静かな夜
夜の10時前に帰宅した。
その前に響子を病院へ送り、特別移動車は病院の駐車場へ入れる。
来週業者が引き取りにくる。
響子の世話を六花に頼んだ。
順番に風呂に入る。
亜紀ちゃんは当然のように、俺が服を脱いでいる時に一緒に入る。
「亜紀ちゃん、女は恥じらいってものがだなぁ」
「タカさんの娘ですから」
「あんだと?」
「「俺を人格者だと思うなー」って」
俺が別荘で言った言葉だ。
どういうシーンだったかは忘れたが。
苦笑して、一緒に入る。
亜紀ちゃんが俺の背中と髪を洗ってくれる。
俺も亜紀ちゃんの背中と髪を洗った。
湯船に入る。
「あー、楽しかったですね!」
「そうだな」
亜紀ちゃんがウフフと笑った。
「なんだよ?」
「だって、最後にオロチですよ! すごかったですよね!」
俺も笑った。
「御堂家の皆さんがひっくり返ってたな!」
「はい!」
「だって、突然後ろにいるんですよ!」
「たまったもんじゃねぇな!」
二人で笑った。
「ありゃ、20メートルくらいあったか?」
「もっとありましたよ」
「地球最大のヘビになりそうだなぁ」
「アハハハ!」
俺は西洋と東洋の蛇文化の話をした。
「西洋ではドラゴンって、悪いものじゃない」
「あー、そういえば」
「セント・ジョージがドラゴンを退治したりな」
「あー、ジョージさん」
「また知らねぇのか」
「だって、タカさんの話って広すぎですよ!」
俺は聖ゲオルギスの話をしてやる。
「キリスト教の聖人の一人だけどな。キリスト教では聖人の多くがドラゴンを退治したと言われている。『黄金伝説』という聖人の話をまとめた本にも結構出てくるな。要するに、悪いものを退治したから聖人ってことだ」
「はい」
「レゲンダ・アウレア(Legenda aurea)というな。ラテン語で「レゲンダ」はレジェンド、つまり伝説。「アウレア」は黄金という意味だ」
「素敵な名前ですね」
「しかし東洋では龍は偉大な存在であり、信仰対象の一つでもある。西洋と東洋ではこのような違いがあるんだ」
「なるほど!」
「一方で西洋では、牛や羊を聖なるものとしている。これは俺の勝手な命名だけど、西洋は牛羊族であり、東洋は龍蛇族。まあ、大まかな仕訳だけどな」
「へぇー」
「お前たちが牛肉をガンガン喰うのって、もしかしたら龍蛇族の復讐なのかもな」
「アハハハ!」
「世界中の牛を喰い尽くそうとしてるだろう?」
「そんなことないですよ!」
俺は湯船で足を伸ばした。
亜紀ちゃんも同じことをする。
「でも、確かインドは牛が聖なる動物ですよね?」
「だから「大まか」ということだ。インド・ヨーロッパ語族と言う分類があるくらい、インドとヨーロッパは地続きで関連が深い。だから西洋的なものと東洋的なものが交錯している。でもインドでもナーガのように、蛇神が聖なるものとされてもいるよな」
「なるほど」
「まあ、今は両方が混交しているから、一概に西洋東洋と仕訳はできないけどな。でも、俺は源流にそれがあると考えている」
「面白いですね」
「日本では蛇神信仰は純粋に根付いている。三輪山なんかは代表の一つだよな」
「ああ、タカさんが崇敬会に入ってますよね」
「俺はヘビが大好きだからなぁ!」
「そうなんですか」
「俺のヘビもスゴイじゃない?」
「アハハハ!」
ちょっとプルプルしてやると、亜紀ちゃんが喜んだ。
「虎はどうなんですか?」
「あ? ああ、どっちでも害獣だよな」
「アハハハ!」
「特に東洋では最大最強じゃない? だから畏れられすぎてるな。バイコフの『偉大なる王』が大好きなのは、そういう虎への畏怖と崇敬が非常によく書かれているからだ」
「はい、いいお話ですよね」
亜紀ちゃんも俺の勧めで読んでいる。
「まあ、私たちはトラ信仰の虎族ですから!」
「なんだよ、それは」
俺たちは笑った。
風呂を上がって、梅酒会を開く。
俺はきんちゃく卵を作った。
「あ! それ大好きです」
亜紀ちゃんが喜んだ。
「タカさん、いよいよ御堂家の防衛システムが始まるんですね」
「ああ。手配は終わって、御堂家の承諾も得たからな」
「それにしても、ルーとハーの資金力ってすごいですよねぇ」
「あれに助けられたな。M&Aまで覚えてやったからなぁ」
「取り敢えずはうちですか」
「そうだ。実験的にシステムを構築してみるつもりだ」
亜紀ちゃんがきんちゃく卵を箸で割って食べる。
ニコニコだ。
「ところで亜紀ちゃんは双子の自由課題って知ってるか?」
「いいえ。ちょっと前に観て、女性の絵だったかと思いますが」
「女性?」
「はい。すぐに隠されてしまってよくは観てないんです」
「そうか」
「気になるんですか?」
「いや、とんでもないものを作ってないかとな。絵画なら別にいいんだ」
「去年は皇紀のロケットで大変でしたもんね」
「亜紀ちゃんは全然興味なかっただろう!」
「エヘヘヘヘ」
「でも皇紀の工作技術で随分と助かってるからな」
「ウナギのまな板もすぐに作ってくれましたしね」
「ああ。釘を打つからいいまな板だともったいないからな」
「すごく美味しかったです!」
「大変だったよ」
「お疲れ様です」
「まあ、精がついて助かったけどな」
「六花さんですか?」
「生々しい話をするな!」
「タカさんが振って来たんですよ!」
二人で笑った。
「響子ちゃんも六花さんも楽しんでもらえたでしょうか」
「ああ、二人とも楽しかったと言ってたよ」
「良かったぁー」
「そうだな」
きんちゃく卵は本当に美味い。
簡単な料理だが、材料がいいと絶品だ。
「これって御堂家の卵ですか?」
「ああ、ルーとハーには黙ってろよ。柳が持って来た分は数えてねぇからな」
「分かりました!」
俺たちは他愛ない話をし、片付けて寝ることにした。
「あ! タカさん!」
「なんだよ」
亜紀ちゃんが叫ぶので俺が聞いた。
「ユキさんの店! 予約してくださいね!」
「忘れてなかったか」
俺は笑った。
「当たり前ですよ。楽しみにしてるんですから」
「分かったよ」
「あ、明日のご予定は?」
「ちょっと栞の家に行く。蓮花のことを聞いておきたいからな。昼食は向こうで食べるから」
「りょーかいです!」
俺は自分の部屋のベッドに横たわった。
別荘もいいが、やはり自分の家がいい。
「静かな夜だな」
俺は静かに眠りに落ちた。




