風になろうぜ。
「あー、キスの一つもできるかと思ったのにー」
帰りの車で亜紀ちゃんがそう言った。
「そうそう、娘にキスなんかするかよ」
「えー」
「むしろ亜紀ちゃんの年齢だと、親父のパンツを一緒に洗濯しないって感じじゃないのか?」
「そんなことないですよ」
「じゃあ、ちょっと俺のとくっつけて洗ってくれ」
「分かりましたー!」
俺はフェラーリを飛ばした。
「お昼はどうしましょうか?」
「亜紀ちゃん、いいことを教えてやる」
「なんですか!」
喰いついて来る。
「あのな、大食いしながらキスはできねぇぞ」
「あぁー! 台無しです」
俺たちは笑い合った。
俺たちは新宿の焼肉屋へ行った。
去年、みんなで買い物へ行った時に使った店だ。
「さあ、大食いを見せてくれ」
「やめてくださいよ!」
亜紀ちゃんは特上ロース5人前、カルビ8人前、テールスープ、ご飯を3杯食べた。
「今日は松坂牛はいいのか?」
「え、じゃあ一枚だけ」
ステーキ1枚。
「テールスープって、こんなに美味しかったんですね!」
「お前ら、あの時は肉しか食わなかったもんなぁ」
「残り物には福があるって奴ですね」
「意味がちょっと違うと思うぞ」
「いいんです。私も残り物だから」
俺の女性関係を言っているのか。
「いい福が残ってたな」
「エヘヘヘ」
亜紀ちゃんが嬉しそうに笑った。
「「「おかえりなさいー!」」」
皇紀と双子が出迎えてくれた。
「みんなごめんねー。何もなかった?」
「「うん」」
「大丈夫だよ」
亜紀ちゃんが俺の荷物を引き受けてくれる。
俺はリヴィングに行き、ルーがコーヒーを淹れてくれた。
軽井沢で買った土産の菓子を亜紀ちゃんが持ってきた。
まあ、そんなに美味しいものはないが、双子は特に喜んだ。
俺は一休みし、六花に電話をしてから、ドゥカティに乗って響子の顔を見に行った。
「タカトラー!」
響子が嬉しそうに抱き着いて来る。
抱き上げて鼻をペロペロしてやる。
「どうだった、六花のマンションは?」
「うん、楽しかったよ」
「何したんだ?」
「うん、一緒に映画観たりね」
ものすごく、不安になった。
「ちょっとねぇ…」
「ち、ちょっとなんだ!」
「コワイの」
「良かった」
「良くないよー」
『マッドマックス』を観たらしい。
二人で映画の話をして盛り上がる。
六花が来た。
ライダースーツを着ている。
「あー、二人で走るんだぁ!」
「響子とセグウェイで走ったらな」
「ほんとにー!」
三人で、屋上で遊んだ。
「じゃあ、響子。行ってくるな」
「うん。今度またバイクに乗せてね」
「ああ、また今度な」
俺と六花は首都高を走り、戻って来て、また麻布のハンバーガー屋に行く。
「やっぱ、ここに来ちゃうよなぁ」
「もう、定番ですね」
店長たちが大喜びで俺たちを迎えてくれた。
「タケたちは変わりないか?」
斬の家でのこともあり、気になっていた。
「はい。昨日も電話で話しましたが、何も変わらないと言ってました。石神先生とまた是非来て欲しいと」
「そうか。あそこも楽しいからなぁ」
「はい!」
「そうだ、今度は墓参りに行こう」
「ありがとうございます」
「しかし、今年のゴールデンウィークもいろいろあったな」
「最初がアレでしたからねぇ」
店長が電話している。
珍しい。
注文のハンバーガーが来た。
食べていると、店が混んできた。
「今日は結構混むな」
「早めに入って良かったですね」
食事時だ。
そう思っていた。
テーブルやカウンターがすべて埋まった。
「なんか、みんなこっちを見てませんか?」
「そうだな。お前が綺麗だからだろう」
「石神先生がカッコイイからですよ」
「「アハハハ」」
立って喰ってる奴も出てきた。
外には行列が並んでいる。
「ちょっと長居すると悪いな。早めに出るか」
「そうですね。急いで食べます」
「あ、気にしないで、ゆっくりしていってください」
店長が頼んでもいないハンバーガーを持って来て言った。
「お飲み物も持ってきますね!」
俺は異常さの原因を悟った。
こいつ、何か仕込みやがった。
「おい」
「はい」
「なんだ、これは」
「はい」
「何かしたな」
「ちょっと、お待ちのお客様をお呼びして」
問いただすと、俺たち目当ての客に知らせるライングループを作ったらしい。
「パンダじゃねぇんだ。こんな雰囲気で喰えるか!」
「すいません」
まったく、動物は恥の概念がねぇ。
俺は恥を知る人間だ。
説教して、次からはせめてテーブルが埋まるまでにしろと言う。
二度と来なければいいのだが、ここのハンバーガーは美味い。
まあ、サービスしとくか。
「おい」
「はい」
「そろそろ風になろうぜ!」
「は?」
後ろで大爆笑が起きた。
俺は真っ赤になった顔を手で覆って隠した。
俺たちは店を出た。
「風になるって、どういうことですか?」
「う、うるせぇ!」
六花が笑いながら聞いて来る。
風になった六花は、やっぱり綺麗だった。




