鷹、丹沢。
夕食はフレンチにしている。
細かく刻んだ貝類とウニを卵白のムースに絡めたもの。
薄くスライスした蒸しアワビ、キャビア乗せ。
ポタージュ・クレソニエール。
伊勢海老のポワレ、西洋ナシソース。
牛タンのブレゼ、ワサビ醤油ソース。
バナナシャーベット。
本来はコースにするべきだが、そうすると俺が食べられない。
2回に分けて、一編に出した。
各々の皿に盛るので、争いはない。
まあ、子どもたちの盛り付けの量は多いが。
伊勢海老は三本。
牛タンは800グラムだ。
ポタージュは寸胴で、パンも大量にある。
遠目に見れば、フレンチを美味しくいただいている光景に違いない。
多分。
そうであって欲しい。
ぶっ飛ばすぞ。
子どもたちは無言で懸命に食べている。
鷹も満足してくれているようだった。
酒にそれほど強くないという鷹のために、クリュッグのロゼを開けた。
俺は飲まない。
「このシャンパン、美味しいですね!」
「そうだろう? シャンパンが嫌いな人間でも、これだけは飲む、というな」
「へぇー、よく分かります」
「ところで、鷹。ルーとハーは失礼なことをしなかったか?」
「はい。楽しくお話しさせていただきました」
鷹と双子はアイコンタクトで笑った。
まあ、仲良くなったようで良かった。
「こいつらなぁ。前に一江を丸裸にしたんだぞ」
「えぇー!」
「なんだっけ? ちっぱい同盟の入所式だとか言ってな」
「はい?」
「たまたま部屋に入ったら見ちまった。食欲なくしたぜ」
「アハハハハ」
「なんかやられたら俺に言えよな。バツグンの呪文を教えてやる」
「ウフフ、分かりました」
双子は青くなっていた。
亜紀ちゃんがクスクスと笑っていた。
「そういえば皇紀! 最近彼女たちとの進展の報告を聞いてねぇな! 今言え!」
「は、はい! 夏休みに旅行に行こうと誘われてます」
「あんだと? 泊りかよ」
「一泊で、葵ちゃんの家の別荘だそうですが。ご家族と光ちゃんと」
「こいつなぁ、二人の女の子と付き合ってんだよ」
「えぇー! さすが石神先生のお子さんですね」
「いや、よく意味は分からんが。なんでなんだかよくモテる。他の女の子からも声を掛けられたり、ラブレターなんか持ってくるよな」
亜紀ちゃんが笑っている。
「ああ、亜紀ちゃんもモテるらしいんだが、最近あんまり聞かないな」
「はい。彼氏がいるって言ってますから」
全員が俺を見る。
「なんだ、お前らぁ!」
みんなが笑う。
「ルーとハーはまだこれからだよな」
「彼氏がいるからいーです」
「タカさん以上の男はいないからいらないです」
「お前ら、もっと喰えー!」
またみんなが笑った。
夕食を終わり、俺は鷹をドライブに連れ出した。
「楽しい夕食でした」
「そうか。まあ騒がしい部類だけどな」
鷹が微笑む。
「一人で食べていると、ああいう賑やかな食事が嬉しいです」
「そうだな。最初は俺もそう思った」
「今は?」
「ゆったりと喰うと幸せを感じるな」
鷹が声を出して笑った。
「笑うけどなぁ。鷹との夕食はだから有難かったんだぞ」
「そう言っていただけると」
「これからも時々頼むな」
「はい、もちろん」
俺は買い取った丹沢の土地に向かっていた。
「フェラーリ、ちょっとしか乗れませんでした。残念です」
「その話はやめて。まだ胸が痛むんだ」
「あ、ごめんなさい!」
俺は笑った。
「冗談だと言いたいんだけどな。本当だ。俺自身も、あんなにショックを受けるとは手放すまで分からなかったよ」
「でも、このアヴェンタドールが来てくれた。あの悲痛は無駄ではなかったな」
「東京」の景色が終わり、畑と山ばかりになっていく。
「ロマンティックな場所ではないんだけどな。ああ、星は綺麗だよ」
俺は丹沢の土地について話した。
栞の弟の事件以来のことは、鷹にも概略は話している。
今後は鷹も標的にされる可能性があるからだ。
「少しずつ、自衛の力を持って欲しいと考えている。今日は、その紹介って感じだな」
「はい」
1時間もかからずに着く。
ある登山口に車を停めた。
俺は鷹を抱きかかえた。
「歩くと時間がかかるからな」
俺は道を通らずに、林の中を疾走した。
15分で到着する。
「大丈夫か?」
「は、はい。驚きました」
「これも、これから鷹に覚えてもらう技の一つだ」
周辺には街灯はない。
真っ暗だ。
開けた場所に、月明かりが照っている。
俺は適当な岩に鷹を腰かけさせた。
「ここなんですね」
「そうだ」
しばらく、無言でいた。
俺は鷹を座らせたまま、舞う。
足元は暗いが、関係ない。
徐々にスピードを上げ、10メートルも飛んで、地上で突きや蹴りを放つ。
「きれい」
鷹の呟きが聞こえた。
俺はまた鷹を抱えて戻った。
「不思議なデートでした」
「そうだな」
「石神先生が綺麗でした」
「そうかよ」
「忘れません」
「うん」
俺たちは家に戻った。
帰りの車の中で、鷹はほとんど喋らなかった。
俺は、いつの日か、高く飛ぶ鷹の姿を見たような気がした。




