四度目の別荘 XXX
「どうだ、俺の親友はすげぇだろう!」
「「「「「「はい!」」」」」」
「生きるっていうのは、どうにも辛いことだ。でも生きなければならん。そして死ぬことは怖いことだ。でも死ななければならん。それが人間の人生だ」
「父もそうなんですか?」
柳が聞いた。
「もちろんだ。御堂だっていろんなものを抱えて生きて来たんだよ。ただ、あいつは誰よりもそれを話さない。すべて自分の中に押し込めている」
「はい」
「御堂が笑うと、とんでもなくいいものを見たと思う。お前はそうは思わないか?」
「そうですね。父は人前ではそんなに笑うことがありません。柔和な顔をしてはいますが」
「あいつは誰にでも優しい。だけどな、御堂が心底から楽しんで笑ってくれると、こっちが楽しくなる。それはな、柳。あいつが深い悲しみを幾つも抱いているからなんだよ。その悲しみを超えて笑顔になってくれることで嬉しくなるんだ」
「父はそういうことは話してくれません」
「お前を暗くしたくないからな。それに、御堂の悲しみは御堂だけのものだ」
「石神さんは知っているんですか?」
「幾つかはな。俺だって、お前たちのためだと思わなければ話さないよ。御堂は俺のようないい加減でバカな人間ではないから、こういう話をしなくても済むだけだ」
「そうでしょうか」
柳は少し不満そうだった。
「それにな。親は本当は背中を見せればいいだけなんだよ。言葉にはできないもので語る方が、よほど深く入る」
「私たちもタカさんの背中をちゃんと見てますよ!」
亜紀ちゃんがそう言った。
他の三人もそうだと言う。
「俺はなぁ、背中を見せると相手にオナラをしたくなる人間だからな」
俺は大きなオナラをしてやった。
みんなが笑う。
響子は大爆笑だ。
俺の臭いを忘れるな、と言った。
「まあ、自在にこういうことが出来るのが、俺のスゴさだけどな!」
「「「「「「アハハハハ!」」」」」」
俺たちは人生ゲームをやった。
俺と響子、双子がペアになり、6組で始める。
俺と響子は億万長者になり、子どもが13人生まれた。
「なんかいつも13人ね」
「そーだよなー」
不思議だ。
柳がまた弱い。
結婚で刺した相手のピンが、なぜかへし折れた。
六花は結婚相手をマジックで幾つもの横線を引いた。
どこから持って来た?
「私の相手はトラです」
響子が騒いだ。
六花は笑って同じようにしてやった。
「ありがとー、六花!」
亜紀ちゃんもマジックを借りてやった。
双子は両方女性だ。
何故か子どももいる。
楽しく遊び、解散とした。
また柳と亜紀ちゃんが残るかと思ったが、六花が残った。
響子は柳が引き受けた。
響子も嫌がることなく、柳と一緒に寝た。
「珍しいな、響子が俺たち以外と寝るなんて」
「はい。柳さんには心を許したようです」
「ほう」
折角なので飲むことにする。
俺はキッチンで簡単なつまみを作った。
カプレーゼとナスの素揚げだ。
ワイルドターキーと氷を持って上がる。
「乾杯!」
六花とグラスを合わせる。
「どうだ、六花。楽しかったか?」
「はい。美味しかったですし、響子も楽しそうでした」
六花の喜びは、その二つともう一つだ。
「お前も響子の世話でご苦労だったな」
「いえ、とんでもありません」
六花が珍しく考えている様子だった。
「どうした、何か悩んでいるのか?」
六花が俺を見て微笑んだ。
「石神先生は、いつもそうやって私に気遣いして下さいますね」
「当たり前だろう」
「嬉しいです」
「なんだよ」
俺は笑った。
「私は幸せです。石神先生がいて、響子がいる。石神先生のお子さんたちも、柳さんも大好きです。栞さんや鷹さんや一江さんや大森さん。みなさん自分に良くしてくださいます」
「そりゃ、お前がみんなのことを大事にするからだろうよ」
「私などは所詮育ちの悪い、顔もヘンな女です。みなさんのように何でもできるわけではありません」
「どうした、またちょっとめんどくさい奴になってるのか?」
六花が微笑んだ。
「いいえ。ただ、嬉しいのと感謝しているのとだけです。本当に私は幸せです」
俺は六花のグラスに酒を注いでやった。
外の暗闇が深まり、「夜」が濃くなった。
「亜紀ちゃんがな、言ってたんだ」
「はい?」
「六花が嬉しそうに食べている顔が大好きだって」
「そうなんですか?」
「あれを見ると、自分も嬉しくなるんだと」
「それはまあ、よろしかったかと」
「でも反対にな、お前が泣いていると胸が締め付けられるってよ」
「そんな」
「俺もそうだし、みんな同じだよ。響子もそう言ってたし、柳もな。聞いちゃいないが、他の子どもたちだって、今ここにいない連中だって、みんなそう思っている」
「そうなんですか」
「お前のことが、みんな大好きなんだよ」
「はい」
六花が珍しくはにかんでいる。
「お前さ、最初の時からうちの子どもたちと争って食べてくれてるだろ?」
「はい、まあ」
「あれが子どもたちは本当に嬉しいんだよ。自分たちの大食いを否定しないで対等にやってくれるってな。お前だけだよ、あんなのは」
「アハハ」
「お前、強いのに双子に時々尻を蹴られてやるだろ? お前の優しさは十分にあいつらに伝わってるぞ?」
「それは」
「自分がでしゃばることは一切ない。一歩退いて他の人間のことを考えている。あの地獄の飲み会だって、いつもお前が一歩退いてくれてるお陰で、最悪の事態を免れてもいるよな」
「そんなことは」
「お前は本当に優しくて、誰よりも美しい。お前のことを心底愛しているぞ」
「石神先生!」
俺は六花を抱き寄せてキスをした。
「お前、響子に「クルダの傭兵はぁ!」って言わせてやるじゃないか」
「アハハハ」
「お前も言いたいんだろうけど、隣で腕なんか組んじゃってさ」
「アハハハハ!」
「響子が言ってたよ。六花なら、同じエレ・ラグでいいって」
「そうですか」
「よし、じゃあ響子を取り返しに行くか!」
「いいえ、今日は柳に頼みましょう」
「そうかよ?」
「はい」
俺たちは片付け、少し外へ散歩に出た。
六花が腕を組んでくる。
気温が下がり、少し肌寒くすら感じる。
「そういえば、亜紀ちゃんと今日はどこまで走ったんだ?」
「さあ。山中湖?」
「あ?」
「湖にそう書いてあったような」
「50キロ以上あるじゃねぇか!」
「そうですか。まあ、随分と走ったなとは思いましたが」
「往復100キロかよ」
「帰りは走り山跳びをして帰りました」
「なんだそりゃ?」
跳んで山を越えたってか?
「石神先生」
「あんだよ」
「そろそろ」
「あ?」
「そのおつもりでは」
「ねぇよ、全然! 酔い覚ましに歩いただけだ」
「そんなことはありませんよね?」
「どうしてだよ」
「だって」
六花が猛々しくなった「俺」を掴んだ。
「バレた?」
「はい。私も」
六花が導いた。
たいへんだ。
俺たちは愛し合った。
別荘に戻り、一緒にシャワーを浴びる。
俺の部屋で一緒に寝た。
隣で幸せそうに寝る六花が、美しかった。
美しかった。




