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星の家族:シャルダンによるΩ点―あるいは親友の子を引き取ったら大事件の連続で、困惑する外科医の愉快な日々ー  作者: 青夜


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「雷鳴の亜紀」

 日曜日。

 亜紀ちゃんは、栞の家に遊びに行っていた。

 大好きな栞とお喋りがしたい。

 その目的の他に、しばらく落ち込んでいた栞を元気付けたいという思いもあった。

 道場でしばらく組み手をし、汗をかいた。

 栞がもう立ち直っていることは、その組み手を介して分かって安心した。


 「亜紀ちゃんはもう夏休みなんでしょ?」

 「はい!」

 二人でリヴィングで紅茶を飲んでいた。


 「栞さん、ちょっと痩せました?」

 亜紀ちゃんが心配そうに聞いた。


 「うん、まあね。あんなことがあったしね。もう大丈夫だけど、しばらくは食欲もなくて」

 「すいません」

 「亜紀ちゃんが謝ることはないよ! 私が悪かったんだからね」

 「でも」

 「むしろ、ほら。亜紀ちゃんには助けてもらったじゃない。感謝してるんだぞ!」

 「はい」

 栞は明るく言った。



 「ほんとにそうなんだからぁ。あの時の亜紀ちゃんはカッコ良かったなぁー!」

 「そうですか?」

 「だってぇ。ピンチだった私たちのために、颯爽と現われてさ。大きな電光をバックに登場した美少女! 一瞬固まっちゃったよ」

 「エヘヘヘ」

 栞は亜紀ちゃんを抱き締めた。


 「ほんとに、助けに来てくれてありがとう」

 「いいえ」


 栞はしばらく、いかに亜紀ちゃんがカッコ良かったかを話す。


 「そんな、もうやめてください」

 「だってぇ」

 「私、タカさんに顔を黒く塗ってもらってましたし」

 「そんなの! それもカッコ良かったよー!」

 二人で笑う。

 


 「でもさ、その後で石神くんが」

 「はい」

 「あれは酷い落ち込みだったよね」

 「はい」

 「ああいう石神くんを見ているのが一番辛かった」

 「はい、私も」


 「私のせいだから、どうすることもできなくて」

 「私だってそうです! 毎日傍にいるのに、見てるしかできなくて」


 栞は亜紀ちゃんに紅茶を注ぎ足した。


 「亜紀ちゃん、なんで石神くんがあそこまで落ち込んだか分かる?」

 「え、はい。それは大切なフェラーリを手放さなければならなかったから」

 「うん、そうなんだけどね」

 「何か他にもあったんですか?」

 亜紀ちゃんは知りたがった。


 「そうだね。うん、これは石神くんには話さないで欲しいかな」

 「はい、絶対に」

 「奈津江が死んだ時のことは聞いてるよね?」

 「はい。別荘である程度のことは」


 「うん。こんな言い方は酷いと思うんだけど、石神くんがあの時死にかけたのは、奈津江の責任じゃないのね」

 「はい、そう思います」

 「全然奈津江は悪くないのに、石神くんだってもちろんそう思ってるのに。でも、奈津江は石神くんのために死んだ」


 「はい」


 「今回のフェラーリはね、奈津江に重なったのよ」

 「どういうことですか!」

 「今回の事件には、フェラーリは何にも関係ないの」

 「あ!」


 「関係ないのに、一番大事な車を手放さざるを得なかった」

 「そうか……」

 「だからあれだけ苦しんだのね。奈津江を喪った時と同じことになっちゃったからなの」

 「……」


 

 「石神くんがフェラーリを買った時には、そりゃあ嬉しそうだったんだ」

 「今のアヴェンタドールのことで、よく分かります」

 「うん。フェラーリの時にもね、私にドライブに行きませんかって。まだ今みたいに親しくしてもらってなかった時だけど」

 「はい」


 「私は石神くんとドライブに行けるのが嬉しいだけだったんだけど」

 「はい」

 「石神くんは、ずっとフェラーリの話しかしないのよ! 私なんてどうでもいいの」

 「アハハハ」

 「ひどいよね! でもね、嬉しかった。私に一生懸命に説明してくれるのがね」

 「分かります」


 「タカさんは、どうしてフェラーリを買ったんですか?」


 「私も詳しくは知らないの。でもね、ちょっと思うんだけど、石神くんって、自分が一番欲しいものは手に入れないのよ」

 「どういうことですか?」

 「これは私の勝手な想像だけど、一番好きだった奈津江を喪ったことに関係してるんじゃないかと思う」

 「一番を喪うのが怖いってことですか」

 栞が頷いた。


 「今のベンツの方を先に買ったのね。でも本当はフェラーリに乗りたかったんだと思う」

 「ああ、それは見てて分かります。いつも一番はフェラーリでしたよね」

 「うん。何かのきっかけはあったんだろうけど、石神くんはついに一番欲しかったフェラーリを買ったのね。だからあれだけ嬉しそうだったんだと思う」

 「はい」

 

 外はすっかり暑い。

 蝉の声が聞こえる。

 二人はしばし、話を止めて外を見ていた。



 

 亜紀ちゃんが再び話を始めた。


 「栞さん。今回は、別にフェラーリを手放さなくても良かったんですよね」

 「そうね。石神くんなら、別な方法もあったはずよ」

 「じゃあ、どうして」

 「それはね。自分が許せなかったんだと思う」

 「どういうことですか?」


 「フェラーリよりも、ずっと大事なもののため」

 「それって」

 「亜紀ちゃんたちよ」

 「そんな」


 「仕方なかったとは言え、亜紀ちゃんを危険な目に遭わせた。犯罪を犯させてしまった。そして双子ちゃんもそう。自分の考えが甘くて、あの二人を暴走させてしまった」

 「……」

 「だから自分を罰するためにフェラーリを。でもそれは同時に、罪もない一番好きなフェラーリを。石神くんにもどうしようもない苦しみだったと思う」


 亜紀ちゃんは泣き出した。



 「亜紀ちゃん、落ち着いて。ああ、お肉でも食べる?」

 亜紀ちゃんは泣きながら笑った。


 「もう、タカさんも栞さんも」

 栞は亜紀ちゃんを抱き締めた。


 「ごめんね。嫌な話をしちゃったよね」

 「そんなこと」


 しばらく泣いて、亜紀ちゃんは落ち着いた。


 「タカさんは傷だらけですよね」

 「そうね」

 「いつだってそうなんです。身体も傷だらけだけど、それ以上にあの誰よりも優しい心が……」

 「そうだよね」

 「いつも私たちのために、傷だらけになってるんです」



 

 「昔からそうなの。亜紀ちゃんも知ってるよね。響子ちゃんの手術は、医者としてダメになるはずだった。銃で撃たれた時だって、避けたら響子ちゃんや六花さんに当たるから、自分が受けたの。やらなくても誰も責めないのに、悲しむ人間がいれば、あの人はやるのよ。自分が幾ら傷ついても」


 「栞さん。私強くなってタカさんを守ります」

 「うん、私もそうよ」

 「悪いけど、皇紀もルーもハーも巻き込みます」

 「アハハ」

 「栞さん、私に「花岡」を教えて下さい」

 「うん、分かってる」


 



 「そういえば、六花さんって「タイガー・レディ」って言ってますよね」

 「そうだね」

 「私もなんかそういうの欲しいな」

 「アハハハ!」

 

 「えぇ、だってカッコいいじゃないですか!」

 「そうなの?」

 「栞さんだって何か」

 「えぇー」


 二人は笑った。


 「そういうのは、いずれ石神くんが付けてくれるんじゃないかな」

 「そうですかー!」

 「「雷鳴の亜紀」とかさ」

 「あ! それ使っていいですか!」

 二人は明るく笑い、話し続けた。







 家に亜紀ちゃんが帰り、石神に「雷鳴の亜紀」を聞いてみた。


 「恥ずかしいからやめとけ」


 「……」

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