鷹、心に秘める美。
一江の報告を聞き、ゴールデンウィーク中も何も問題がなかったことを確認した。
まあ、何かあれば俺の耳に入るわけだが。
「お前は何やってたんだよ」
俺は一江に何げなく聞いた。
本当は、興味は欠片もねぇ。
「一度病院へは来ましたが、あとは大森とぶらぶら。まあ大体夜は飲んでましたね」
「お前ら、本当にド暇だな」
「部長がおかしいんですよ! 毎週バイクで走ったり、子どもたちをどこかに連れてったり。私にはとても真似できません」
「確かに忙しいよな」
俺は一江の頭を撫でるついでに、髪をクシャクシャする。
一江は俺の手を払い、睨んでくる。
「部長、ところで今回はどんな騒ぎを起こしましたか?」
「俺をバカだと思ってるだろう!」
「はい、思ってますが」
「……」
言い返せねぇ。
「いや、今回は何もねぇよ。バイクで遠くまで行ったけど、何もしてねぇ」
「そうですか?」
「なんで疑問形なんだ。ああ、亜紀ちゃんと温泉に行ったな」
「やっぱり!」
「大丈夫だよ。いいとこに泊まったから、ホテルの人間はまともだし、他の客と数人知り合ったけど、紳士淑女の方々だけだ」
「そんなー」
「何かあっても、少なくとも人前では何もねぇな」
「そうですか」
多分、散々一江も調べてきたに違いない。
何も見つからないので、俺に確認したのだろう。
「まあ、とにかくまた今日から頼むな!」
「はい、分かりました」
つまらなそうに一江が出て行った。
しばらく、毎日オペが入っている。
俺は鷹に連絡し、昼食に誘った。
「お誘い、ありがとうございます」
オークラのテラスレストランで食事をする。
「しばらく毎日鷹には付き合ってもらうからな。簡単な打ち合わせがてら、食事をと思ったんだ」
「はい、よろしくお願いいたします」
オペの打ち合わせは、すぐに終わった。
特殊な事例や部分は、それほど多くはない。
他は鷹ならば、なんとでもやってくれるだろう。
話題は、鷹が作ってくれた料理の話になる。
「あれは絶品だったよなぁ。やっぱり素材を把握する力が素晴らしいよな」
「そんな。数をこなしてきただけですよ」
俺があまりにも褒めるので、鷹が俺のために作りましょうと言った。
「いや、そんなつもりじゃないんだ。飯をせがむような言い方で悪かった」
「石神先生のためなら、いつでも喜んで作りますよ」
「困ったな」
「だって、「彼女」ですから!」
笑った鷹は美しかった。
「じゃあ、週末にちょっとお邪魔して、その後でドライブにでも行くか!」
「あ、いいですね! 是非お願いします」
楽しい週末の予定ができた。
一江の顔が一瞬浮かぶ。
「私のマンションでいいですか?」
「ああ、じゃあお邪魔するよ」
オペは問題なくすべてこなし、土曜日の午後。
俺はフェラーリで鷹のマンションへ向かった。
鷹は、淡いグリーンのシャツにベージュのスラックスを履いていた。
「お待ちしてました。どうぞお入り下さい」
黒いスリッパを出してくれる。
俺はダンヒルの麻のスーツを着ていた。
ネクタイは、タイ・ユア・タイの明るいものだ。
若い鷹に合わせた。
上着を鷹が預かってくれ、リヴィングのハンガーにかける。
ソファを勧められ、すぐにコーヒーが出された。
流石に料亭の娘だ。
スムーズに寛がせてくれる。
まだ三時だ。
夕飯には早い。
俺は買ってきた花を、持ってきた花瓶に活けた。
道具も持参している。
鷹はとても喜んでくれた。
テーブルに置いてくれる。
「なんだか気が休まる場所だなぁ」
俺は本当に寛いでいた。
「ありがとうございます。何もありませんが」
「鷹がいるじゃねぇか!」
笑った。
「そうだといいんですが」
「空間っていうのは不思議なものだ。そこにいる人間、置いてあるちょっとした何かで「雰囲気」ができる」
「はぁ」
「この家は、お前の雰囲気だよ。お前が人を寛がせるものを持っているんだよな」
「ありがとうございます」
「うちは知っての通り、騒々しいからなぁ」
二人で笑った。
「食事も、家じゃもう落ち着いて食べられねぇもんな!」
「アハハハ」
「多分さ、俺は医者をダメになっても、飼育員として再出発できると思うんだ」
「そうなったら、私はエサを作る係になりますね」
「おう! よろしくな!」
「私は、石神先生さえいればいいんです」
「嬉しいことを言ってくれるな」
「本当にそうなんです」
「ありがとう」
鷹が俺の隣に座り、抱き着いてきた。
長いキスをした。
「毎日来てください」
「そうなったら、俺は幸せだな」
「本当に」
「ああ、でもな。俺は幸せになるために生きてるわけじゃねぇからな」
「……」
鷹は、俺の肩に頭を乗せた。
「そうですよね」
「つまらん男だろう」
「いいえ。私はそんな石神先生だから好きになったんですもの」
「そうかよ」
「はい、そうです」
「でも、ちょっとは幸せにもなりたいな」
「任せてください!」
俺たちはまたキスをし、しばらくお互いの体温を感じ合った。
鷹の作ってくれた料理は、どれも美味かった。
鯛の西京焼き。
里芋を焼いたものに、抹茶塩のシンプルな皿。
出汁のきいたホタテの煮物には、極薄の花形ニンジンと同じく薄く削いだ銀杏。
エビと千切り大根の酢の物。
辛みのある赤かぶの漬物。
鱧のすまし汁。
そして、俺の大好物の栗ご飯。
季節ではないが、亜紀ちゃんに聞いて、特別に作ってくれたらしい。
「涙が出るほど美味いな」
「出てませんが」
俺たちは笑った。
自然に笑えた。
本当に何もない部屋。
鷹と、鷹が作ってくれた美味い飯しかない部屋。
「お花、ありがとうございます」
「お前もできるんじゃないか?」
「いえ、石神先生のようには、とても」
俺のは我流だ。
基本的なことを本で学び、あとは川瀬敏郎の作品に憧れ、自分なりに追求してきただけだ。
「花は枯れる」
「ええ」
「だからこそ、美しいんだな」
「悲しいですね」
食事が終わり、俺が片づけを手伝おうとすると、笑って鷹に断られた。
「寛いでいて下さい」
俺は洗い物をする鷹を眺めていた。
常に俺のことを思ってくれる、美しい女だった。




