ロックハート夫妻、来日。 Ⅱ
金曜日の夜。
いつもの映画鑑賞の後で、亜紀ちゃんと明日の打ち合わせをした。
「いよいよですね」
「ああ。緊張してるか?」
「それはもう!」
俺は笑った。
「別に、響子の親が遊びに来るだけだぞ」
「だって、世界一のお金持ちなんでしょう?」
「それはそうだけど、いつも通りでいいんだよ」
「でも」
「こんなことでビビるな。亜紀ちゃんは俺を守ってくれるんだろ?」
「そうでした!」
亜紀ちゃんが笑顔になる。
「なんでもしますよー!」
「じゃあなぁ……」
俺は亜紀ちゃんたちにやってもらいたいことを話した。
「分かりました! 他の三人にも言っておきます」
「頼むぞ」
「なんにしても、明日は肉がたらふく喰えるぞ」
「楽しみですねぇ!」
「最高級の肉を40キロだからなぁ。ステーキもたくさん頼んだから。ステーキすてき、だぁ!」」
「アハハハ」
「ワハハハ」
俺たちは「ステーキすてき!」と繰り返した。
土曜日。
俺たちは準備を整え、到着を待っていた。
先に、六花が響子を連れてくる。
「今日は楽しみだなぁ!」
「そうだね!」
響子は昼食後の睡眠もとり、4時に来た。
ロックハート夫妻は、5時の到着予定だ。
既に、俺の家の周りにはSPの人間が何人も待機している。
到着の瞬間が最も危険なためだ。
おそらく、ロックハート夫妻が帰るまで、何人かは残って警戒するのだろう。
子どもたちが響子を囲み、楽しそうに話している。
十分前に、俺は門を開いて待っていた。
嫌な気配はない。
本当は響子と一緒に迎えたいが、響子の体調を思い中で待たせた。
一応、警戒の意味もある。
5時丁度に、リムジンが停まった。
「ようこそ、ミスター・ロックハート、ミス・ロックハート」
俺たちは握手を交わし、素早く家に入る。
その間だけは、数人のSPが囲んだ。
家の中には入って来ない。
玄関で靴を脱いでもらう。
静江さんが説明していたのか、アルジャーノンに戸惑いはない。
俺が出したスリッパを履いて上がった。
「なかなかいい家じゃないか」
「ありがとうございます」
「石神さん、今日はワガママを言いました」
「いえ、久しぶりの日本です。寛いでください」
静江さんは軽く会釈をした。
歩きながら、俺の家を見て行く。
俺はエレベーターに乗せ、二階へ案内した。
「着いて早々で申し訳ないんですが、ちょっと階段を案内します」
俺は西日の差してきた階段に二人を案内し、美しい七色の帯を見せた。
「まあ!」
静江さんが喜んでくれた。
アルジャーノンも目を開いて見てくれる。
「小さな家ですが、お宅にもこういうのは無いでしょう?」
二人は笑っていた。
リヴィングへ案内した。
「「「「いらっしゃいませー!」」」」
日本語で子どもたちが挨拶する。
静江さんのためだ。
二人も笑顔で挨拶してくれた。
響子が駆けてくる。
「キョーコ!」
「響子、走れるの!」
二人が抱きしめる。
俺はソファに案内し、しばらく三人で話させた。
「タカトラ! キョーコがこんなに元気だ!」
アルジャーノンが嬉しそうにそう言った。
「響子が頑張ってますからね」
「石神さん、本当にありがとう」
静江さんが目を潤ませている。
「ああ、響子の専任看護師を紹介します」
「一色六花です。響子さんの看護をさせていただいています」
日本語だった。
静江さんは訳さない。
「ありがとう。あなたに会いたかった」
アルジャーノンが日本語でそう言った。
「え!」
六花が驚いている。
俺も驚いた。
「日本語を勉強したよ。ちょっとまだ足りないけど、でも会話は大体大丈夫だよ」
静江さんは横でニコニコしている。
「よかったぁー!」
六花が一番喜んだ。
「今日はすき焼きだよ!」
ハーがでかい声で言った。
「知ってる、美味しいすき焼き!」
アルジャーノンが乗ってくれた。
俺は六花に合図する。
「Flowers for Algernon.」
アルジャーノンは喜び、笑顔で六花に礼を言い、英語で物凄い勢いで六花の美しさを褒め称えた。
こういう女性の扱いは、欧米人は物凄く上手い。
ただし、英語アレルギー気味の六花には、逆効果だった。
「い、石神せんせー!」
俺は笑って、六花が英語が苦手で、響子が英語を使うと怒るのだと説明した。
でも、今は響子のために、一生懸命に英語のレッスンを受けているのだと。
「そうですか。ミス・イッシキの話はアビゲイルからいろいろ聞いてます。本当に響子のために尽くして下さっているのだと」
今度は日本語で言う。
六花は赤くなっている。
俺は花束をアルジャーノンから受け取り、手早く花瓶に活けた。
花瓶は十三代柿右衛門の、白磁に花を描いたものだ。
太い桜の枝を横に伸ばし、竜胆を中心に他の花を拡げる。
二人に見せた。
「Oh!」
「素晴らしいわ」
「我流なんですけどね。静江さんがなされば、もっと美しいんでしょうが」
「いつもジョークでもらうけど、こんな美しい Flowers は初めてだ!」
「All she thought.」
「ありがとう!」
アルジャーノンが六花を抱き締めた。
六花はわけも分からず、驚いている。
「いや、石神先生! なんですか!
みんなで笑った。
また響子と一緒にソファへ座らせ、お茶を出した。
アルジャーノンはどうか分からないが、静江さんのためだ。
俺たちは食事の準備を始める。
既に下ごしらえは済んでいるので、それほどの作業はない。
「あの、石神先生、私は」
六花の立ち位置をすっかり忘れていた。
「取り敢えず、石神先生のオチン」
「こっちへ来い!」
呼んで頭にチョップを入れる。
俺は部屋からDVDを持って来て、六花にこれを見せるように言った。
「いやらしいものじゃないでしょうね」
尻を蹴って早く行けと言った。
ソファで嬉しそうな笑い声がした。
響子がセグウェイに乗っている姿を撮影したものだった。
静江さんが振り返り、俺に頭を下げた。




