あの日あの時:天で泣く方
「なんか、辛いね」
栞が言った。
「その加藤って人はどうなったんですか?」
ハーが聞いてきた。
「聞いた話では、鑑別所で自殺したらしいよ。何で苦しんでいたのかは知らんけどな。人を殺して辛かったのか、俺たちの復讐が怖かったのか」
「復讐するつもりだったの?」
「いや。鬼愚奈巣を潰したことがけじめだ。佐藤がそれで納得するわけもないけど、佐藤自身がやったことでもあるしな」
「そう」
栞が小さく呟いた。
「結局、誰も何も出来なかったんだ。佐藤は強くなれなかったし、俺は佐藤を助けてやれなかった。チームだって死んだ佐藤のために、あれしか出来なかった。鬼愚奈巣の連中だって同じだよ。俺たちを潰したかったろうけど、逆に潰されて終わった」
「誰も、思い通りにはできなかった」
「愛さんは?」
ルーが聞いた。
「分からない。それからまったく会ってないからな」
「幸せになってるといいね」
「その通りだな」
俺は後ろに回り、ルーとハーの頭を撫でた。
「お前たちも、あんまり人の恨みを買うなよな。それは決していいことに転ばないからな」
「「うん!」」
「でも、タカさんのためなら、なんでもしますからね!」
亜紀ちゃんが無理に明るく、そう言った。
「そうかよ」
俺は子どもたちを寝かせ、栞と二人で飲んだ。
「誰も何も出来なかったかぁ」
栞が呟く。
「でも石神くん。石神くんたちは、精一杯にやったと思うよ」
「そうか」
「それしか出来ないってことを、ちゃんとやることは大事だよ」
「そうだな」
俺は少し笑えた。
栞の思いやりが有難かった。
「俺の勝手な思い込みなんだけど」
「うん」
「本当に勝手だとは自分でも思うんだ。でも、佐藤の身体が真っ二つになったってな」
「うん」
「あれは、佐藤の二つの葛藤に重なっていると思ったんだよ」
「どういうこと?」
「俺への親しみと憎しみ、愛さんへの思慕と俺と結ばれて欲しいという願い。あいつはそういった相反するもので苦しんでいた」
「ああ、そうかもね」
「上半身は二時間後に見つかったそうだ。その顔が苦しんでいなかったと聞いた。安らかな顔だったと」
「そうなの」
葬儀の時、凄惨な遺体は見せられなかった。
誰も、佐藤の死に顔を見なかった。
俺は遺体を検分した警察の親しい人から、後で聞いた。
「あいつが苦しみから解放されて死んだって思いたい。それは俺の身勝手な我がままだけどな」
「うん」
「今でも俺を憎んでいるかもしれない。それはいいんだ。でも、佐藤の中で安らかなものがもしもあったのだったら」
「私もそう思うよ」
「俺は勝手だよな」
「そんなことないよ」
栞は俺の顔を両手ではさみ、優しくキスしてくれた。
「今でも俺を恨んでいる人間はいるよ」
「うん」
「蓮華のこともそうだった」
「うん」
「でも、栞の家で蓮花が言ってくれた」
「そうだね」
「あの言葉に喜んでいる俺がいる」
「はい」
「恨まれるのは俺自身のせいで仕方がない。これからも、恨んで挑んで来れば同じことをする」
「私も亜紀ちゃんたちもいるよ」
「そうだな。俺たちは繋がっているものな。そのことが不安である以上に、俺は嬉しい」
「うん」
「あの日は言えなかった。蓮花に礼を言っておいてくれ」
「きっと喜ぶわ」
俺たちはまたキスをした。
夜空の星が瞬いている。
そんな当たり前のことが、嬉しかった。
翌朝。
朝食を食べ終え、俺は栞を送って行った。
「石神くん、本当に楽しかった」
「そうか。もっとゆっくりできれば良かったのにな」
「うん、また今度誘ってね。これから蓮花の所へ行かなきゃならないから」
「ああ、頼む」
「おじいちゃんもちょっと慰めてくるね」
「アハハハ」
「石神くんにやられちゃって、ちょっと落ち込んでるみたいだし」
「あの斬に限ってそれはないだろう」
「そんなことないよ。まあでも、ちょっと立ち直って、「花岡」の技を整理し始めたかな」
「整理?」
「うん。幾つかの技に伸びしろがあるかどうか再検討するって。こないだスカイプでちょっと楽しそうに言ってた」
「あいつ、スカイプとかできんの?」
「うん、できるけど?」
「俺、やったことないんだけど」
「アハハハ、石神くんって、ネット音痴だよね」
「全部そういったのは一江に任せてるからなぁ」
「ちょっとは覚えた方がいいよ。いろいろ便利だよ?」
「うーん」
JRの駅まで送り、栞の荷物を降ろした。
「ここでいいよ」
「ホームまで送るよ」
「いいって。また来週には会えるんだし」
「まあ、そうだけど」
「じゃあスカイプ覚えて連絡して」
「それはいずれな」
栞は笑って去って行った。
今日の午後には響子と六花が来る。
栞の後姿を見送りながら、それを考えている自分がいた。
俺はそうやって悲しみを乗り越えて来たのだ。
佐藤の死も、愛さんの悲しみも、俺は抱きつつも何も出来ずに来た。
出来ない自分を容認し、別な楽しみを持ちつつここまで来た。
それしかできない自分の卑小さを痛感している。
どうして泣き続けることができないのか。
≪天で泣いている方≫
誰かが言っていた。
そういう存在があって欲しい。




