やこないだ工業高校を締めたことなどを話す。
ママが驚きつつも、ユキと一緒に大笑いする。
「じゃあ、また後で! ユキちゃん、よろしくね!」
「はい」
ママが席を離れた。
「ユキ、亜紀ちゃんにはアベルさんのことからお前の話も全部話してあるんだ。悪かったな」
「いいえ、全然構いません。私は石神さんのお陰でこうして生きられてますし、感謝しかありません」
俺たちは、しばらく互いの近況を話した。
主に俺の激変したことだ。
「もう、お前に言い寄る奴はいないか?」
「私たちは言い寄られてなんぼですから」
ユキが笑って言う。
「石神さんにお世話になった時は困ってましたけど。もう、あんなことはありません」
「あ、タカさんがやっつけたヤクザの人!」
亜紀ちゃんが言った。
「おい」
「あ、ごめんなさい」
俺が他人から礼を言われるのを嫌うことを、亜紀ちゃんは知っている。
しかも随分と昔の話だ。
ユキは笑って言った。
「いいんですよ。あの時は本当に助かったんですから。でも石神さんってお強いんですよね。もう刃物とか持ったヤクザを、ほとんどあっという間に倒しちゃうんですから」
「酔ってたから覚えてねぇ。話が分かる連中で良かったよな」
「全然話なんかしなかったじゃないですか」
亜紀ちゃんが大笑いする。
「今でもそうなんですよ! 大阪に旅行に行ったら向こうの不良を潰して来るし。横須賀でアメリカの兵隊相手に全部なぎ倒したり」
「まあ!」
「やめろよー」
店には結構客が入っている。
みんな楽しく笑って飲んでいる。
ママがつまみを運んできた。
カモ肉のローストと亜紀ちゃんにバニラのアイスだ。
「あ、三番目に高いやつ!」
「あら、石神先生、ほんとにここのこと詳しくお話しされてるのね!」
「ああ、一番楽しい店だってね」
「うれしぃー!」
ママが抱き着いて頬にキスをしてきた。
ユキの他に、白鹿アケミが席に来た。
「石神せんせー! 待ってたのぉー」
「ええと、白鯨さん」
「白鹿よぉー!」
亜紀ちゃんが笑った。
「ちょっと痩せたか?」
「ほんと? ほんとにそう思う?」
「あ、ああ。勘違いだった」
「なによぉー!」
「な、カワイイ奴だろ?」
「ほんとうに!」
アケミが嬉しそうに笑った。
気分をよくしたアケミが亜紀ちゃんの肌の綺麗さを褒め、化粧の話を始める。
「まずはねぇ、お髭をきれーに剃るじゃない」
亜紀ちゃんが大笑いした。
ユキも交えて、本格的な化粧の講義をする。
「ちょっとやってみようよ!」
「やろうやろう!」
アケミとユキが亜紀ちゃんを連れていく。
振り返る亜紀ちゃんに、俺は頷いた。
しばらくして三人が帰って来る。
「どう? 石神せんせー?」
「おお、綺麗だな! 綺麗なオネーサンたちがやってくれると違うな!」
本当に綺麗だった。
派手な水商売のものではない。
清潔感のある、上品な化粧だった。
亜紀ちゃんのために、本気でやってくれたのだろう。
「タカさん、本当に綺麗ですか?」
「当たり前だろう。大人になるのが楽しみだな」
「エヘヘヘ」
カラオケが始まった。
亜紀ちゃんが『木綿のハンカチーフ』を歌う。
みんなカワイイと拍手してくれた。
俺はユキと『男と女のラブゲーム』を歌う。
ここでは「男と男のラブゲーム」と歌うのが決まりだ。
盛り上がった。
俺はママのリクエストで『ブランデーグラス』を歌った。
女の子が寄って来てキスをしてくる。
アケミが口にしてきた。
笑って頭をはたいた。
「ユキ! 口直しだ!」
ユキを呼び、唇にキスをした。
喝采が沸いた。
亜紀ちゃんも大はしゃぎだった。
見ると、いつのまにかワイルドターキーを飲んでいる。
俺は席に戻り、苦笑して水割りにしろと言った。
徐々に店の客が減り、俺たちだけになった。
「さぁー! いよいよタカトラ祭りよー!」
ママが叫んだ。
店の女の子がテーブルを移動する。
アケミがギターを持って来た。
「ほとんど石神せんせーのために置いてるようなものよね!」
「そうか! じゃあ今日も弾いてやるか!」
俺はのっけからエスタス・トーネを三曲弾く。
大盛り上がりだ。
「だーせ、だーせ、みせてー、みせてー」
コールが起きる。
俺は大笑いでミサイルを出した。
「きゃーーーーーー!!!!」
全員が叫ぶ。
亜紀ちゃんが大笑いで見ている。
店の女の子が次々と触りに来た。
アケミが口を寄せてくるのでミサイルでひっぱたいた。
亜紀ちゃんが調子に乗って触りに来たので、慌てて仕舞った。
つまみがどんどん運ばれ、亜紀ちゃんがどんどん食べた。
幸せな顔をしている。
「亜紀ちゃん、よく食べるのね」
ユキが驚いていた。
「はい! いつもタカさんが美味しいものを作ってくれるんで」
「石神さんって、料理も上手いの?」
「おう! 任せろ!」
俺はバーテンダーに断って、手早くサーモンとキュウリのマリネと、ラディッシュのチーズ挟みの焦がしバターかけ、、米ナスのひき肉とベーコン、チーズを乗せた焼き物を作った。
「美味しー!」
バーテンダーがレシピを知りたがるので、俺はメモして渡した。
亜紀ちゃんが脱いでとコールされ、乗り気になったので、慌てて止めた。
看板の12時まで飲んだ。
店中の女の子に送られた。
普段は出てこないバーテンダーまでいた。
「みなさん! ユキのことをどうかよろしく!」
ユキが俺に寄って来た。
「なんかいつも騒がしいばかりで悪いな」
「いえ、そんなこと」
「今度、ゆっくり話そう。店じゃない場所でな」
「はい! 喜んで!」
「ユキさん、また」
「亜紀ちゃんもまたね。今日は楽しかった」
俺たちは靖国通りまで歩いた。
亜紀ちゃんが腕を組んでくる。
「酔ってないだろうなぁ」
「大丈夫ですよ。今日は楽しかったですね」
「ああ、そうだな」
途中に自動販売機があったので、俺は缶コーヒーを買う。
亜紀ちゃんに何か飲むかと聞くと、同じものをと言う。
俺たちは立ったまま飲んだ。
「タカさん、私キレイですか?」
「あ? ああ、とっくに化粧は崩れてるぞ」
「エェッー!」
「だって、普段のようにおしぼりで口とか拭ってたろう。ルージュがずれてまぁ」
「教えて下さいよー!」
俺は笑って言った。
「まだまだ子どもには早いってことだな」
「もーう!」
俺たちはタクシーを拾って帰った。
亜紀ちゃんはハンカチでずっと口を押えていた。




