一江、受難。 Ⅲ
俺はテーブルに二人を座らせた。
二人とも俯いている。
薩摩焼酎の一升瓶をテーブルに出し、ポットを隣に置く。
梅干しを皿に乗せ、塩気の強いチーズと漬物を切った。
二人にお湯割りを作ってやり、前に置いた。
「どうだったよ」
「驚きました、としか言えません」
「あれはもちろん、本物ですよね」
俺は皇紀と双子がやったことを話した。
死骸になったヤツは、俺がクザン・オダのナイフでやっと仕留めたことを伝える。
「アレがあと三匹いたんだ」
「「!」」
「それに、さっきの拳銃ではないがマグナム弾をぶち込んだがダメだった」
「それって」
「今日はもっと強力な拳銃を使ったが、やはりダメだったな」
「……」
「重要なことはな、「花岡」の技が効かなかったんだ」
「「エッ!」」
二人は黙っている。
アレの凄まじさが分かったようだ。
「じゃあ、どうやっても殺せないということですか?」
ようやく一江が聞いた。
「分からん。もっと強力なライフル弾、または特殊な弾丸を使えば、な。それは今後の研究だ。また高温や放射線や毒物、何かしら欠点はあるだろう」
「でも、それってほぼ駆逐は不可能ということでは」
「そうだな。日本では銃器すら持てないからなぁ。ナイフだって、普通の人間が扱っても無駄だろう」
「あ、殺虫剤は!」
大森が言った。
「それがな。なんというか双子が耐性をバリバリに上げてるんだよ。およそ今開発されている殺虫剤は効かねぇ」
「なんと」
「今のところ、低温で無力化しているけどな。普通はそれで死ぬわけだけど、生きてるんだよ」
「ここには三匹いるんですか?」
一江が確認した。
「いや、一匹は斬のじじぃに送った。もしかしたら「花岡」の技でやるかもしれねぇと思ってな。でも、結局戦場刀で両断したようだ。二本使ってな。一本は折れたらしい」
「恐ろしいものが」
「まったくなぁ。ああ、一匹は今日見せたものよりも大きい。五十センチはある」
「ひぃ!」
大森が悲鳴を上げた。
「一緒にバケツにいた他の無数のゴキブリは「花岡」の技で消し飛んだ。あいつらは底の方にいて、花壇の土に多くふれていた四匹だ。だから、一番でかい奴がどれほどのものか、俺も考えたくねぇな」
「そんな!」
「部長はこれから、アレをどうするおつもりで?」
「はっきり言って分からん。取り敢えず、三十センチのものをどう殺せるのかは試してみるけどな。そこから先はまだ分からん」
一江と大森は、コップの酒を一気に飲み干した。
俺も飲み干す。
一江が三人の焼酎を作った。
「気にかかっているのは、アレが「花岡」の技を無効にすることだ。それはこれから必要になるかもしれん。どうすればいいのかは、まだ分からんけどな」
「花壇の土が鍵ですね」
一江が言った。
「そうだな。元を辿れば院長の力だ」
一江も大森も、ある程度は院長の不思議な力を知っている。
俺が宇留間に撃たれた時のオペに立ち会っているからだ。
俺の片肺は無残に千切れていた。
それを蓼科文学が元に戻すのを、自分の目で見ているのだ。
俺が後から説明した。
「これからは、俺一人の力では無理だ。だからお前たちを巻き込んだ。本当にすまん」
俺は頭を下げた。
一江と大森は笑っていた。
「何言ってんですか、部長。部長はとっくに私らの最愛の上司じゃないですか!」
「弟を助けて下さった時に言いましたよね! 私は石神高虎のためになんでもしますって」
「お前ら、本当にバカだな」
俺は泣いてしまった。
「あ、部長が泣いたのって初めてですよ!」
「一江! 写真撮れ!」
泣きながら笑った。
ピースをしてやる。
「ところで部長、あの拳銃は」
「ああ、あれはデザートイーグルと言ってなぁ。44マグナム弾ってあるじゃない。それを超える50口径の最強の弾なんだよ。エネルギーはライフル弾に比肩する。なにしろ、カッチョイイだろ?」
「あのですね。そんなことはどうでもいいんです。あんな拳銃をどこで手に入れたんですか!」
一江が呆れて言う。
「それはな、大人の事情というかな」
「あんなの、法律に触れるどこじゃないですよ! ヤクザの事務所じゃあるまいし」
「いや、ヤクザなんてもっと安いチャチな」
「だからぁ! そんな問題じゃないって言ってるじゃないですかぁ!」
「すみません」
「さぁ! テキパキ吐け! この暴力団人間!」
「おい、一江」
「おーい、いちえーよー!」
「す、すいませんでした!」
俺は一江の顔面にアイアンクロウをかます。
「イタイイタイイタイ!」
「調子にのんなよ! このブサイクがぁ!」
「部長、その辺で」
「うるせぇ! お前も喰らうかぁ?」
「……」
俺たちは夜更けまで話し合った。
一江は時々、暗い雰囲気を払うために、俺に体当たりの冗談を飛ばした。
お陰でいい話し合いができた。
俺たちの絆は強い。
何が来ても安心だ。
一緒に死ぬことが出来る連中だ。
笑って死のうじゃねぇか!




