一江、受難。 は、ほとんど無かった。
翌朝、俺は双子に起こされた。
先週以来、眠りが浅かった気がするが、今日は爽快に目覚めた。
一江たちに相談し、不安が軽減したのだろう。
俺は双子を抱き寄せ、ほっぺにチューをしてやる。
「きゃー」と言って喜ぶ。
「おい、お客さんも起こしてやれ」
「「はーい!」」
二人は笑いながら出て行った。
俺も洗面所に向かう。
皇紀の部屋のドアには「ノックをしろ」とプレートが貼ってある。
伊東屋で作った。
下には小さく「お互い、気まずい思いをしないように」と書いてある。
これで大丈夫だろう。
皇紀は嫌がった。
シャイだな。
パジャマのまま下に降りる。
「「おはよーございます!」」
亜紀ちゃんと皇紀が朝食の準備をしていた。
俺に亜紀ちゃんがコーヒーを淹れてくれる。
しばらくして、一江たちが降りてきた。
「部長、おはようございます」
「おはようございます」
「おう、おはよう! 良く眠れたか?」
「はい! 本当にいいベッドで快適です!」
大森がツヤツヤした顔で言う。
「部長のパジャマって新鮮ですね」
一江が言った。
「休みだからなぁ。俺と夫婦になったみたいでいいだろ?」
「やめてください!」
子どもたちが笑っている。
朝食を食べ終えると、子どもたちは勉強を始める。
俺は一江たちと地下へ行った。
「適当に座ってくれ」
俺はサーバーで持ってきたコーヒーを二人に渡した。
「今日はゆっくりしていってくれ」
「はい」
「午後には子どもたちも自由だから。一江、お前量子コンピュータが見たいって言ってたよな?」
「はいはい! 見せてもらえるんですか?」
「ああ。皇紀たちには話してあるから。まあ子どもがやってることだ。あんまり期待するな」
「いえ! 楽しみです」
「大森は興味ねぇかもしれないが、付き合ってやってくれ」
「いえ、そんな! 拝見します」
俺たちはしばらくのんびりした。
「部長」
大森が言った。
「昨日ちょっと思ったんですが、アレを「アレ」と言うのはどうかと」
「なるほど」
「仮に名称を付けませんか? 機密保持にもいいのではないかと思いまして」
「いいな! 早速考えるか」
俺たちは案を出し合った。
「日常会話に溶け込むのがいいんじゃないでしょうか」
「そうだなぁ」
「いや、いっそカッコイイのがいいよ!」
「そうだなぁ」
いろいろ出た。
「花子」(業界用語だ!)
「一郎」(本物の一郎が来たらどうする!)
「G1」(まあ、可もなく不可もなく)
「C1」(俺の持ってるコンコルドの時計の名前だぁ!)
「一番」(単純過ぎだろう、日常会話で頻発するぞ?)
「タマ」(知ってる奴がいる)
「花岡殺し一号」(バカなのか、お前?)
「コシノ三姉妹」(一人足りねぇだろう!)
「じゃあ、部長も出してくださいよ!」
一江がキレた。
「α、β、γ、そして50センチがΩだ」
「え!」
≪私はアルファでありオメガである≫
「聖書の言葉だな」
「ちょっとコワイですね」
「お前、あれが怖くねぇのかよ」
「いえ、そんなことは。そうですね、それで行きましょう!」
昼食後、一江は皇紀と双子に量子コンピュータを見せてもらった。
もちろん、まだまだ完成は覚束ない。
今は俺の提案でミーンシフトの組み込みをやらせていた。
「随分コンパクトなのね」
「今はトラップド・イオンでやろうとしてるんです」
「なるほど。じゃあトラップは……」
一江は、相当好きらしい。
子どもたちと専門的な話を始めて、夢中になっている。
俺は入り口で腕を組んで微笑んでいる大森を誘った。
キッチンでお茶を煎れる。
「お前、ちょっと「花岡」をやってみないか?」
「え、私がですか?」
「ああ、一江はヘッポコだが、お前なら覚えられると思うぞ」
「でも、私なんて」
「お前! 俺のために何でもやるんじゃねぇのかぁ!」
「す、すません!」
俺はニコニコしている。
「冗談だって。別に強制はしねぇけど、お前、一江を守りたいんだろ?」
「え」
「聞いたぞ。花見でヤクザに襲われた時に、お前がずっと一江の後ろを走ってたって」
「あれは、自分が荷物を抱えてて遅かっただけで」
「ウソつけ! 途中で一江を担いでたって六花に聞いてる」
「……」
「守るにはなぁ、力が必要なんだぞ」
「はい!」
「一江は鶏ガラみてぇな貧相な身体で、どうしたって暴力はねぇ。今後何があるか分からないんだからな。お前が強くなっておいて悪いことはないと俺は思うぞ」
「はい!」
「一江を宜しく頼む。まあ、今後お前にもいろいろ働いてもらうかもしれんけどな」
「部長、あたしは……」
大森は泣いていた。
大森の肩を叩いてやる。
「あいつは貧相でブサイクで、でも頭の回転はいい」
「そりゃちょっと酷いんじゃ」
俺たちは笑った。
俺は大森の弟のことを聞いた。
大森は、それはもう嬉しそうに話し出した。




