不可能を欲す。
「饗宴」の日の夜。
明日は予定があるので、今日梅酒会を開いた。
今日は亜紀ちゃんの他に、ルーとハーもいる。
「みんな、ごくろうさん」
乾杯した。
「どうだ、楽しかったか?」
「やっぱりプロの方は違いますね」
亜紀ちゃんが言った。
「打ち合わせもほとんどないのに、私たちの動きに合わせてくれて」
「ああ、レディ・マスクはやっぱり頭がいいよな」
「スネークさんもちゃんと受けてたよ?」
「そうだな。綺麗に失神したもんな」
「コングさんも、空中で暴れないで受けてくれました。私がちゃんと着地するって言ったら、そのまま任せてくれて」
「上手くやってくれたよなぁ。まあ、お前らの技が良かったからだけどな」
三人が微笑む。
「もうちょっと打ち合わせが出来りゃなぁ。ルーとハーの出番も増やせたんだが」
「またやろうね!」
「今度は私たちがレディ・マスクとやりたいです」
「そうだなぁ。また近くでやる場合はな」
「「うん!」」
カワイイ。
「いっそ、お前らの動画を配信するか?」
「あ、いいですね」
「それと、あの女子プロ連中にも、少しは対抗できるようにしてもらわないとなぁ」
「そうですね」
「ちょっと「花岡」教えるか?」
「うーん、危険がないものならですかね」
亜紀ちゃんの心配は分かる。
「「轟雷」は?」
ルーが提案した。
「そうだな。ただちゃんとした「轟雷」は危ないからな。それに観客の電話も壊しちゃうしなぁ」
「威力が無い技を作る?」
「ああ、ハーできそうか?」
「やってみる!」
「轟雷」の加減が出来たとしても、威力のある技を簡単に教えるわけにはいかない。
最初から強くはない電光のみの技ならいいかもしれない。
「それと、栞と六花も出たいって言ってたなぁ」
「面白そうですけど、そうすると私たちの出番、なくなりません?」
俺は笑った。
「じゃあ、あいつらには「虎の穴」からお前らを追って来た刺客にしようか?」
「いいですね! そうすれば見せ場のあるステージになりますよ!」
「そうなったら、あの団体の出番はねぇな」
「あー」
「ところで、あのレディ・マスクさんって綺麗な方ですよね」
「あ、ああ、そうだな」
「まさかタカさんの新しい人にはならないですよね?」
「え? それはねぇよ。あのなぁ、綺麗な人と知り合ったら、なんてことはねぇからな」
「タカさんに限って、安心はないからね」
「イヤラシー大王だからねぇ」
俺は双子の頭をはたく。
「俺はお前らがいてくれればそれでいいんだよ」
「栞さんに電話しますね」
「六花ちゃんと鷹さんに電話します」
「じゃああたしは柳ちゃんに」
「勘弁してください」
双子から「へたれ」と言われた。
俺はつまみを双子から遠ざける。
必死で謝られた。
俺は双子に量子コンピューターの進捗を聞いた。
皇紀から定期的に報告は受けているが、双子からも聞いてみたい。
「うーん、順調と言えばそうなんですけど」
「なんだ、何かあるのか?」
「やっぱり既存の半導体だといろいろ制約があって。私たちの設計のものが欲しいかなって」
「そうかぁ」
「タカさんからもらってるアイデアはすごいですよ。構想的にはちょっと見えて来た感じ」
ルーとハーが交互に説明してくれる。
「今も皇紀ちゃんがやってるじゃない。一応設計の図面を作ってるのね」
「じゃあ、葵ちゃんのお父さんに話してみるかなぁ」
「「ほんと!」」
「ああ。オリジナルの一点ものを受けてくれるかは分からんけどな」
「「お願いします!」」
「一応聞いてみよう」
「じゃあ、皇紀ちゃんに伝えてくるね!」
双子がリヴィングを出て行った。
「あの行動力なぁ」
俺が呟くと、亜紀ちゃんが笑っている。
「元気ですよね」
「ああ」
亜紀ちゃんが俺の梅酒を作ってくれた。
「タカさんといると、いつでも楽しいですよね」
「そうかぁ! オッパイ揉んでやろうか?」
亜紀ちゃんが笑い、結構ですと言った。
「いつも思うんですけど」
「なんだ?」
「タカさんって、私たちを「絶対に大丈夫」な状態にしてくれてますよね」
「なんだよ、そりゃ?」
「学校の勉強もそうですし、新宿の事件の時も。そうじゃない時には、私たちを守ってくれて」
「そんなの当たり前だろう」
「中央公園では、やっとタカさんの役に立てました。まだまだですけど」
「ああ、あれは本当に助かったな」
亜紀ちゃんは小さく笑った。
「あの三人がタカさんに向かって行って。私必死で「槍雷」を飛ばしたんです」
「うん」
「家が襲われた時もそうです。でも、あれは聖さんがいなかったら、ちょっとやられてたかもしれません」
「そうか」
「アヴェンタドールが壊されたら、タカさんがもう立ち直れないんじゃないかって」
「アハハハ!」
俺は亜紀ちゃんの頭を撫でる。
「まあ、確かにそうだよな。相当落ち込んだだろうなぁ。あれは納車に何年もかかるかもしれんしな」
「はぁ」
「でもな、落ち込んだとしても、お前たちが無事であれば大丈夫だよ」
「だけど、フェラーリのときは」
俺は亜紀ちゃんの口に指を当てる。
「頼むからその話はやめて」
亜紀ちゃんが笑った。
分かりました、と言う。
「私、もっと強くなって全部守れるようになりますね!」
「いや、それ以上はちょっとヤバイんじゃねぇか?」
亜紀ちゃんは不満そうになる。
「「轟閃花」か。あれでもう航空機まで撃破できるだろ? もう亜紀ちゃんと対峙できる兵器はねぇぞ」
範囲数キロに渡り分子崩壊をさせる技が完成していた。
「まだですよ。大陸間弾道弾は危ないです」
「アハハハハ!」
15歳の女子高生は、人類の文明を超えようとしていた。
《我愛す そは不可能を欲する人間なり。
( Den lieb ich der Unmagliches begehrt.) 》
「ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ『ファウスト』の悲劇第二部にある言葉だ。まあ、どこまでも行けよ、ディアブロ・アキ」
「その名前って決定ですかぁ?」
俺は笑ってまた亜紀ちゃんの頭を撫でた。
あどけなく笑う美少女は、その裡に棲むものを微塵も感じさせなかった。




