オロチ、ふたたび。
翌朝。
今日はいよいよ帰る日だ。
朝食を摂り、全員で掃除をする。
俺が響子を預かり、六花は洗濯だ。
俺は響子を連れて、散歩に出た。
肩車で歩く。
「タカトラ、楽しかったね!」
響子が嬉しそうに言った。
「ああ、また来ような」
「うん」
「ぐっすり寝られたか?」
「うん。柳はいい匂いだった」
「六花はクサイか?」
「そうじゃないよ」
二人で笑った。
「柳と寝るとはちょっと驚いたよ」
「だって、六花とエッチなことしたいでしょ?」
「あぁ?」
「できた?」
「うん!」
響子がよかったね、と言って笑った。
倒木の広場に着く。
すっかり今回の定番の散歩コースになった。
レジャーシートを拡げ、俺たちは倒木を背に地面に座った。
少し甘いストレートティーをカップに注ぎ、響子へ渡す。
「柳が響子と一緒に風呂に入りたいってさ」
「うん、いいよ」
「そうか。柳が喜ぶぞ」
「エヘヘ」
「裸を見られても大丈夫か?」
「柳ならいい」
響子は笑顔で言った。
「亜紀もいいし、タカトラの家族ならみんないいよ」
「そうか」
俺は歌を歌った。
フォーレの『夢のあとに』だ。
♪Je t’appelle,ô nuit,rends-moi tes mensonges,Reviens,reviens radieuse,Reviens,ô nuit mystérieuse!♪
(我叫ばん おお夜よ 我に還し給え、かの人の幻影を 戻れ、戻り給えよ 輝きよ どうか戻り給え ああ 神秘なる夜よ!)
「夜にいっぱいお話聞いたね」
「少し悲しい話もあったけど、大丈夫か?」
「うん。悲しいお話は綺麗だから」
「そうか」
「タカトラは優しくて楽しいけど、悲しいお話もいっぱいね」
「人間は悲しまなければ優しくはなれないんだよ」
「そうね」
「優しい人間は、みんな傷だらけだ」
響子が俺に身体を預ける。
俺は肩を抱いてやった。
「六花も優しいだろ?」
「うん!」
「六花のお母さんの話は前にしたよな」
「うん、聞いた」
「それとな。六花には大事な友達がいたんだ。本当に仲良しだったんだけど、大人になる前に亡くなってしまった」
「そうなの」
「その子は看護師になりたかったんだ。だから六花は看護師になった」
響子が俺の膝に乗り、抱き着いてきた。
「あいつも悲しいんだよ」
「うん」
「でも、あいつは悲しいから一杯頑張って看護師になった。そして俺たちと出会った」
「うん、そうね」
「あいつは今笑ってる。そうだろ?」
「タカトラ……」
「六花をたくさん笑わせてあげて」
「任せろ!」
俺たちは笑った。
別荘に戻ると、掃除と片づけは終わっていた。
シーツなどの洗濯物は、量が多いが中山夫妻に片付けてもらうことになる。
昼前に鍵を渡し、俺たちは出発した。
俺が特別移動車に響子を乗せ、六花がハマーを運転する。
俺は予定を変更し、御堂の家に寄ることにしていた。
柳を送るのと、響子と六花に「オロチ」を見せたかったのだ。
二人に御堂を紹介する目的もあった。
途中で昼食を摂り、御堂の家には2時過ぎに着いた。
また全員で出迎えてくれた。
「御堂、悪いな。すぐに帰るから」
「いや、ゆっくりしてくれよ。夕飯もみんなで。柳が大変お世話になったんだし」
もう準備もしたとのことで、恐縮して俺はお世話になることにした。
「響子だ。俺のヨメだよな」
響子を紹介する。
響子は微笑んで御堂に自己紹介した。
「タカトラのヨメの響子です。はじめまして」
「はじめまして。綺麗なレディで驚きました。石神のことをよろしくお願いします」
響子が嬉しそうに笑った。
「そしてこっちが一色六花だ。響子の世話をしてもらってる」
六花が自己紹介し、握手を交わした。
御堂家のご家族にも紹介する。
「オロチはその後どうだ?」
「ああ、また誰も見ていないんだ。卵は毎日食べてくれているようだけど」
「そうか」
俺たちは軒下に移動した。
正巳さんたちも一緒に来る。
十一人だ。
軒下を見ると、身体を引きずった跡がある。
元気そうだ。
「おい、オロチ! また会いにきたぞ。よかったら顔を見せてくれよ!」
全員が黙っている。
数秒の後、引きずる音がしてきた。
俺は響子と六花を前に呼んだ。
でかい頭が見えた。
赤ん坊の顔ほどもある。
以前よりでかくなっていた。
軒下から顔を出し、オロチが頭を持ち上げてきた。
俺は下から支え、頭を撫でてやる。
「「「「「「「「「「!」」」」」」」」」
「悪いな、呼び出してしまって。お前の元気な顔を見たかったのと、俺のヨメたちを紹介したくてな」
オロチが舌を出し入れし、俺を見た。
「こっちのカワイイのが俺のヨメの響子ロックハート、隣の綺麗な女が一色六花だ。よろしくな!」
オロチの頭が上下した。
全員が驚いて見ている。
「おい、お前。こないだは御堂家のみなさんを守ってくれたんだって? ありがとうな! お前は本当にいい奴だ!!」
俺はオロチの頭を抱き締めてやる。
オロチが頭の上を俺の身体に摺り寄せた。
澪さんが御堂に抱き着いている。
正巳さんと菊子さんは手を合わせていた。
柳と正利は身体を寄せて震えていた。
子どもたちは、ふつー。
ニコニコして見ている。
響子がオロチに手を伸ばした。
六花が緊張して見守っている。
オロチが響子に大人しく撫でられた。
真っ赤な舌を出し入れする。
「オロチ、やっと会えたね」
響子が言った。
「ところでお前、随分と大きくなったなぁ。卵は食べてるようだけど、足りないんじゃないか?」
俺がそう言うと、オロチが大きな口を開けた。
何かの振動が伝わって来た。
「おい!」
俺はオロチが熱線を吐くのかと緊張した。
射線上に人間はいないが。
「タカさん、あれ!」
ハーが俺を呼んで指さした。
何か来る。
家の左手の方向から、小さな集団がこちらへ向かってくる。
ネズミと野兎だった。
ネズミが30匹ほど、野兎は二羽だ。
オロチの前に来ると、オロチが頭を地面に置いて口を大きく開ける。
次々とネズミとウサギがその口に入って行く。
全員が驚愕して、その「食事」を見ていた。
すべてを呑み込み、オロチが口を閉じた。
「お前、すげぇな!」
俺が拍手をすると、全員がつられて拍手をした。
軒下の奥から引きずる音が聞こえる。
大きなオロチの抜け殻が出てきた。
尾で操っていたらしい。
俺は少し手を伸ばして、それを引っ張り出した。
「俺にくれるのか?」
またオロチの頭が上下した。
10メートル以上はあるだろう。
折れ曲がっているので、正確なサイズはわからない。
澪さんが腰を抜かした。
「ありがとうな、オロチ! 御堂家のみなさんに預かってもらうよ。じゃあまたな! 会えてよかった! 今後も御堂家のみなさんを守ってくれな!」
オロチが俺に舌を出し、軒下へ潜って行った。
「じゃあ、戻りましょうか」
「いや、石神、そんな普通に」
御堂が言った。
俺は笑ってみんなを押しながら玄関へ戻った。
座敷で麦茶をいただく。
俺と響子は温かい茶をお願いした。
全員が沈黙している。
「響子、オロチはどうだった?」
「カワイかった!」
ニコニコして言った。
「六花はどうだったよ?」
「いえ、響子を守ろうと必死で」
「お前じゃ敵わないよ。軽トラを溶かしちゃうんだぞ? あれを頭をふりながらやられたら、全員「ジュンッ!」って終わりだよ」
俺が笑って言う。
御堂家のみなさんが目を丸くしている。
「ああ、柳。いつか敵が来たらアレをやれよ。ほら『風の谷のナウシカ』であったじゃない。「薙ぎ払え!」ってさ。あれはカッチョイイぞ!」
「巨神兵ですか?」
「それそれ!」
響子が笑った。
前に別荘で六花と一緒に観ていた。
「御堂! オロチは元気そうだったな!」
「石神、お前……」
呆れた目で俺を見ていた。




