再び、虎と龍 Ⅶ
家に戻ると、12時を回っていた。
亜紀ちゃんが出迎えてくれる。
「さー! じゃあまたお風呂に入りましょうか!」
「おい」
「柳さん、お疲れでしょう?」
「アハハハ」
支度をし、俺たちはまた一緒に入った。
「もうタカさんもすっかり慣れっこですよね?」
「何言ってやがる」
「軽井沢の家族風呂も楽しかったんですよ!」
「ああ、ハーが滑って転んだよな」
「そうそう! はしゃいじゃって、思い切り頭を打って」
「ガゴン! って音がしたな」
「大丈夫なんですかぁ!」
亜紀ちゃんと笑った。
「ちょっと床が割れたか?」
「そんなことないですよ!」
柳は笑ってない。
早目に風呂を上がった。
「今日は梅酒会の日ですからね!」
「それで待ってたのかよ」
「そうですよ! たまにできない日があるんですから。できる日は大事にしないと」
俺は苦笑した。
「昨日もやりましたよね」
「あれは柳さんの歓迎と家族のスキンシップです」
「はぁ」
「あ、お腹空いてないですか?」
「ああ、二人で美味い寿司をたらふく食べたからな」
「そうですか。じゃあ軽いものを」
亜紀ちゃんがキッチンで何か探している。
「私、てっきり今度は自分もって言うのかと思いました」
柳が言った。
「え? だって私たち、タカさんにいつも美味しいものを一杯いただいてますもん」
「そうなんだ」
「毎日みんな感謝してるんです。本当に毎日美味しくて楽しくて、そういう日々を感謝してもし切れません。これ以上は本当にいらないんですよ」
「なるほど」
柳は亜紀ちゃんをニコニコして見ていた。
「あー! たこ焼きの新バージョンがありますよ!」
「また双子のか」
「はい。食べちゃいましょう」
「大丈夫かよ」
「平気ですよ。私が食糧大臣です」
三人で笑った。
たこ焼きを温め、俺は身欠きにしんを出した。
玉ねぎを薄く切り、さっと炒めてから甘露煮に乗せ、軽く山椒を振る。
「とっておきを出していいんですか?」
「俺はみんなにいつも美味いものを喰って欲しいからな」
「やったぁー!」
亜紀ちゃんも身欠きにしんに味をしめていた。
「石神さんは分かりますけど、亜紀ちゃんも随分と料理が上手いよね」
「エヘヘヘ」
「食いしん坊だからなぁ。それが一番の料理の才能になるんだよ」
「いえ、タカさんのお陰ですよ」
柳が身欠きにしんを一口食べ、感動していた。
「美味しいですね!」
「そうだろう?」
「タカさんと一緒に住まなければ、こんな美味しいものは食べられませんでした」
「そんなことはないよ。山中の奥さんだって料理は上手かったんだし」
「そうですねぇ。あ、そう言えば、タカさんは時々うちに来てくれてましたよね? いつからだったんです?」
「ああ、亜紀ちゃんが生まれて、一歳を過ぎてからだな。それまでは全然呼んでくれなかった」
「はぁ、お父さんも頑固ですねぇ」
「そうだよな」
俺は笑って、初めて山中家に行ったことを話した。
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「なんだ、本当に来たのか」
「お前、それはないだろう」
足立区の貸家に行った。
「石神さん、ようこそ」
「すいません。お邪魔します」
奥さんが亜紀ちゃんを抱えて出迎えてくれた。
土曜日の午後だ。
俺は土産のすき焼き肉を渡し、亜紀ちゃんへ縞模様のネコの縫いぐるみを買っていた。
「ありがとうございます」
「じゃあ、肉は家族でいただくから、帰っていいぞ」
「あなた!」
「だって、もう亜紀の顔も見たじゃないか!」
奥さんは笑って俺を居間に案内してくれた。
「亜紀ちゃーん! 石神さんですよー」
奥さんが亜紀ちゃんをあやしている。
亜紀ちゃんが俺に手を伸ばしたので、指を差し出した。
俺の指を握って、笑っている。
「あー! お前早速亜紀を!」
「あなた、何言ってるんですか」
俺は笑って亜紀ちゃんのほっぺたを指で触った。
亜紀ちゃんが一層笑った。
「俺が本当のお父さんですよー」
山中が本気で引き剥がした。
「お前、ほんとに帰ってくれよ!」
奥さんと笑った。
夕飯はもちろんすき焼きだった。
電話で奥さんに知らせていたので、他の食材も揃えていてくれた。
「おい、いい肉だなぁ」
「そうだろう。お前の家にお邪魔するんだからなぁ。妥協はできねぇよな」
山中は、ありがとうと小さな声で言った。
「奥さん、一杯食べて下さいね」
「はい、いただいてます。本当に美味しい」
「奥さんの腕前ですよ。これなら普通の肉だって美味しかった」
「そう思うか、石神!」
「ああ。お前は幸せだな」
「アハハ」
山中は酒を楽しそうに飲んだ。
俺たちは奥さんに、学生時代のあれこれを話し、奥さんが爆笑していた。
「山中が財布を落としちゃってですね」
「あー! あの時な」
大学の池で食材を手に入れ、何とかしのいだと言った。
「バッタとかコオロギまで食べるんですから」
「あれはお前が!」
奥さんは腹を抱えて笑っていた。
「でも、あの時の鯉こくは美味かったぞ」
「御堂がいい味噌をくれたしな」
「ああ、そうだった。米と調味料をくれて、本当に助かった」
「ザリガニも美味かったろ?」
「あー! あれも良かったな!」
「ほら、こいつ、ちょっとおかしいでしょ?」
奥さんが大笑いした。
その日のうちに帰ろうと思っていたが、山中が泥酔した。
着替えさせ、寝かせるのと手伝い、俺は奥さんに泊って行って下さいと言われた。
翌朝、山中が亜紀ちゃんを抱いて起こしに来た。
「おい、大丈夫か?」
「ああ、夕べは楽しかったな」
「うん」
亜紀ちゃんがまた俺に手を伸ばして来る。
「ちょっと顔を洗ってくるんで、亜紀を頼む」
俺は亜紀ちゃんを受け取り、布団で遊んだ。
奥さんが来た。
「あらあら、すっかり懐いちゃって」
「カワイイですよねぇ」
「オトシャン」
亜紀ちゃんが俺を見て言った。
「あなたー! 亜紀が喋ったぁー!」
山中が飛んできた。
「オトシャン」
「はーい、亜紀ちゃん、おはよう」
抱きかかえた俺の後ろで、山中が激怒していた。
「おーまーえぇー! 何で亜紀が最初に喋ったのがお前になんだよ! しかも「おとしゃん」って言ってるじゃないかぁー!」
奥さんが笑っていた。
山中が慌てて俺から亜紀ちゃんを受け取る。
「亜紀、僕がおとうさんだよー」
亜紀ちゃんが俺の方へ両手を伸ばし、山中から逃げたがっている。
ぶぶぶぶ。
ヘンな音がした。
「あ、亜紀がウンチしたよ」
「え?」
三人で笑った。
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「えぇー! 私そんなことしたんですか?」
「ああ。俺に「オトシャン」と言い、山中にウンコしたよな」
「もうー!」
柳と笑った。
「それと、そのネコの縫いぐるみ、まだありますよ!」
「そうかよ」
「母が小さい頃は離さなかったって。あれタカさんがくれたんですね!」
「ああ。俺はトラだと思って買ったんだけどな。よく見たら縞のネコだった」
「アハハハ!」
「じゃあ、私はその時からタカさんが大好きだったんですね!」
「そうかもな!」
「いいなー、二人とも」
「御堂に家は遠かったからな。行けばもちろんお前たちがカワイイんだけどな」
「やったぁー!」
「柳もよくウンコしてたよな」
「してませんよ!」
三人で笑った。
「そう言えば柳さん、タカさんってギターが上手いの知ってました?」
「ええ。うちに来るとよく弾いてましたよね。去年も庭で」
「えぇー! 聞きたかったぁー!」
「学生時代に、『禁じられた遊び』の全部の演奏を父と聴き比べたとか」
「ああ、話したな」
「石神さんって、ほんとうに素敵なことをしますよね」
「ロマンティシズムで俺は出来てるからな!」
「「アハハハ!」」
「よし、じゃあちょっと地下で弾いてやるか!」
「「はい!」」
俺たちは梅酒とつまみを持って地下へ移動した。
三人でクスクス笑いながら歩いた。
また朝方まで騒いだ。




