表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の家族:シャルダンによるΩ点―あるいは親友の子を引き取ったら大事件の連続で、困惑する外科医の愉快な日々ー  作者: 青夜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

456/3164

四度目の別荘 XXⅨ

 「今回は柳が来てくれた。みんな知っての通り、御堂は俺の大学時代からの友人だ。今日は高校時代の親友の男の話をしたいと思う」

 俺は飲み物が行き渡ったところで話し出した。


 「そいつは森安と言って、高校の柔道部で一緒だった奴だ。俺よりも身長は低かったけど、大柄で優しい男だった。地元の建設会社の息子でな。長男だった。柔道部の連中とはみんな仲が良かったけど、森安は特別だったな」


 「一緒に先輩にしごかれ、いびられて、共に苦しい思いをした。進学校だったんで、部としてはそれほど強くはなかったけどな。俺たちは頑張ったんだ」

 みんな黙って俺の話を聞いている。

 

 「顔がとにかくカワイイ奴でな。まあ色男ではないんだけど、無性に愛嬌があった。誰にでも優しい奴で、だから人気もあった。まあ、男連中にだけどなぁ」

 みんなが少し笑った。


 「こんな話はお前らの年齢を考えるといけないんだけどな。まあお前らだからいいよな。エッチな話だ」

 みんなが笑う。

 特に双子がニヤニヤする。


 「高校生なんて、特に男は「ヤル」ことしか考えてねぇ! 亜紀ちゃんも斎藤誠二の件で分かるな?」

 「はい!」

 「俺らももちろんそうだった。当時は「ビニ本」っていう、ビニールに入って売られているエロ本があったんだ。無修正のな。だから、みんなそれが欲しくてたまらない。俺たち柔道部の連中も、買いに行こうってなったわけだ」

 全員が笑顔になっている。

 ろくでもない話だと分かっているのだ。


 「神保町に芳賀書店というのがある。当時はそこがビニ本の総本山だった。だからみんなで電車に乗って行ったんだ。雨が降って来てな。誰も傘を持ってない。だから俺がその辺を歩いていた小学生の尻を蹴って、傘を奪った」


 「「「「「「ゲェーーー!」」」」」」


 「三人いたんで、まあ俺たち6人でなんとかな」

 「悪過ぎですよ!」

 柳が言う。

 俺が人格者なわけないだろうと言うと、妙に納得した。


 「あとな、「ノーパン喫茶」っていうのが流行ったんだ。喫茶店なんだけど、オネエチャンたちがみんなノーパンなの。ミニスカートなんだよ、サイコーだろ? コーヒーが一杯千円だったかな。高いんだよ。でもいいんだよ」

 みんなが爆笑した。


 「遠征試合の帰りにな、行こうって話になった。二年生だったな。代替わりして、俺らの中で一番真面目な奴が主将になった。そいつともう一人は行かないって言うんだ。外で待ってるから行って来いってな」


 「俺らが延長して一時間くらいかな。出たらまた雨よ。走って駅に行ったら、二人とも結構濡れてた。待ち合わせが外だったんでな。まさか延長してるなんて思ってねぇから、30分も濡れた。真冬だったな」

 「カワイソウですね」

 亜紀ちゃんが言った。


 「ああ、そうだ。主将じゃない方の奴が肺炎になったからな」

 「「「「「「ゲェーーー!」」」」」」

 「そんなバカな俺たちだった。試合に行く途中でエロ本を拾って。夢中で見てたら試合に遅れて不戦勝にされたりなぁ」

 「「「「「「アハハハハ!」」」」」」


 「修学旅行で森安が俺に言ったんだ。容子ちゃんとヤルんだって。仲が良かったんだけど、付き合うまでは行ってなかったんだ。だから旅行中にキメて付き合おうっていうことだったんだな」

 「どうなったんですか?」

 柳が突っ込む。


 「まあ、結果的には上手くいって、二人は付き合うようになった。卒業してすぐに結婚してな。子どもも生まれて幸せにやってた」

 「良かったぁー!」

 「森安は家業を継がなかったんだ。親には反発してる奴でなぁ。一度高校時代にアルバイトをさせてもらったんだよ。道路工事な。俺ともう一人が頼んで入れてもらった。森安と三人だ。俺ともう一人は森安の家に泊らせてもらい、朝8時から夕方5時まで土方をやった」


 「俺ともう一人はツルハシとかでガンガン路面を壊す。夏場できつかったよ。それでフッと見たら、森安は路面に塗料を塗ってるんだ。楽な仕事だよ。おまけに時々従業員からジュースとかアイスとかもらって。俺が傍に行ったら、親方が怒るの。「おい、でかい奴! 坊ちゃんの邪魔すんじゃねぇ!」。頭にきたよなぁ」

 みんなが笑う。


 「まあ、森安の家で豪華な食事をいただいて、バイト代も随分と良かったからな」


 「卒業後に、森安は消防署に就職した。進学校には入ったけど、勉強はそれほど好きじゃなかったんだ。成績もだから良くねぇ。だから大学には行かずに就職だ。実家の近くに大きな家を建ててもらって、家族で住んでいた」





 「俺が大学を卒業してしばらくした頃だ。奥さんから電話をもらったんだ。三人の子どもがいたんだけど、長男が交通事故で亡くなったと。葬儀は家族だけで済ませたんだけど、森安が落ち込んでしまって、俺に来てもらえないかということだった。その晩に行ったよ」

 子どもたちが静まる。


 「森安はパチンコが好きでなぁ。時間があると行ってた。子どもが死んだ時にもパチンコ屋にいたんだ。そのことで、随分と自分を責めてしまっていた。俺は飲みに誘い、二人で泥酔するまで飲んだ。森安は随分と泣いたけど、気持ちにけじめをつけた」

 「タカさんが慰めたんですね……」

 「いや、別にそんなことは。ただ、知らなくて申し訳なかったと謝ってただけだよ。お前が苦しんでいるのに、何も知らずに済まなかったと。それだけだ。森安は時々子どものことを話そうとして、そのたびに泣いた」


 「……」


 「森安はそれからパチンコはきっぱりと辞め、仕事に専念した。いつまでも下が配属されなくて、いつも大変だったようだけどな。愚痴の一つも零さずに、真面目にやってた。まあ、優しい奴だから先輩たちからも可愛がられていたけどな」

 

 「そして明るい奴でなぁ。一度森安が幹事になって、俺たちは久しぶりに集まって飲んだ。行ったら30畳のでかい座敷なんだよ。そしてコンパニオンのオネーチャンたちが俺たちの人数分いる。俺はそんな飲み会は知らなかったから、なんだと思ってたけどな。始まったらみんなで裸になってどんちゃん騒ぎだ」

 「「「「「「アハハハハ!」」」」」」


 「まあ、楽しかったな。森安たちの飲み方だったらしいけどな。それで随分と安かったんだ。後から思うと、森安がこっそり出したんだな」

 「石神さんも裸になったんですか?」

 「当たり前だぁ! コンパニオンも裸だったしな!」

 「ああー……」





 その二年後、また奥さんの容子さんから電話が来た。

 俺は前回のこともあり、何かあったら必ず連絡してくれと頼んでいた。

 しかし、その電話は、もう俺が何かをすることは出来なかった。


 「コウチャンが死にました」


 受話器が冷たかった。

 目の前が暗くなった。

 俺は何とか通夜と葬儀の日程をメモした。

 何も言ってあげられなかった。


 通夜と葬儀には大勢の人間が参列した。

 高校時代の連中も来たし、容子さんの友達も来た。

 消防隊員も空いている人間は全て来た。

 それに子どもが死んでから始めた子ども野球チームの人間たち。

 森安は監督として、休日はすべて子どもたちに付き合っていた。

 子どもたちはみんな、あんな優しい監督はいないと言っていた。


 森安の最期を容子さんから聞いた。


 ある幼稚園で火事があり、消防隊が駆け付けた時には、すでに建物全体に火が回っていた。

 放水がなかなか効果がでなかった。

 逃げた職員から、まだ中に三人の子どもがいると聞いた。

 森安がその途端に火の中に飛び込んでいった。

 命令無視だった。


 15分後、森安が子どもたちを連れて出てきた。


 自分の防火服を脱いで、子どもたちをくるんでいた。

 隊員たちが駆け寄ると、森安は一言だけ言って崩れ折れた。


 「お願いします」


 全身の大火傷で、森安は搬送中にこと切れた。


 聞いた俺たちは全員で泣いた。

 何も言えなかった。

 ただ、泣いた。






 葬儀が終わり、俺は容子さんから泊って行ってくれと頼まれた。

 森安の遺骨を祭壇に置き、線香をあげた。


 「お前、やったな」

 俺が言うと、容子さんが泣いた。


 「コウチャンね、石神くんにいつも感謝してたの」

 「そんな」

 「飛んできてくれたあの日の翌朝にね。コウチャンは死ぬつもりだったって言ってた。自分が許せないって。アッチャンの傍に行ってやるんだって」

 「そうか」

 「でも石神くんが、生きなきゃいけないって言ったって。お前は苦しんで生きろって言われたって。お前らしく生きれば、きっと子どもも向こうで笑って迎えてくれるからってね。そう言ったんでしょ?」

 「それは……」


 「そうかって思ったってコウチャンは言ってたよ。自分の後を追って死ぬのは、アッチャンも辛くなるからって。だからちょっと寂しい思いはさせても、ちゃんと生きて笑って会うんだってさ」

 「そうか」


 「さっき、石神くんが「やったな」って言ってくれたじゃない。嬉しかった! コウチャンも嬉しがってるよ、きっと」

 「そうだといいな」


 


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■  ■ ■ ■




 「奥さんと子どもは、その後どうしたんですか?」

 亜紀ちゃんが聞いた。


 「ああ。殉職で遺族には特別な手当てが出るそうでな。二階級特進の上でだ。あと森安の実家は金持ちだから。生活には不自由はなかったはずだ」

 「タカさんはその後も?」

 「いや。奥さんに断られた。俺がずっと何かをしたがるだろうからってな。実際そのつもりだった。だけど、自分たちで生きるからと言われた。他人にいろいろされると、強く生きられないからってな」

 「そうですか」

 亜紀ちゃんが悲しそうに言った。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「石神、すぐに来てくれてありがとうな」

 「来るに決まってるだろう」


 「俺はこれからどうやって生きればいいのかな」

 「苦しみながら生きろよ」


 「ありがとう」

 「おい、俺は酷いことを言ってるぞ?」


 「だから、ありがとう」





 森安は、涙を流しながら礼を言っていた。















 お前、ちゃんと子どもに笑って会えたか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ