四度目の別荘 Ⅵ
昼食はパスタだ。
毎日俺らは肉ばっかり食べているわけではない。
ナスとアスパラとベーコン。
シンプルに塩コショウだけだ。
まあ、今夜の焼肉に向けての渇望を高めている要素もある。
しかし、もちろん美味しい。
油を含んだナスの美味と、アスパラの触感と仄かな甘み。
ベーコンの旨味。
塩コショウだけなことが、それらの食材の良さを際立たせている。
ナスとアスパラが中山夫妻のものだからこそ、ということもある。
親戚の農家からのものが、市販の野菜とはまったく違う。
昼食を終え、俺は皇紀を散歩に誘った。
量子コンピューターの件などで、よく報告を聞きながら話はしている。
しかし、何の話題もなく歩く散歩は少ない。
「何か変わったことはあるか?」
俺は歩きながら聞いた。
「そうですねぇ」
「おい、そう言えば葵ちゃんとはその後どうなんだよ!」
皇紀は軽井沢で葵ちゃんとエッチなことをした。
「え、それですか! まあ、進展はないです」
「なんだよー! 俺を楽しませてくれよー!」
皇紀が笑った。
「でも、なんか学校に行き始めるとダメなんですよね。そういうチャンスというか雰囲気というか」
「俺はそんなの考えたこともなかったぞ? 中学から高校なんて、もういつでもどこでもやってたからなぁ」
「そうなんですか!」
「だって、学校だって誰も来ないような場所は幾らでもあったしなぁ。外に出れば無限よ」
「アハハハハ!」
「女の方から「やりたい」って来るんだからなぁ。「ダメですかぁ」って、「全然ダメじゃありません!」って感じじゃない」
皇紀が大笑いした。
「僕はそういうのではないですから。こっちから「やらせてください」って持ってかないと」
「うーん、分からん」
「普通はタカさんの方が分からないですよ」
二人で笑った。
「まあ、別になんとかしろって話じゃないけどな。結局一人の女ってとこだろうなぁ」
「どういうことですか?」
「光ちゃんと一緒に考えて見ればいいんだよ。俺の場合は大勢の女がいたからな。要は競い合い奪い合いだよ」
「ああ、なるほど」
「俺が誘うまでもなく、向こうから来る、というな」
「一人だと逆になるんですね」
「そうだ。でも、葵ちゃんと関係するってことは責任もあるからな」
「はい」
「大事にしてやれよ」
「はい!」
俺たちはイヤラシイ話題で盛り上がりながら歩いた。
栞と座った倒木に腰かける。
皇紀が担いできたクーラーボックスを開いた。
俺はよく冷えたバドワイザーを取り出し、皇紀はジンジャーエールを飲んだ。
皇紀が丁寧に運んだので、炭酸が溢れることはなかった。
「昨日の佐藤さんのお話ですけど」
「ああ」
「こんなことを僕が言っていいのか分かりませんが、結局佐藤さんの自業自得のものもあったんじゃないかと」
「そうだな」
俺が肯定したので、皇紀が少しホッとした。
「そりゃ悲しいことだとは思いましたが」
「そうだよな。もちろん責任だのなんだのと言えば、お前の言う通りだ。でもな、俺たちはそういうもので生きてはいないからな」
「はい」
「もし俺が蓮華に殺されていたら、お前はどうするよ?」
「もちろん、仇を討ちます」
「でも、蓮華にも正しさがあったんだ。俺は蓮華の大事なものを踏みにじったのかもしれんからな」
「それは関係ありません」
皇紀は俺の目を見てそう言った。
「俺たちはバカなことばかりするんだよ。その結果、みんなが悲しみ不幸になったとしてもな」
「そうですね」
「よく、復讐は復讐しか生まない、とか言う奴もいるじゃない。その通りだけど、それでもなんだよな」
「はい、分かります」
「感情を捨て、恨みを捨てることなんてできない。結局、自分がやられたくないっていうのが一番大きい理由よな」
「自分一人のことを考えれば、そうなりますよね」
≪復讐するは我にあり。我、これに報いん。(Vengeance is Mine. I shall repay. )≫
「『新約聖書』「ローマ人への手紙」第12章19節の言葉だ。キリストは人間の復讐を禁じた。それは神が行なうことだと言ったんだ」
「厳しいですね」
「そうだな。俺にはできん。でも、出来ない俺自身をダメだと思うことはできる」
「どういうことですか?」
「俺がどこまでもろくでなし、ということだよ」
「そんな」
陽を遮る木立の中で、吹く風が気持ちいい。
「宗教の意味っていうのは、そこにあるんだよ。人間をダメだと言ってくれる。自分の上にあって、常に自分を否定してくれる。まあ、嫌がらせみたいな部分もあるけどな」
「ああ、タカさんがいつも言ってることですね」
「そうだ。でもな、この「復讐」に関しては、実は俺はずっと考え続けているんだ」
「タカさんがですか?」
「そうだよ。俺自身が嫌って程に味わっている問題だしな。向かって来た奴をぶちのめしては来たけど、それが俺のこの身体よ。それに佐藤のことも話したけど、俺だけじゃない、他の人間の命まで巻き込んでしまうこともある」
「はい」
「お前たちだって、俺に殴られ続けてちゃんと「お手」を覚えたじゃない」
「アハハハハ!」
「犬ネコだって、もうちょっとは早いと思うけど、まあ何とか覚えた」
「はい」
「俺なんか、こんな傷だらけになっても、まだ覚えてないよ。どうなんだかなぁ」
「アハハハハ」
「でもな。自分が復讐をしなくなったらと思うと、それは大きな間違いなんだという思いがずっとある」
「はい」
「バカな自分は分かっているけど、まあだからずっと考えている、ということだ」
「よく分かりました」
俺たちは飲み物を飲み干し、帰った。
「タカさんは女関係で恨まれたことってないんですか?」
「そんなもの! あるに決まってるだろう」
皇紀が笑った。
「安心しました」
「ヘンなことで安心するな!」
別荘に帰ると、丁度響子たちが到着した。
「タカトラー!」
響子がシートベルトを外している六花をもどかしく、俺に手を振って叫んだ。
六花が笑っている。
やっとベルトが外れ、自分でドアを開けて俺に駆け寄って来る。
俺は響子を抱き上げた。
「どうだ、調子は大丈夫か?」
「うん!」
俺は、本当にそうかと言い、響子の体中の匂いを嗅いだ。
「イヤー!」
響子が笑顔で喜ぶ。
「ただいま到着しました」
「御苦労。ゆっくり休んでくれ」
「はい」
六花は車から荷物を降ろす。
事前にある程度は俺たちで運んでいるので、それほどはない。
と思ったが、六花の荷物が大きい。
やれやれ。
無邪気な天使たちの到着だ。




