一江、受難。
月曜日。
一江からの報告を聞き、俺は院長室へ向かった。
「石神、入ります!」
院長はソファに座っていた。
「おう、座れ」
俺は院長の向かいに腰かけた。
「今朝、ロックハート参事官から連絡が来た。近々、来日するそうだ」
「私にも知らせてきました。具体的な日時はまだですが」
「そうか」
中東での石油をめぐる紛争も沈静化し、アメリカ国内のテロ組織もほぼ壊滅していた。
「お前に中心になってもらって、響子ちゃんと両親を会わせることになると思う。この病院内ではないだろうがな」
「はい」
「俺もできるだけ協力するが、頼んだぞ」
「はい」
「ところで、ルーちゃんとハーちゃんは元気か?」
「はい。やんちゃに遊んでますよ(フェラーリ破壊しましたよ)」
「そうか! また今度うちへ遊びにこさせてくれ。女房も待ってる」
「分かりました」
「院長のジャガーには、イモビライザーは付いてますか?」
「いも? いや、よく分らんな。運転手に聞いてくれ」
「そうですか」
「?」
俺は部屋に戻って、一江に昼食を一緒に取るぞと言った。
オークラの「山里」で個室を頼んだ。
「悪いな、付き合ってもらって」
「いえ、ご馳走様です」
「誰もおごるなんて言ってねぇが」
「え?」
「お前も社会人なんだから、自分の喰い分は自分で払え」
「……」
「冗談だ」
「……」
「それで近いうちにだな……お前、むくれてると殴るぞ?」
「すいませんでしたぁ!」
「それで、近くにロックハート夫妻が来日するそうだ」
「えっ!」
「表の理由は別にこさえるだろけどな。本当の目的は、もちろん響子だ」
「それは、普通に会いに来るだけなんでしょうか?」
「そうだろうが、俺にもはっきりとは分からん。しばらく前に、アビゲイルから伝えられてはいたけどな」
「いつ頃ですか?」
「二月に入ってくらいだったかな。響子のセグウェイを買うあたりだ」
「そうですか」
「何をする、ということでもないんだが、一応お前に協力してもらうこともあるかもしれん。宜しく頼む」
「分かりました」
俺たちは食事を楽しんだ。
「山里」は和食の店だ。
上品な懐石が楽しめる。
「ここ、久しぶりです」
「お前、普段はどこで食べてるんだ?」
「大体病院の食堂ですね。栞と待ち合わせ(待ち伏せ)てですかね」
「花見以来、地獄宴会はやってねぇのか?」
「やめてくださいよー! まあ、そろそろやりたいんですけど」
「問題の中核は花岡さんだよなぁ」
「後半は、大体そうですよね」
「綺麗な顔して、心も綺麗なくせして、やることはヤクザ以上だもんなぁ」
「だから予測がつかないんですよ」
「いつも物理的なぶち壊しで終わるって、あ! そうだ、お前に言い忘れてた」
「なんですか?」
俺は日曜日の双子の事件を一江に話す。
「リャドの絵といい、双子ちゃんは命知らずですねぇ」
「スパイダーだったら、俺も思わず殺っちまったかもしれん」
「やめてください!」
一江が叫んだ。
「冗談だ。でもあいつらの破壊力って冗談じゃねぇからなぁ」
「ところで、そのフェラーリはまだあるんですか?」
「ああ、土曜日に業者に引き取ってもらうことになってるけどな。ガラは残ってるから、レッカーで牽引だ」
俺はフェラーリの死骸の哀れさを思って目が潤んだ。
「私、見に行ってもいいですか?」
一江がニコニコしている。
「なんであんなもの見たいんだよ」
「だって、面白いじゃないですかぁ」
「お前、段々嫌な性格になったな」
「私が最も尊敬する方が、こういう性格で」
俺は苦笑した。
「わかったよ。じゃあ業者は朝早くに来るから、金曜日にうちに泊まれよ」
「いいんですか!」
「お前には結構助けられてるからな。たまには家で歓待させてくれ」
「ありがとうございます!」
一江は嬉しそうだった。
俺もお前に見てもらいたいものがあるんだよ。
お前の尊敬する方と似た性格なんだよ。
「そういえばよ、こういうレストランって、どんなに頑張ってもゴキブリは出るらしいよな」
「やめてくださいよ、食事中に」
「なんだ、お前、ゴキブリは苦手か?」
「あんなの、苦手じゃない女の子はいませんよ!」
「あんだって?」
「すいません。苦手じゃない人類はいません」
「随分枠を拡げたな」
一江は俺を睨みながら、エビのウニ巻き焼きを頬張った。
「ああ、そうだ。大森も誘ってくれよ。あいつにも世話になってるからな」
「今日の部長っておかしいですよ?」
「そうか?」
「ニセモノ?」
「おいおい」
俺が優しい人間だとでも思ってるのか、一江?




