亜紀、温泉へ。 Ⅱ
「レストランも綺麗ですね」
「そうだな」
奥の壁が、銀河のようなデザインで、非常に美しい。
やや照明を落とした店内は、広い間隔でテーブルが贅沢に並べられている。
基本的に、俺は薄暗い店が好きだ。
「そこは、「亜紀ちゃんも綺麗だよ」とか言うんじゃないですか?」
「いや、それはそうなんだけど、どうもムードがな」
「えー! 綺麗な場所じゃないですか」
「うん、そのな。その喰いっぷりがなぁ」
亜紀ちゃんの前には、三人前の皿が並んでいる。
コースで次々と来るから、そんなには目立たないが、メインのステーキが三人前出ると、どうしても異様だ。
「ムードは人類の範囲で醸し出されるからな」
「?」
「人類の三倍になると、三分の一になるよなぁ」
「ひどいですよ! 三人前を頼んだのはタカさんじゃないですか!」
「そうだったな」
亜紀ちゃんはちょっと怒った目で俺を見る。
「でも、ちょっとお肉が少ないですよね」
「ア・ラ・カルトを聞いてみるか?」
「そうですね!」
俺は500グラムのステーキを頼んだ。
俺の分も出てきた。
「どうしようかな」
「私が食べましょうか?」
亜紀ちゃんがニコニコしている。
「じゃあ、頼む」
人類のムードは消え失せた。
俺たちは、ゴールデンウィーク中の出来事などを話していた。
「結局、皇紀のロケットってダメだったんですか?」
「やっぱり見てなかったじゃねぇか」
「栞さんたちとの話の方に夢中で」
俺たちは笑った。
「まあ、一応は動いたんだけどな。でも止まる方法がなくてぶっ壊れた」
「そうだったんですか」
「でも、中学1年生がまがりなりにも「ラムジェットエンジン」を作ったんだ。大したものだと思うぞ」
「はぁ」
「興味ねぇんだなぁ」
俺たちは笑った。
「皇紀は機械、システムが好きなようだ。現象を構造的に把握して構築する能力だな。結構これから面白いことになりそうだぞ?」
「そうですか」
「今回も、実現するために溶接の技術は大分向上した。削り出しや寸法取りの技術なんかもな。旋盤やフライホイールなんかも扱える。大したもんだよ」
「タカさんが全部指導してくれますからね」
「まあ、そういうこともあるけど、それにしてもだよ。最初は失敗したわけだけど、そこからの「伸び」が凄い。短期間で、本当に「ラムジェットエンジン」を作っちゃうんだからなぁ」
「そのラムジェットエンジンって何ですか?」
「興味はねぇくせに」
二人でまた笑った。
「まあ、皇紀の成功は、双子の資金力にも支えられていたしなぁ」
話題は、双子の株投資に移る。
「今、幾ら持ってるんでしたっけ?」
「ゴールデンウィーク前に、二億を超えていたなぁ」
「大丈夫ですか?」
「まあ、ちょっと前にFXで5000万円溶けちゃったとか言ってたなぁ」
「エェッー!」
「先物はやるなと言ってたんだけどな。どうも資金の一部を流したらしい。見事にダメだったなぁ」
「なんだかコワイです」
「現物取引なら、あいつらは精通してるから大丈夫だろう。先物は変数が多くて、まだ処理できないらしい。でも、恣意的な要素も大きいからな」
「どういうことですか?」
「双子よりも大きな資金力を持った連中が、相場を操作するんだよ。そうなれば、どう張ってもやられるに決まってる」
「なるほど」
「まあ、一兆円を超えたら、負けなくなるかもしれんな」
「……」
亜紀ちゃんは、俺のステーキも見事にたいらげた。
皿は舐めるなと言うと、舐めませんよ、と怒る。
「あの、私が心配なのは、そんな大金を持ってどうかな、ということで」
「ああなるほど。その点はあまり心配ないようだぞ」
「どうしてですか?」
「双子の生活を見てるだろ? 何か買ったりはしてないだろう?」
「はい、そうですね」
「多少は買い食いしたりして、俺の「小遣い」を超えることもあるようだけど、ほとんどねぇ」
「はぁ」
「あいつらは、「贅沢」をするためにやっているんじゃないんだよ」
「ゲームのような感覚だとか?」
「うーん、まあそういう一面もあるけどな。そうではなくて、あれは自分たちのためにやってないんだよ」
「え!」
「俺のためなんだよな。別に俺に養育費を返すとかということでもない。俺が必要になったら使ってもらいたいって言ってたな」
「そんな……」
「いい妹たちだろう?」
「はい」
「あいつらは、俺を守るために強くなるんだって言ってた。そして俺のために金を増やそうとしている。まったくなぁ、泣けるぜ」
「はい」
「しかもよ、それが現実にそうなってるんだからな。あいつらの実力は底知れねぇ。「花岡」は習得ばかりか超えちゃったし。それに世界のどこに何億も稼ぐ小学生がいるよ」
「まいりましたね」
デザートが運ばれてきた。
数多くのケーキなどがワゴンに乗っている。
俺は二つばかり選んで、コーヒーをなるべく大きなカップで、と頼んだ。
亜紀ちゃんは10個選んで、まだ考えている。
給仕がひきつりながら、ニコニコしている。
「そのまま、ワゴンを置いてってもらえよ」
「そんなに食べませんよ!」
給仕が笑った。
「でも、亜紀ちゃんだって凄いよな」
「そんな」
「双子が花岡の技を超えられたのは、亜紀ちゃんがいたからだよな」
「そんなことは」
「皇紀も必要だった。あいつは受け流すことに関しては才能があったからなぁ。要は、技を感応して、どういう構造かを別な捉え方で解析できたわけだ」
「はい」
亜紀ちゃんは短く返事すると、ケーキを頬張った。
「ムードはもういいよな」
俺たちは笑って、デザートに集中した。
レストランを満喫し、出た。
「じゃあ、折角温泉に来たんだから、楽しむか!」
「はい!」
部屋に戻り、浴衣に着替える。
「タカさん、家族風呂を予約しました!」
「あんだと?」
「さあ、行きましょう!」
「まて、亜紀ちゃんと一緒には入らないぞ!」
「ダメですよ。家族は家族風呂に入らないと! 廊下で脱いじゃいますよ!」
俺は苦笑した。
まあ、一緒に温泉に来たんだから、予想していなかったことでもない。
家族なんだから、いいか。
しかし、なんでこの子は俺と一緒に風呂に入りたがるのか。
前に、洗濯物の亜紀ちゃんのパンツをふざけて指でクルクル回してたら、半泣きになって怒ってたのに。
「やめてくださいー! かえしてぇー!
パンツは恥ずかしくて、その中身はいいのか?
「絶花!」
「おい! 「花岡」はやめろ! 俺が悪かったからー!」
リビングに「「花岡」絶対禁止!」と貼り紙をしたら、遊びに来た栞がむくれていた。
脱衣所で亜紀ちゃんはどんどん脱いで行く。
俺も裸になり、浴室へ入った。
洗い場とほぼ同じ高さに湯船がある。
全体に花崗岩の部屋だ。
大きな窓から、景色が見える。
「今日は頑張って、オチンチンも洗おうかな!」
「勘弁しろ!」




