六花がいない。
土曜日。
俺は朝早くに六花のマンションに行き、タケたちへの土産を渡した。
「後で荷物が宅急便で着くと言ってくれ」
「分かりました」
「楽しんで来いよな」
六花は俺にキスをした。
「行ってきます」
「ああ」
六花は颯爽とニンジャに跨り、出発した。
俺は病院へ寄り、響子の部屋へ行く。
響子は丁度朝食を食べていた。
俺を見て微笑み、さっきまでとは違う食べっぷりを見せた。
「さっき六花が出掛けたよ」
「そう」
寂しいのだろうが、口にはしなかった。
火曜日まで、六花は休みだ。
本当はもっと長くていいのだが、響子のことが心配なのだろう。
担当の看護師が響子に歯を磨かせた。
俺は時々お尻を撫でてやる。
「イヤー」
響子は邪魔する俺を笑って追い返した。
看護師が笑っている。
毎日の響子の巡回コースを、一緒にセグウェイで回った。
俺がついてくるので、みんな驚く。
「顕さん、おはようございます」
顕さんの病室で休憩するのが、響子の日課だ。
「石神くんもいたのか」
顕さんが笑って迎えてくれた。
響子を並んでベッドに座らせ、俺はデスクの椅子に座った。
響子は顕さんが響子のために買ったジグソーパズルを始めた。
顕さんが仕事中でも傍にいられるように、という配慮だ。
俺は顕さんに、双子が院長の家でお兄さんを見た、という話をした。
「へぇ、あの子たちがね」
「ええ。あまり話さないんですが、どうも最近一段と力が高まっているようで」
「そうか。素晴らしい力だよな」
「まあ、そうであればいいんですが。でも、多分良いものばかりでもないでしょうから」
「なるほどな」
「顕さん、一個だけやってぇ」
響子がパズルを顕さんに渡す。
どうも行き詰っているらしい。
「ダメだよ、自分で全部やらなきゃ」
「だってぇ」
顕さんは笑って、一つだけ探して嵌めてやる。
響子はニコニコして礼を言った。
「奈津江も小さい頃はこんなでした?」
「いや、もっとワガママだったよ」
俺たちは笑った。
窓から不意に風が吹き込んできた。
俺と響子は「巡回」を続け、部屋へ戻った。
汗をかいていないのを確認し、ベッドへ戻す。
響子に、タブレットの動画で太陽の映像を見せてやる。
NASAの「HELIOPHYSICS」のものだ。
響子は恐ろしくも美しいそれに、くぎ付けになった。
「スゴイ」
幾つかの同様の動画を見せる。
響子が魅入っている。
俺は響子に幾つか説明して行く。
プロミネンス、太陽フレア、黒点、太陽の大きさや温度などなど。
「流石の俺も瞬殺だな」
「タカトラー、行っちゃダメ!」
「今度セグウェイで行くか!」
「イヤ」
俺は笑って言った。
「そうだな、せいぜい焼き鳥屋くらいにしておこう」
「うん!」
今日の夜は、響子と銀座の焼き鳥屋に行く予定だ。
響子は焼き鳥が大好きだった。
塩分が多いので、しょっちゅうは食べさせられない。
時々六花が買ってきてやるようだが、ちゃんと俺に報告している。
楽しく話していると、昼食が届いた。
俺は看護師に任せ帰ることにした。
「じゃあな。夕方にまた迎えに来るからな」
「うん。また後でね!」
手を振って病室を出る。
五時。
アヴェンタドールで響子を迎えに行く。
銀座の駐車場は予約してある。
駐車場に響子を連れて行くと、またヒマな連中が集まっていた。
「お前ら、仕事はどうした?」
「はーい!」
みんなが響子に声をかけ見送ってくれる。
「みんな見てるよ!」
走っていると、響子が外を見ながら喜んでいる。
「そりゃ、響子がカワイイからなぁ!」
「エヘヘヘ」
何度か行っている焼き鳥屋は、地下にある。
「石神先生、響子ちゃんもいらっしゃい!」
顔を覚えている大将が威勢のいい声で迎えてくれた。
飲み屋とは一線を画した高級店だ。
出すのは焼き鳥だが、吟味され丁寧に調理された逸品だ。
大理石のカウンターの真ん中に席をとる。
大将が心得ていて、俺や響子が好きな串を出して来る。
俺も響子もタレが好きだが、時には塩でも出る。
合間に銀杏やアスパラなどで飽きさせない。
いいタイミングで小さな茶碗でご飯が出る。
今日はタケノコご飯だ。
響子が夢中で食べている。
時々おしぼりで俺の口を拭おうとする。
自分の方が汚れているくせに、俺の世話を焼きたいのだ。
「いい奥さんですね!」
大将が言ってくれ、響子は喜んだ。
大将は響子が俺の「ヨメ」だと言っているのを覚えていてくれている。
「六花も美味しいもの食べてるかなー」
「お前はいい女だな」
俺は響子の頬にキスをした。
響子もベトベトの唇で俺の頬に返す。
大将や配膳の女性定員たちが笑って見ている。
「あー! 水玉のゾウがぁ!」
俺が反対側を指さすと、響子が向く。
その瞬間に頬を拭いた。
「え、いないよー!」
「ちょっと遅かったな」
「またウソ言ってぇ」
「お前、最近誤魔化されなくなったな」
響子が俺の腕をたたいた。
笑って、悪かったと言う。
響子が結構食べた。
「何か食べたいのはあるか?」
「うーん、銀杏!」
「へい!」
大将が焼いてくれる。
俺は椀を頼んだ。
そちらもタケノコの吸い物だった。
薄い味に出汁の効いた椀は、身体に染み入る。
響子も「美味しいね」と言って喜んで飲んだ。
大将たちに礼を言い、店を出た。
「お腹いっぱいか?」
「うん!」
調子も良さそうなので、俺は羽田に連れて行った。
駐車場から響子を抱えて展望デッキへ行く。
俺は喫茶店に寄って、響子のためにミルクセーキをテイクアウトした。
俺のコーヒーも頼む。
「いつも綺麗ね」
響子が外を見る。
「あれが太陽行きの便だな」
「えー、うそ!」
「お前、ほんとに頭が良くなったなぁ」
「エヘヘヘ」
「ニセモノか?」
「本物だよー」
「だって、響子はもうちょっとおバカで、そこがカワイかったんだけどなぁ」
「もう!」
「六花は今頃、またニコニコして食べてるんだろうな」
「そうだね」
「俺はあいつの嬉しそうに食べる顔が大好きなんだ」
「うん」
「楽しんできて欲しいな」
「うん!」
電話してみようかと言った俺に、響子は邪魔しちゃダメだと言った。
「タカトラ」
「なんだ?」
「私、大丈夫だよ」
「なんだ、本当に響子か?」
俺は笑って響子を抱き上げた。
俺は甲斐バンドの『冷たい愛情』を歌う。
何人かの人たちが俺たちを見ている。
俺は無視して朗々と歌った。
響子は俺の頭に顔を埋めて聴いていた。
歌い終わると、小さな拍手が沸いた。
「おい、またやっちゃったか?」
「ウフフフ」
「きょうこぉー、愛してるぞー!」
「アハハハ」
俺たちは帰った。
病室で響子にシャワーを使わせ、着替えさせた。
濡れた髪を優しく乾かしてやる。
ベッドに寝かせると、俺にキスをしてきた。
「今日は楽しかった」
「ああ」
「もう帰って大丈夫だよ」
「そうか」
「おやすみ」
「おやすみ、響子」
俺は額にキスをする。
またあいつは窓を見ているのだろう。
しかし、響子は強くなろうとしていた。
それが少し寂しかった。




