再び、御堂家 Ⅶ
翌日、御堂は仕事だった。
「すまないね。連続して休みが取れなくて」
「全然構わないよ。今日はゆっくりさせてもらおう」
正利も塾へ朝から行った。
俺は子どもたちを集めた。
「よし! 今日は大掃除をするぞ!」
「「「「はい!」」」」
澪さんと柳が驚いて見ている。
俺は掃除用具を借り、それぞれの受け持ちと掃除法を指示した。
皇紀と亜紀ちゃんから報告を聞いているので、俺は修繕を中心にやる。
「拭き取りは基本的に水でやれ! 塗装しているものは分かるな? 無理してダメにするな! 溶剤を使いたい場合は、俺に確認しろ!」
「「「「はい!」」」」
「よし、開始!」
「「「「はい!」」」」
「軍隊みたい」
柳が言う。
「ダァッハッハ!」
俺は澪さんに修繕場所の許可を得た。
戸や窓の開け閉めがきつくなった場所。
外壁のヒビ、ヘアクラック。
それほど多くは無い。
流石にいい作りの家だった。
庭で軒下を確認していると、でかいアオダイショウが顔を出した。
顔が拳二つ分ほどもある。
舌を出して俺を見ている。
なんかカワイイ。
俺は卵を澪さんにもらい、アオダイショウに割って喰わせた。
美味そうに啜っている。
「美味い卵だろう! ここの家の人が作ってるんだぞ!」
午前中に大体終わった。
浴室やトイレ周りも、見違えるように綺麗になった。
俺が仕上げに、トイレに「デオライトSP」を流す。
10分待って水を何度も流し、今度は「ピーピースルー」を流す。
前者は強酸性の強力な尿石除去剤だ。
但し、劇薬なのでアルカリ性の「ピーピースルー」を流して中和するのだ。
浴室の排水溝には「ピーピースルー」だけを流す。
俺のうちの必需品で、今回持って来た。
澪さんに完了を報告すると、喜んで下さり、また礼を言われた。
昼食をいただく。
ほうとう鍋だ。
昨日調理場を見せてもらって気付いているが、寸胴を幾つか買ってくれたらしい。
本当に申し訳ない。
子どもたちはワイワイ食べているが、丼でお代わりするだけなので騒ぎはない。
俺はまた上座で正巳さんの隣で食べている。
「石神さん、先ほどの卵はどうなさったんですか?」
澪さんが聞いてきた。
「ああ、庭を歩いていたら、軒下から蛇が顔を出してきたんで。ちょっと可愛くて卵をやったんです」
正巳さんが物凄い顔で俺に振り向き、菊子さんや澪さんまで俺を見る。
子どもたちも異様な感じを察し、見ていた。
「あれ? まずかったです?」
「石神さん、オロチを見たのか!」
「え?」
澪さんが説明してくれた。
「石神さん。御堂の家には昔から守りの蛇がいると言われているんです。大きな蛇だと言われているんですが、ほとんど見た者がいなくて」
「はい?」
「この家でオロチを見たら、百年繁栄すると言われているんだ! そうか、石神さんが見つけてくれたかぁ!」
正巳さんが大喜びだった。
今更否定はできなかった。
「卵を差し上げて下さったのか、ありがとう!」
「い、いいえ」
どんな蛇だったかと聞かれ、アオダイショウで頭が拳以上あったと話した。
「まさしく、オロチだ!」
食事を中断して、俺は案内させられた。
卵の殻はまだ残っており、中身が綺麗に食べられていた。
正巳さん自らそれを拾い、綺麗に洗って神棚に供えられた。
「澪さん、今日はお祝いだ! 正嗣にも連絡してくれ」
「は、はい!」
「え、今日はカレーじゃ?」
「おお、お子さんたちのために一杯カレーも作ろう!」
「はぁ、ありがとうございます」
正巳さんの興奮は尋常ではなかった。
まあ、人様の家のことだから何も言えないが。
食事の後、柳が近づいてきた。
「石神さん、またなんかやっちゃいましたね」
「お前、そんなこと言っても」
柳はクスクスと笑っていた。
子どもたちには勉強をさせようかとも思ったが、俺が暇なので付き合わせる。
柳はマジで勉強だ。
ここのところ、俺たちに付き合って何もしていない。
みんなで散歩に出た。
全員、コンバットスーツを着ている。
暑いが、東京のものとは全然ちがう。
土が気温を吸い、木陰では涼しい。
「亜紀ちゃん、やばかったぞ」
「あの蛇様の話ですか?」
「ああ。俺さ、軒下のネズミやゴキブリなんかを一掃しようと、「小雷」でもちょっとやるかなって思ってたんだよ」
「えぇー!」
「撃ったらやばかったなぁ。御堂家にとんでもないことをするとこだった」
「「神殺しの虎」とかなってましたね!」
「お前、ちょっとその「二つ名癖」は直せよな」
「エヘヘヘ」
「皇紀!」
「はい!」
皇紀が駆け寄って来る。
「どうだよ、防衛プランは?」
「はい! でもやっぱりいろいろ作り込まないと何もできないですよ」
「まあ、そうだな。遮蔽物も何もねぇ。逆に敵襲が丸見えってだけか?」
「いえ、恐らく車両で来るでしょうから、気づいた時は至近距離ですよ」
「でも、敷地にセンサーを備えればいいんじゃねぇか?」
「ああ、なるほど」
「それにしたってなぁ。逃げることもできん。パニックルームでも作るか」
「そうですねぇ。何にしても御堂家の方々にお話してやるしかないですよね」
「そうだよなぁ」
「全員、走るぞ! ついて来い!」
「「「「はい!」」」」
家に戻り、シャワーを借りた。
着替えて子どもたちは勉強を始める。
俺は部屋で横になっていた。
戸がノックされる。
柳だった。
「どこへ行ってたんですか?」
「ああ、お前の家の敷地をぶらっと」
「面白くもないでしょうに」
「ロマンティストにはすべてが宝石だ」
「またぁ」
柳が俺の背中に身体をつける。
「ねぇ、オロチ様ってどんなお顔だったんですか?」
「あ? ああ、ヘビ?」
柳が笑う。
「石神さんて、本当に不思議で面白いですよね」
「そうかよ」
「だって、毎日いるうちの人間が、何百年も見てないんですよ?」
「みなさん、お忙しい方たちだからな」
「おじいちゃんが大喜びで。あと百年生きたいって」
「おお、そうして欲しいよなぁ」
「ウフフ」
「ねぇ、石神さん」
「あんだよ」
「お礼にキスしていいですか?」
「あ?」
「キスをさせてください」
「頼まれたら断れねぇなぁ」
柳がそっと唇を重ねて来た。
「おい」
「なんですか?」
「ところでお祝いって、何すんだ?」
「おじいちゃんとおばあちゃんが蛇の衣装で踊ります」
「マジか!」
「ウソです」
柳が俺の上で笑った。
「お前なぁ、信じるとこだったぞ」
「いつも石神さんが私をからかうじゃないですか!」
「そうだっけ?」
「もう」
柳がもう一度唇を重ねてくる。
「私たちのお祝いはいつですかね?」
「ちょっとヘビ殺してくる!」
「やめてぇー!」




