日常、ベルエポック。
すっかり機嫌の良くなった月曜日。
「あの、部長。先週の報告をしてもよろしいでしょうか」
オドオドと、一江が来た。
「おう! よろしくたのむな!」
「へ?」
「なんだよ? あー! 一江って最近なんか綺麗になってねぇか?」
「ヒィ!」
「なあ、大森! 一江って最近ちょっと変わったよな?」
「は、ハイ! であります!」
心なしか、部内がザワついている。
「おい、みんなどうした? なんか調子が悪いのか? 身体は大事にしろよな! 病院へちゃんと行くんだぞ。あ、ここが病院でしたー! アハハハ」
「……」
怯えた一江が報告と、今週の予定を俺に伝える。
「うん、よーく分かった。一江の説明はいつ聞いても無駄がねぇなぁ! 最高の部下だ。俺は幸せモンだな!」
「……」
「あ、みんなのことも大事に思ってるぞ!」
俺はドアを開けて言った。
みんな、半笑いで頷いてくれる。
俺のオペは明日からだ。
今日は時間がある。
響子の部屋へ向かった。
一江が誰かに内線していた。
本当に仕事熱心だよなぁ。
響子はいつも通り、セグウェイに乗っていた。
俺を見つけて寄って来る。
「タカトラー!」
俺は響子を抱き上げ、チュッチュしてやった。
響子が声を出して喜ぶ。
「今日は早いね!」
「そりゃ、響子に会いたいからなぁ」
「六花は?」
「ちょっと看護師長さんと打ち合わせだって」
「そうか。じゃあ迎えに行こうか?」
「ウン!」
俺は響子を抱え、もう一方の手でセグウェイを持った。
「あ、石神先生!」
六花が前から歩いてきた。
「おう! もう打ち合わせは終わったのか?」
「はい。先週の響子の報告です」
「じゃあ、今日は三人で食事に行くか!」
「え、でも」
「オークラには俺が連絡しておく。今日はベルエポックだったよな?」
「はい。鹿肉のロティと南瓜のエスプーマ イベリコ ベジョータのチョリソでした」
「それをベルエポックで食べよう」
「分かりました!」
響子が久しぶりの外での食事に喜ぶ。
俺は響子を着替えさせ、その間に六花も着替えてくる。
六花は普段は当然看護師服だが、通勤でも良い服を着ている。
いつ響子関連で一緒に出るかも分からないためだ。
まあ、それは滅多になくて、ほとんどは俺が食事に連れ出しているだけだが。
ベルエポックは明るいフレンチ・レストランだ。
広い店内に、余裕をもってテーブルが置かれている。
俺と六花は、響子のメニュー以外に数点頼んだ。
響子は、俺と六花を交互に見て、ニコニコしている。
「二人が仲良しで嬉しいな」
俺と六花も、笑って響子の頭を撫でた。
「お前にも心配させて悪かったな」
「ううん」
「おい、六花も英語で謝れ」
「え、えーと、あの、あいむそーりー」
響子と笑った。
「I sincerely apologize.」
響子が言った。
「あ、全然違いました!」
「いや、「I'm sorry.」でもいいんだよ。でもそれは、咄嗟のときとか、ちょっと軽いニュアンスなんだよな。響子が言ったのは、今回のようにちゃんと謝罪する場合の言い回しだ」
「なるほど」
「でも、六花ちゃんも、ちゃんと前進してるな」
料理が届いた。
六花は満面の笑顔で食べる。
こいつは、本当に幸せそうに食べるから、気持ちがいい。
デザートを食べていると、料理長が挨拶に来た。
「いつもご利用いただき、ありがとうございます」
「響子はしょっちゅう食べてる常連だもんな。何か感想を言えよ」
「いつもありがとうございます。毎日、とても美味しいです」
「ありがとうございます」
料理長が何かあれば教えて欲しいと言った。
響子は幾つかのメニューについての希望を出した。
「かしこまりました。次回からのメニューに考慮いたします」
礼を言って料理長が戻った。
「響子はスゴイです」
「何がだよ」
「ちゃんとものおじせずに、ああいう人にも伝えられます」
「お前も食べてばかりじゃなく、ちゃんと考えろよな」
「はい」
「まあ、六花と食事をすると楽しいからいいんだけどな。な、響子」
「うん!」
「ありがとうございます。でも石神先生。この甘いデザートは、響子には多過ぎではないでしょうか」
「そうだな。ちょっと多いな」
俺と六花は、スプーンで響子のチョコレートムースを奪おうとした。
「ダメェー」
響子が笑って防ぐ。
温かな時間が流れた。
病院へ戻り、俺は自分の部屋に戻った。
今日は響子を連れていない。
あまりにベタベタするのは、響子にも良くない。
「部長、おかえりなさい」
「おう、ただいま」
「部長」
「あんだよ」
「今度はランボルギーニを買われたそうで、おめでとうございます」
なんかこいつに言われると嫌だ。
大事なものが汚れるような気がする。
「あ?」
「いえ、おめでとうございます」
「チッ!」
「え、なんで!」
「お前みたいなブサイクにアヴェンタドールのことを言われると、ちょっと頭に来るんだよな」
「なんで、さっき綺麗になったって!」
「ああ、良く見るとダメだな。勘違いだったわ」
「そんなぁー!」
「まあ、今週辺りうちに顔を出せよ。子どもたちも待ってるからな」
「はい! 嬉しいです!」
「でも、ガレージは行くなよ! お前が見るべきものではない」
「……」
一江が自分の席に戻ると、大森が慰めていた。
俺は紙に「冗談だ!」と書いて、窓にくっつける。
一江の顔が明るくなった。
やっぱり、ブサイクだった。




