あの日あの時:佐藤正志
「俺が小学生の頃からファンクラブがあったって話したよな」
「「「「はい!」」」」
いつもより元気よく返事する。
俺は苦笑した。
「男子からは嫌われることも多かったけど、仲のいい奴もいた。慕ってくれる奴もな。その中に佐藤正志という同級生がいた。俺が身体がでかくて喧嘩が強いってことで好かれていたんだ」
「佐藤は身体が小さくてな。カワイイ顔をしてて性格も可愛くてみんなからも好かれていたよ。家も結構な金持ちで、いい服を着ていたし、自転車なんかも最新のカッコイイやつを買ってもらってた」
どんな話なのか分からず、子どもたちは身構えていた。
俺は飲み物を飲んで寛げと言った。
「佐藤には7歳上のお姉さんがいてな。俺のファンクラブに入ってた。綺麗な人でなぁ。日大の学生で、俺が中学に上がってすぐに、俺たちは付き合うってわけじゃないけど、まあ、関係を持っていた」
濁したが、みんな分かる。
双子が「その頃からイヤラシー大王だったんだ」と小声で言った。
「ああ、その頃からじゃねぇぞ。最初は俺が小学6年生だったからな」
「「「「「エェッーーーーー!」」」」」
栞も一緒に驚く。
「まあ、それはどうでもいいだろう! とにかく、俺は付き合ったことはねぇけど、経験は一杯あった、ということだ」
「だからあんなに上手いんだぁー」
栞が口にし、慌てて赤くなる。
子どもたちがみんなでニヤニヤと見た。
「佐藤は俺のことを慕ってくれてたんだけど、お姉さんのことが大好きだったんだよ。お姉さんも佐藤のことを溺愛しててな。佐藤のカワイイ性格は、間違いなくお姉さんの愛情だったよな」
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中学一年の時。
俺は三先輩たちに呼ばれたトイレで逆襲して、一躍中学校の有名人になった。
「石神は強いよなぁ!」
佐藤は興奮し、一層俺の傍にいるようになった。
しかし、俺とお姉さんの愛さんとの関係を知り、佐藤が段々と変わって行った。
俺は中学に上がった時に、既に175センチの身長だった。
佐藤は155センチほどで痩せていた。
幼い頃にろに大病をした影響らしい。
お姉さんは160センチを超えていた。
その佐藤が急に身体を鍛え始めた。
腕立て伏せをし、腹筋を鍛えた。
痩せたままだったが、引き締まった身体に変わって行った。
「石神、俺と喧嘩してくれよ」
ある日佐藤が誘って来た。
俺は嫌がったが、佐藤がかかってくる。
軽く腹にパンチを入れ、顔にフックを入れた。
佐藤は動かなくなった。
声もなく、涙を零していた。
高校に上がり、俺は先輩の井上さんに誘われて、暴走族「ルート20」に入る。
すぐに実力を示して、異例の一年生で、特攻隊のメンバーに任命された。
佐藤も後から入って来た。
親にいいバイクを買ってもらった。
フルカウルのスズキのRG250だ。
俺は後にヤマハのRZ250に乗る前は、RDに乗っていた。
集会以外でも、よくつるんで走ったりもした。
バイクの性能と佐藤の努力で、俺を追い越すことも多かった。
そんな時、佐藤は本当に嬉しそうだった。
バイクの勝負は佐藤が勝つことも多かった。
しかし佐藤はたびたび俺に喧嘩を売って来た。
「石神、タイマンだ!」
喧嘩では、佐藤に勝ちはなかった。
何度も俺に突っかかって来るので、上の先輩たちに締められることも多くなっていく。
「佐藤! いい加減にしろ。トラが迷惑だ」
徐々に俺と佐藤の溝が深くなっていった。
俺が佐藤とのことを気にして、愛さんとの関係は持たなくなった。
そのことが、一層佐藤を狂わせていった。
佐藤は先輩たちに逆らってはヤキを入れられた。
俺とは口をきかなくなっていった。
うちのチームが、大きなチームと敵対するようになった。
ヘッドとなった井上さんが、全員に単独行動を控えるように命じた。
特に縄張りの被る地域では5人以上で走れ、と。
佐藤がその命令を破った。
そして敵チームの集団に追われた。
バイクだけでなく、四輪の改造117クーペもいた。
必死に逃げる佐藤を、チームのメンバーが見かけた。
すぐに井上さんに連絡がいき、特攻隊が救助に向かう。
俺はバイト中で、連絡が来なかった。
佐藤はバイクの性能ギリギリで逃げ、湖にかかる大橋を渡っていた。
特攻隊は反対側に陣取り、佐藤を待った。
「佐藤! こっちだぁ!」
みんなが佐藤を呼んだ。
気づいた佐藤が手を振る。
しかし橋の直線で四輪が追いつき、佐藤のRGに追突した。
佐藤は物凄い勢いで吹っ飛び、反対車線に投げ出される。
そこへ対向車が来て、急ハンドルを切り、佐藤は橋の欄干に車体で圧し潰された。
佐藤の胴体は二つに千切れ、上半身が湖に落ちた。
敵チームは逃げ、特攻隊は佐藤に駆け寄った。
警察が集まって現場検証と佐藤の遺体の捜索が始まった。
特攻隊は警察署で事情聴取され、何度も状況を説明させられた。
俺はその夜に井上さんに呼ばれ、特攻隊のメンバーから佐藤の死を知らされた。
「佐藤が俺たちに気づいて手を振ったんだ。それであいつ、「石神、助けてくれー」って叫んだ」
「俺たちはすぐにバイクにまたがったけど、間に合わなかった。トラ、すまん!」
俺は何も言えなかった。
「トラ、許してやってくれ。こいつらも必死だったんだ」
「もちろんです。ありがとうございました」
数日後、佐藤の葬儀にみんな参列した。
ただ、不良連中が押しかければ迷惑だろうと、井上さんと俺、他の数人だけ中に入り、大勢の仲間は寺の外で控えた。
愛さんが喪服で泣いていた。
俺に気づき、近づいてきた。
「何しに来たの! 帰ってちょうだい!」
「申し訳ありませんでした」
「あなたが正志を誘ったから! あんなにいい子があなたのせいでこんな……」
愛さんが泣き崩れた。
憔悴しきった顔だった。
「今更泣き言を言うなよ。あんたさんざん俺と……」
「トラ! やめろ!」
「なんなの、あなた! 正志が死んで何とも思わないの?」
「思わないね。ちんちくりんのくせに俺にかまわれたくて。死んでスッキリしたぜ」
「トラ! いい加減にしろ!」
「絶対に許さない! あなたのことは一生許さないから!」
「別にいいぜ。俺は幾らでも他に女がいるしなぁ」
愛さんが俺を殴った。
式場が騒然となる。
井上さんが頭を下げ、全員で外に出た。
「トラ、お前なんだってあんな!」
井上さんが俺を叱ろうとして振り返り、止まった。
「お前、なんで泣いてんだ?」
「井上さん、愛さんはいつも言ってたんですよ。佐藤が自分の生き甲斐なんだって」
「なんだよ、どういう話だよ」
「佐藤はガキの頃に病気で死に掛けて。それでも助かって元気になって。愛さんが一生守るんだって言ってました」
「だから、お前……」
「あんなにゲッソリしちゃって。あれじゃダメですよ、あれじゃぁ」
「お前」
「言われた通りですよ。佐藤は俺に付いてきてくれて族に入った。だから死んだのは俺のせいです」
「そんなことはない!」
「愛さんには恨まれて当然です。だから恨まれまれなきゃいかんですよ」
「ばかやろう」
「井上さん、仇を討ちましょう」
「おう!」
「佐藤は俺を呼んだ。随分と遅くなっちまいましたが、俺はやりますよ」
「もちろんだ!」
外のメンバーに、井上さんが言った。
「今日からトラが特攻隊長だ! 文句はあるかぁ!」
『オス!』
「佐藤の仇を討つぞ!」
『ウォォォォォーーーー!!!!』
全員がエンジンを吹かす。
カミナリが鳴り響いた。
爆音の中、俺はまた涙を流した。




