ネコ飼いたい
10月の終わり、入間翁が咲子さんとやってきた。
わざわざ俺の休日に合わせてくれた。
忙しい身だろうに。
「なかなか来れなくてすまなかった」
応接室へ入るなり、入間翁が頭を下げる。
「いえいえ、お忙しいのに、わざわざ来てくださって恐縮です」
亜紀ちゃんと皇紀がお茶を入れている。
先に双子は入間翁と咲子さんに挨拶をした。
お茶が出て、みんながソファに座る。
「みんな元気そうで良かったよ。亜紀ちゃんもちょっと肉付きがよくなったんじゃないか?」
「ええっ! ほんとうですか!!」
亜紀ちゃんはびっくりして言った。
冗談で言ってるんだよ。
「はっはっはっ!」
入間翁は豪快に笑った。
そのまま立ち上がって、亜紀ちゃん、皇紀、瑠璃、玻璃の順に、顔を近づけて目を覗いていく。
何か翁なりの観方があるのだろう。
「うん、みんなとても良い。肉体も精神も非常に満たされている。これは石神さんのお蔭だな」
満足そうにそう言った。
子どもたちは、不思議そうな顔をしている。
俺は学校やここでのことを、できるだけ詳細に入間翁に話した。
翁はうなずきながら、聞いている。
「あのね、こないだタカさんがスゴイことをしたの!」
玻璃がそう言った。
「あら、何かしら?」
咲子さんが、若干不安そうに俺に向いて尋ねた。
「いや、大したことじゃないんですよ。ちょっと長い時間の手術をしただけで」
俺はそう言ったが、瑠璃と玻璃がパーティが開かれただの、俺が胴上げされただの、切れ切れに俺の功績をなんとか分かってもらおうと必死になる。
「何かよく分からんが、子どもたちが君のことを慕って、必死に君を自慢しようとしてるのはよく分かった。瑠璃と玻璃、ありがとうな」
咲子さんも安心したように胸を撫で下ろす。
「ところで今日は話があって来たんじゃよ」
入間翁がそう切り出した。
「ああ、義男の墓の件じゃよ」
墓は俺が準備したけど、何かあったか。
「そう、墓を石神さんが建ててくれたじゃろう。あれは本来我々親戚が用意しなければならんかった。だから改めて礼と、費用をお届けに来たということじゃ」
咲子さんもうなずいている。
「親戚たちから、出来る範囲でお金を集めた。これを受け取って欲しい」
入間翁は懐から封筒を出して言う。
「いえ、私の勝手でやったことですから、どうかお金などは」
すると入間翁は咲子さんと顔を見合わせた。
「はぁ。多分そう言うと思ってたよぅ」
「絶対に受け取らないでしょうってねぇ」
咲子さんも諦め口調でそう言う。
いや、別に絶対受け取らないとかはないですよ。子どもたちの貯金に回しますし。
「それでな、一体全体、この金をどうしようかという相談に来たんじゃ」
「ネコ飼いたい!」
瑠璃が手を挙げて言った。
「「「「「「は?」」」」」」
「ネコちゃんはいい!」
玻璃が手を挙げて言った。
「あの、入間さん。このお話はまた改めて、ということでどうでしょうか」
「そ、そうじゃな。急ぐこともないな」
「そ、そうですよね、そうしましょう」
咲子さんも同意した。
まいったな、その発想はなかった。
子ども恐るべし。
昼食を一緒にと誘うが、入間翁は固辞して帰って行った。
本当に忙しい中で時間を空けて来てくださったらしい。
咲子さんは残ってくれ、一緒にパスタを作った。
入間翁がいれば、また出前でも取ったんだけどな。
でも、揚げナスと大葉、それに白子を多めに入れたパスタは、好評だった。
咲子さんを駅まで送り、家に戻ると亜紀ちゃんから相談があると言われた。
俺の部屋で話を聞く。
「皇紀のことなんですが」
なんだろう。
「前に皇紀が同級生を連れて来たじゃないですか」
ああ。光ちゃんと葵ちゃんか。
「時々、うちで一緒に勉強しているのはお話ししましたが、どうも時々言い争っているようなんです」
内容は亜紀ちゃんもよく分からないということだ。
「亜紀ちゃん、そういうことは、どんどん俺に言ってくれな。気軽に、何でも話すというのが俺の求めるものだからなぁ」
「はい、ありがとうございます。私も心配でもどうしていいのか分からなくて」
「まあ、こういうことはあれこれ気を回すよりも、本人に聞くのが一番いいんだよ。俺が皇紀に聞こう」
早速、亜紀ちゃんに皇紀を呼びに行ってもらった。
ノックされ、皇紀が入ってくる。
「まあ、座れ」
皇紀は硬い表情で、俺の部屋のソファに座る。
「最近、光ちゃんと葵ちゃんを家に連れてきているよな」
「はい」
「それで、亜紀ちゃんが心配しているんだが、言い争っているのがたまに聞こえると。何を揉めているんだ?」
皇紀は俺の方を見て、少しずつ話し出した。
「お父さんって、ステキな人よねぇ」
光ちゃんがそう言い始めたことがきっかけらしい。
葵ちゃんも同意し、それから二人で俺のことをいろいろと皇紀に聞いてくるようになった、と。
あれ?
東大出身で、医者で、大病院で出世して、金持ちで、優しくて、教養が高くて、侠気があって………
皇紀は俺が話したことや、やったことを、聞かれるごとに情熱をもって説明したのだと。
すると、二人は勉強を放り出して、俺に会わせろと言って来た。
それで口論になったらしい。
お前らなぁ。
「ご両親の許可を得れば、会う、と言ってやれ」
しょうもねぇ。
しかし、このことがフラグのように、数日後、俺に試練が訪れた。
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