ウナギを食べよう!
日曜日。
俺は顕さんと響子に顔を出しがてら、六花とバイクで走ることにした。
響子の部屋に先に顔を出す。
「あ、またバイクね!」
「そうだよ。響子とセグウェイで走ってからな」
「風になろうぜ!」
六花が、前に失敗した俺のセリフをニヤニヤして言う。
響子がポカンと見ている。
「カッチョ悪い奴は放っておこう」
「え、これは石神先生の!」
「響子、よく覚えておけよ。カッチョいいことを言ったつもりで、滑ると悲惨なんだぞ」
「うん、覚えた」
「そんなぁー」
俺たちはいつものように屋上で遊んだ。
「響子は速いなぁ!」
響子はニコニコして俺を見た。
「今日の昼はなんだっけ?」
「はい、ウニのリゾットです」
六花は、即座に答えた。
こいつは響子のことに関しては、多大な信頼が置ける。
「じゃあ、俺が食べさせてやろうか!」
響子が嬉しそうに笑った。
響子のリゾットは熱々のままで届くが、少し覚ましてから食べさせる。
感覚がまだ復調していないので、口内を火傷するためだ。
響子は俺がすくったスプーンのリゾットを、モグモグと食べる。
休みの日に俺と六花がいるので、嬉しそうだ。
俺たち二人をしょっちゅう見ながら食べる。
嬉しい現実を確認している。
「顕さんの見舞いに行くんだ。響子も来るか?」
「うん!」
食べ終わって歯を磨いた響子を誘った。
「顕さん、こんにちは」
「お! なんだ、その恰好は」
ライダースーツの俺と六花を見て言う。
「六花とはよく走ってるんですよ。今日も二人でバイクで流そうかと」
「そうかぁ。楽しそうだなぁ」
「楽しいですよ。今度後ろに乗ってください」
「ああ、石神くんは、次々と俺に楽しいことを教えてくれるな」
「そんな」
響子は顕さんのベッドで寝そべっている。
幸せの空気を吸って、喜んでいる。
「響子ちゃんは?」
「響子は長距離はまだ無理なので、ここにいますよ」
「いつか、三人でツーリングするのが、私たちの夢なんです」
六花が言った。
「なるほど! いいね」
響子がニコニコしていた。
「セグウェイを買ったのも、石神先生がその夢のために一歩進めたんですよ」
「そうだったか」
俺たちはしばし楽しく話し、響子が眠そうになったので連れて行く。
「じゃあ、行ってきます。また明日」
「ああ、来てくれてありがとう。響子ちゃんもまたね」
「バイバイ、顕さん」
響子は甘えて抱きかかえた俺の顔をペロペロと舐めた。
「今日はどこに行きましょうか?」
「そうだなぁ。いつもとは違った所に行きたいなぁ」
駐車場で六花と相談していた。
「いつも、麻布のあの店ですもんねぇ」
「そうだよな。ハンバーガーもいいんだけど、たまには違うものを」
「うーん」
「何か食べたいものはないか?」
「そうですねぇ。ウナギとか最近食べてませんね」
「お、いいな! じゃあ浜松に行くか!」
「えぇ! 遠くないですか?」
「大丈夫だよ。俺もお前も慣れてきたからな」
「じゃあ、行きますか!」
俺は浜松のウナギ屋に電話した。
ご主人が喜んでくれた。
「じゃあ、日本橋の三越に寄って土産を買おう」
「分かりました!」
俺たちは虎屋の羊羹を買い、東名を疾走した。
バイクは速い。
二時間ほどで到着した。
俺と六花のライダースーツを見て、奥さんが驚いた。
「急にウナギが食べたくて来ちゃいました」
「それは、もう!」
以前と同じ座敷に通される。
今日は、二人前を頼んでいた。
「楽しみですね!」
六花が嬉しそうに笑って言う。
「六花、英語のレッスンはどうだよ?」
「え、折角楽しいことの前なのに」
ゴールデンウィーク明けから、六花の英会話レッスンが始まった。
週に一度で、時間は午前中だ。
就業時間内でやっている。
土日は響子の病室に顔を出すことも多く、時間を削るわけにはいかなかった。
サービス残業を当然のようにする奴だ。
できるだけ休ませたい。
響子の専属ということもあり、英会話の必要性は院長にも通った。
病院の費用でレッスンが賄われる。
響子との会話は問題ないが、響子関連での英語圏の人間とは、話せた方がいい。
アビゲイルが、いい女性の先生を紹介してくれた。
「まあ、最初ですから、そんなに難しいことは」
「取り敢えず、苦手意識からな。外人だって同じ人間だ。何も怖がる必要はねぇんだぞ」
「はい」
俺は関口存男の話をした。
「英語じゃなくて、ドイツ語の学者なんだけどな。もう日本最高のドイツ語学者と呼ばれた人なんだよ」
「はい」
「俺が最も尊敬するドイツ語学者でなぁ。ドイツ語を学ぶにあたって、何が必要かって言うんだ」
「何が必要なんでしょうか」
「まず、友達と全員絶交する」
「えぇー!」
「紅六花」の仲間たちを思い出しているんだろう。
「次に、女房の横っ面を張り飛ばす」
「どうして?」
俺の顔をして、プルプルと首を振る。
ちょっと涙目になって、「無理」と訴えている。
「最後に、書斎に鍵を掛けろってさ」
「意味が分かりません」
こいつはちゃんと、エロ本に鍵をかけている。
「点になれってことだよ」
「はぁ」
「ドイツ語以外に目を向けない、ということだな。そうすると、何かが見えてくるわけよ」
「そうなんですか」
六花は悩んでいた。
「何かを極める、というのはそういうことだ。点になると、人間はとんでもねぇ能力を発揮する。まあ、そういう能力が構築される、ということだな」
「でも、私にはできません」
俺は笑った。
「それは考え方よ。俺だっていろんなことをしてるだろ? 綺麗な六花ちゃんとのツーリングは欠かせねぇ」
「嬉しいです」
「そういうことも全部な、俺が求める点に繋がっているわけだ」
ウナギが来る前に、話を終わらせなければならない。
来たら、六花は夢中でウナギに集中する。
「俺は医者なわけだけど、そういうことだって、俺の点を構築する一部なんだよ」
「石神先生の「点」ってなんなんですか?」
「そんなこと、たとえお前でも話すわけにはいかん。まあ、見ていればそのうち分かるさ」
「はぁ」
「とにかく、お前の話だ。お前は俺と響子のために生きて死ぬんだろ? だったら、そのために大嫌いな英語だって平らげろ」
「はい!」
丁度ウナギが来た。
間に合って良かった。
六花は、これ以上はないという笑顔で、ウナギを頬張った。




