休み明け、さまざまなこと。
4時頃に目を覚ました。
喉が渇いた。
ドアを開けると、俺の部屋の前の壁で、亜紀ちゃんが膝を抱えていた。
「どうしたんだ?」
「あ、タカさんがうなされてたら起こそうかと」
「バヤカロウ! ちゃんと寝ろ!」
「エヘヘヘ」
俺がキッチンへ降りると、亜紀ちゃんがついてきた。
コーラを二本取り出し、一本を亜紀ちゃんに渡す。
一緒にテーブルに座った。
「まったく、何やってんだよ」
「だって、タカさんあんなに泣いてたじゃないですか」
「だからなんだって」
「普通じゃないから心配だったんです」
「そうかよ」
「あんなに泣いて。タカさんの一杯の傷が全部開いちゃうんじゃないかって」
「なんだよ、そりゃ」
俺はコーラをゴクゴクと一気に飲んだ。
「さあ、寝るぞ」
「はい」
「どうした、来いよ」
「私は起きてますから」
「なんだ、一緒に寝てくれないのか?」
亜紀ちゃんの顔が明るくなった。
「はい!」
二人でベッドに横たわった。
亜紀ちゃんがまた心配そうに俺を見ている。
「奈津江の夢を見た」
「え!」
「あの絵のお陰だな。楽しい夢だった」
「どんな夢だったんですか?」
「二人で初めてドライブに行った夢だ。奈津江と那須高原に行って、牧場で写真を撮った」
「タカさん、写真に撮られるの嫌いですよね」
「まあ、最近は随分といいんだけどな」
「はい」
「あの当時はどうしても嫌で。だからまともなものは、その時の二枚しかない。奈津江はもっと一緒に撮りたかったんだろうがな」
「そうですね」
俺は枕元のガレの電灯を点けた。
亜紀ちゃんにそのまま寝ていろと言う。
デスクの引き出しから、二枚の小さな写真立を取り出した。
「この二枚なんだ。一枚は奈津江が目を閉じてしまったから、もう一枚を撮った」
「なんで牛!」
「なんかな。撮り終わってから気づいたんだ」
二人で少し笑った。
「奈津江さん、嬉しそう」
「そうだな。最近なんだ、これを額に入れたのは」
「そうなんですか」
「それまでは見ることさえできなかった。今でも仕舞っているけどな」
「飾りましょうよ」
「そうだな」
亜紀ちゃんが俺から写真立を受け取り、デスクに並べた。
ニコニコして、ベッドに潜り込む。
「ほら、タカさん眠って! 明日は出勤ですよ」
「分かったよ」
俺は笑って目を閉じた。
亜紀ちゃんが、何度も俺の額の髪を撫で上げてくれた。
目が覚めると、亜紀ちゃんが横で眠っていた。
起こさないように、そっとベッドを出た。
アラームも切る。
顔を洗って下へ降りると、皇紀と双子が朝食を作っていた。
「「「おはようございます!」」」
「ああ、おはよう。夕べは悪かったな」
「「「いいえ!」」」
「タカさん、大丈夫?」
「ごめんなさい」
「謝るなよ。俺はお前たちに感謝してるんだ。お陰で奈津江の夢も見れたしな」
「そうなの!」
「ああ、本当にありがとうな。あれは素晴らしい絵だった。何も夕べは感想も言えなくてごめんな」
「「ううん!」」
「皇紀も心配かけたな」
「いいえ!」
「ルー、ハー、あの絵は早速額装しよう。急いでもらえば月内にやってもらえるだろう」
「「はい!」」
「悪いけど、亜紀ちゃんと皇紀も連れて夕方に病院へ来てくれ。一緒に伊東屋へ行こう」
「「はい!」」
「みんなで銀座で美味いものを喰おう」
「「わーい!」」
俺はコーヒーだけでいいと言い、また亜紀ちゃんは起きるまで寝かせるように言った。
「昼食前に起きなかったら声をかけてくれ。朝方まで俺の部屋の前で起きてたんだ」
「分かりました!」
病院の俺の部屋で、一江から報告を聞いた。
特に大きな問題はなかった。
「悪かったな、また長いこと休んで」
「いいえ!」
「また今日から頼むな」
「はい!」
「それとこれは私事だけどな、金曜日に〇〇の電子部品の重役を家に呼ぶんだ。大丈夫なら、お前と大森にも来て欲しいんだけどな」
「それはもちろんです」
「集積回路の注文ができるか聞いてみるつもりだ。皇紀が必要だって言うんでな。さすがに自作は難しいからなぁ」
「それは、ぜひ!」
一江に席に戻るように言うと、俺を見ている。
「なんだよ」
「いえ、部長ちょっと変わりました?」
「なんだよ、それは」
「なんとなくですが、ちょっと優しくなられたような」
「ばかやろー、俺はいつだって優しいだろう」
「やはり、普段はお疲れ気味だったのでは」
「バカを言うな」
「部長、もっと休んでください」
「出て行けぇー!」
飛び出していく一江を、部下たちが笑って見ていた。
顕さんの部屋へ行く。
丁度響子も来ていた。
「顕さん、長いこと休んでしまって」
「いや、別荘は楽しかったかい?」
「はい、そりゃもう。みんなで毎日屋上で話してました」
「そうか」
顕さんのデータは見ている。
順調だ。
脈をとった。
「石神くんは脈をみるんだね」
「はい。昔はこれができなきゃ医者は失格でした」
今はこんなことはしない。
脈をとりながら、個人的に膨大な経験を積まなければ分からない世界だからだ。
本当は経験科学の分野なのだが、ほとんどの場合非科学的とされてしまう。
響子が俺にお腹を見せている。
俺は笑ってお腹に耳を当てた。
「大変順調です!」
「よかったぁ!」
「なんだ?」
顕さんが不思議そうな顔をしている。
「いえ、二人の子どもの経過を」
「なんだって!」
冗談だと説明した。
顕さんも苦笑した。
俺は顕さんにスマホで写真を見せた。
「おい、これって!」
「俺も夕べ双子に初めて見せられました。不甲斐なく、泣き崩れてしまいましたよ」
「そりゃそうだろう」
顕さんも目に涙を溜めていた。
「そのうち、うちに飾りますから、見に来てください」
「ああ、絶対にな!」
部屋に戻ると、部下から栞から内線があったと聞いた。
折り返した。
「ああ、石神くん。仕事中にごめんね。私用なんだけど、今日一緒にお昼とかどうかな?」
「分かった。じゃあマグロ屋に行くか」
栞と待ち合わせ、近くのビルの地下の寿司屋へ入った。
二人で特別メニューのマグロ二十貫にぎりを注文する。
「ごめんね、本当に私用なんだ」
「いいけど、なんだ?」
「あのね、さっき私のスマホに連絡が来て。あの「猫三昧」の店長からなの」
意外な名前が出た。
いつも栞が予約していたので、連絡先を知っていたのだろう。
「実はね、ロボがもう長くないんだって」
「ロボが?」
「元は店長が人から譲られて飼っていたらしんだけど、そこから三十年経ってるらしいの」
「おい、すごい長命だな」
「うん。流石にもう老衰だろうって」
「そうかぁ」
「それでね、石神くんに来て欲しいんだって」
「なに?」
「店長にもついに懐かなかったらしいのよ。唯一石神くんだけだからって。最期に会いに来て欲しいんだって」
「そうか、弱ったな」
「いつでも、夜中でも石神くんに都合を合わせるって言ってたよ」
「わかった。連絡してみるよ」
俺は栞から連絡先を聞き、その場で電話した。
今日はオペが入っているので、夜になること。
早い方がいいだろうということで、夜にまた連絡すると伝えた。
「ありがとう」
栞が言った。
「まあ、あれだけ仲良くなったんだからなぁ」
俺は家に電話し、亜紀ちゃんに今日の予定を明日に変更すると伝えた。
ロボのことを話した。
オペを終え、俺は一度家に帰って、ハマーで出かけた。
亜紀ちゃんが一緒に行きたいと言うので、同行させた。




