地獄VS悪魔 Ⅱ
六月中旬の土曜日の夕方。
栞と一江が双子を迎えに来た。
「それでは部長。ルーちゃんとハーちゃんをお借りします」
「おう、宜しくな。まあ、あの二人については、何の心配もしてねぇんだが」
「石神くん、私がちゃんと送るからね!」
「はい、お願いします」
「おい、二人とも! 花岡さんが暴れたらしっかり止めろよ!」
「「はーい!」」
「ちょ、ちょっとぉー! 石神くん、ひどいよ!」
四人は出掛けて行った。
家の前に停めていたタクシーに乗り込む。
一江が助手席に座ったようだ。
これから一江のマンションに向かう。
大森が既にたこ焼きの支度をしているそうだ。
「じゃあ、俺たちも出掛けようか!」
「「はーい!」」
今日は新宿の焼き肉屋へ行く。
こないだ亜紀ちゃんとは行ったが、結構落ち着いて食べられた。
今日も双子がいないので、この機会にと思った。
「皇紀、今日は安心安全快適に食べられるぞ!」
「ほんとうに、こんな日が来るなんて」
涙目になっている。
男なんだから泣くな、と言った。
三人で青梅街道まで歩き、タクシーを拾った。
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「では、第九回「石神くんスキスキ乙女会議」:小悪魔が魔王を止めるよ! を開催します」
「なんか、タイトル気に入らない」
「はい、そこは深く反省の上で黙って! 今日はたこ焼きパーティです。ルーちゃん、ハーちゃん、一杯食べてね!」
「「はーい!」」
タコは既に、大森によって切り分けられている。
大変な量だ。
朝から頑張った。
六花は、いつも通り何もしていない。
そういうものなのだ、とみんないつしか納得していた。
大森がでかいタコ焼き器に油を敷き、慣れた手つきで液を流し込む。
素早い動作で、次々とたこ焼きを作って行った。
最初の10個は、当然のように双子に渡す。
「熱いから気を付けてね!」
一江が注意した。
双子はフーフーと冷ましながら、口に入れる。
「アフイけどオイヒー!」
みんなで笑った。
「あ、おいしーよ!」
「大阪で食べたのとオナヒヘフ!」
「大森! やるじゃん!」
「エヘヘ!」
大森も作りながら、一個食べ、満足そうに笑った。
「あたしさ! 今度双子ちゃんと皇紀くんとで、量子コンピューターを作ることになったの!」
一江が宣言した。
双子は、ニコニコしている。
「こないだ部長のお宅に伺って、そういう約束をしたんだ。部長も許可してくれた」
「そーなんだ。じゃあ、時々休みの日に行くの?」
「うん。まあ、三人は勉強もあるから、時々になるけどね」
「へぇー」
栞は何となく面白くない。
あの家に自由に出入りするのは、自分の特権だと思っていた。
「あ、栞もしかして妬いてるの? 大丈夫だよ。子どもたちと会うだけだから」
「何言ってんの。陽子を妬くわけないじゃない」
「あ! 六花、何飲んでんだよ!」
六花はいつのまにかハイネケンを飲んでいる。
恐らく、以前の飲み会で冷蔵庫に残っているものを見つけたのだろう。
一江も大森も、あまりビールは飲まない。
「すいません。たこ焼きだけだと、どうしても口の中が」
「今日はお酒抜きだって言っただろう!」
「まあまあ、大森。六花の言うこともわかるよ。結構食べたからなぁ」
双子は50個くらいずつ。
他の四人も、30個は食べていた。
さすがに飽きてくる。
ちょっとだけ飲もうか、ということになった。
栞にもしものことがあっても、双子の抑止力がある。
一江も大森もどこか、安心していた。
六花は、何も考えていない。
石神も響子もいない環境では、考えるべきものがない。
双子が100個を超えた。
予想はしていたが、大食いだ。
「ねえ、一江さん」
「なーに?」
「たこ焼き以外にないの?」
「飽きちゃった」
子どもは酒を楽しめない。
「一江、ピザでもとろうか?」
「そうだねぇ。ルーちゃん、ハーちゃん、ピザでいい?」
「お肉が食べたいな」
ルーが言った。
「亜紀ちゃんも皇紀ちゃんも、今頃お肉食べてるんだろうなー」
ハーが言う。
「こら、二人とも無理言わないの! 今日はたこ焼きパーティでしょ?」
栞が二人との距離が近い関係だと思い、二人のワガママを諫める。
「えー! ソレ、なんかおかしくない?」
ルーが反発した。
栞は一瞬たじろぐ。
双子が自分に反発するとは思ってもいなかった。
謝られて、すぐに終わると思っていた。
「まあまあ。実はお肉があるんだ! 部長から「双子ちゃんが欲しがるだろうから」って、ブロックでいただいてるの」
「そうか、さすが部長だな!」
一江と大森が、険悪になりかけた空気を戻そうとした。
「まあ、そういうことなら」
栞がホッとした声で言った。
六花は、空気を気にすることなく、無心にたこ焼きをビールで流し込み、幸せそうな顔をしていた。
「ほら、栞。私たちだってちょっとお酒飲んじゃってるじゃない。双子ちゃんがワガママ言ったって、何も言えないでしょ?」
「うん。ごめんね、二人とも」
「いーよー」
「気にしてないよー」
大森は一江とキッチンに行き、2キロの肉を受け取った。
「いい肉だなぁ! じゃあ、二人ともステーキでいいか?」
「ステーキすてき! ステーキすてき!」
双子は上機嫌で歌った。
予想外のことが起きた。
500グラムずつ、二回に分けてステーキを焼いて出した。
「おかわりー!」
「今度は宮のタレがいいな!」
無い。
肉もタレも。
一江は石神に言われていたことを思い出していた。
「いいか、これは双子がどうしても我慢できない場合にだけ出せ。くれぐれも最後の最後だぞ?」
「分かりました」
「序盤はもちろん、まだ食材が残っている間は絶対に出すな! 悪魔が出るぞ」
「分かりました。気を付けます。お気遣い、すいませんです」
(部長、「最後」って、いつよー!)
「あのね、ごめんね。今のでおしまいなんだ」
「「エェー!」」
大森が困った顔で言うと、双子がショックを受けた。
「コラ! いい加減にしなさい。あなたたち二人で全部食べちゃったじゃないの! 私たちは一切れも食べてない!」
栞がまた言った。
「そんなこと言ったってぇー」
「ワガママ言わない!」
栞は二人の頭を小突いた。
一瞬で空気が変わった。
「ハー、これはオッパイ王降臨だよね」
「ルー、その通りだね。オッパイもぎ放題だね」
双子が恐ろしい顔をして言った。
栞の顔も変わる。
「ちょ、ちょっとぉー! 三人ともやめて! 落ち着いて!」
一江が叫ぶ。
「そうだそうだ! 仲良く食べようよ!」
大森も立ち上がった双子をなだめようとする。
「あ、これからあたしが肉を買ってくるから! すぐ戻るよ!」
一江が財布を掴んでそう言った。
六花は、たこ焼きを口に詰め込んで目を丸くしている。
「お肉なら、そこにあるじゃん」
「二人分あるじゃん」
双子は栞の胸を掴んだ。
「これに触っていいのは一人だけぇ!」
双子が吹っ飛ぶ。
「ま、魔王降臨!」
「ヤバイぞ、一江!」
栞は一升瓶を飲み干した。
「ルー、絶花は使った?」
「とっく、とっく!」
双子は栞の両側から鋭いハイキックを放つ。
栞は両手で受け止め、物凄い音がした。
衝撃波が部屋にいた全員に伝わる。
「表でやってー!」
三人は一江を一瞬見て、同時に窓から飛び出す。
針金の通った窓ガラスが、サッシごと粉砕し、三人は地上へダイブした。
一江と大森がとっさにベランダに出た。
地上の三人は、もちろん何ともない。
三つの影がぶつかり合いながら、移動していった。
「部長に電話……」
「した方がいいよな、やっぱ」
《全PCおよび白バイに通達! 現在、国道246にて暴走車両が青山から二子玉川方面へ移動中! 周辺の車両を破壊しながら移動中!》
《通達訂正! 暴走車両ではなく、半裸の女性と小柄な二名の計三名の模様! 銃火器を使用していると思われる。厳重注意の上で追跡せよ!》
双子の猛攻で栞の服は所々破れ、ほとんど下着姿になっていた。
双子も上半身は裸に近い。
三人とも、静電気のせいか、髪が逆立っている。
険しい形相は人間のものではない。
熱なのか何のエネルギーなのか、三人の姿は歪んでいるようによく見えない。
そもそも、すごい速さでぶつかり合っている。
「やはり本家は強い!」
「うん、ここまでやるとは!」
双子は攻撃のたびに跳ね返され、時々、周囲の車にぶつかる。
大破した車は今のところない。
重傷者も死者もいない。
誰もが車を止め、恐怖で蹲っていた。
「あの二人はやっぱり強い! 押されるのも時間の問題!」
栞も次第に技が解析されていっているのを感じていた。
徐々に、ダメージが与えられなくなっている。
栞は結構な頻度で電光を放っていた。
その直後に周辺の車はエンジンが止まった。
電子機器が破壊されていたのだ。
現在、三軒茶屋を過ぎた辺り。
数台の警察車両が、数百メートル先で止まってている。
栞の電光のせいだ。
しかし、双子の攻撃はやまない。
(これは、そろそろマズイ!)
栞は事態収拾がおぼつかずに混乱していた。
警察はまだまだ集まって来るだろう。
後ろから高速で何かが近づいてきた。
時々、巨大な電光が光っている。
後ろの警察車両をあっという間に追い越し、自分たちに迫って来る。
あんなことができるのは、一人しかいない。
「「「亜紀ちゃん!!!」」」
顔を黒く塗った金髪の女は振り返り、拳を振るった。
路面が200メートルにわたって粉砕され、爆炎と激しい土ぼこりが舞い、辺りを覆う。
プラズマが迸り、周辺400メートルの電子機器を破壊した。
亜紀ちゃんは駒沢大学周辺の入り組んだ道に三人を連れ出し、脱出した。
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石神の家の応接室。
一江、大森、栞、六花、ルー、ハーが正座している。
石神は日本刀を手に立っている。
斬からせしめた「虎徹」だった。
「お前ら、死ぬ覚悟はいいな?」
「「「「「ヒィッ!!!!!」」」」」
死にはしなかったが………………。




