お前がやるなら。
ハマーの車内は満員だった。
俺の膝の上に響子が乗り、一緒にハンドルを握って遊んでいる。
栞と鷹も双子をそれぞれ膝に乗せ、亜紀ちゃんがセグウェイを抱えている。
助手席で六花は喰わずに終わったお弁当を抱えていた。
皇紀はめちゃめちゃになった自転車を抱いて泣いている。
「泣くな! うっとうしい!」
「すいません。次はもっと」
「「「もう作るな!」」」
「でも、案外楽しかったじゃない」
栞が重たい空気を払うために、そう言った。
「全然見てもいなかったじゃないですか」
「え、見てたよー!」
「ほんとですか?」
「う、うん。壊れたあとから」
「……」
「亜紀ちゃん」
「は、はい!」
「今晩はカップ麺な」
「エ、エェッー!」
「セグウェイ、楽しかったよ?」
響子が言った。
「そうかよ」
家に着き、それぞれ荷物を降ろし、リヴィングへ上がった。
「かぁー! 散々だったな」
「自転車、どうしましょう」
亜紀ちゃんが言った。
「便利屋に引き取ってもらおう。金属だから、タダで持ってくと思うぞ」
亜紀ちゃんと皇紀がお茶を煎れる。
俺は見たくもなかったが、弁当を開いてみんなでテーブルでつまんだ。
「時間が空いちゃいましたね」
「そうだなぁ」
栞たちを呼んだが、祝いどころではない。
「私、夕飯を何か作りましょうか?」
鷹がそう言った。
冗談で俺が言った、カップ麺では可哀そうだと思ってくれたらしい。
「お前、天使かよ。是非頼むよ。もちろん俺たちも手伝うしな」
「じゃあ、私も」
栞が言う。
「俺に興味が無い人は黙っててください」
「えぇー!」
「冗談ですよ。今日は俺が招いたんだから、ゆっくりしてて下さい。花岡さんじゃ鷹も指示しにくいでしょうし」
「では私が」
「六花は響子を頼む。俺の部屋で寝かせてくれ」
「分かりました」
「お前もゆっくりしててくれよ」
「はい」
俺は鷹の料理を楽しみにしていた。
なるべく、余分な要素は今日は入れたくない。
鷹をキッチンに入れ、まずは食材を見てもらう。
「足りないものは買ってくるから、言ってくれ」
「はい。でも大丈夫だと思いますよ。て言うか、なんですか、この食材の宝庫は」
鷹は冷凍室まで見て、唸った。
「まず、キノコがいいですねぇ。たくさんあるし、随分といいもののようです」
「ああ、こないだ別荘に行ったら、近所の人がたくさんくれたんだよ。わざわざ山で採ってきてくれたらしい」
「なるほど! じゃあ、キノコご飯なんて、どうですか」
「いいじゃないか! 是非作ろう。ああ、釜はもう一つあるから、シソご飯はどうだ?」
「いいですね。じゃあそうしましょう。あと、刺身の冊が一杯ありますね」
「どんどん使ってくれ」
「じゃあおかずは刺身の盛り合わせと、あとは天ぷらをメインで」
「料亭だな!」
俺が言うと、鷹が笑った。
「もう、こんなに豪勢な食材が使えるなら、私はいつでも石神家に入りますよ」
「おお、夢のようだな」
栞が向こうで睨んでいる。
「鷹はいい嫁になるなぁ」
「もう、今日からでもいいですよ!」
「「アハハハ」」
俺たちは簡単にメニューを打ち合わせ、下ごしらえに入った。
大体終わったところで、響子が起きてくる。
六花も一緒に少し寝たようだ。
俺たちは、一服してコーヒーを煎れていた。
みんなでお茶にする。
「夕飯までまだ時間がありますね」
亜紀ちゃんが言った。
「みんな手際が良くて、すぐに済んじゃったもんね」
鷹が褒めてくれる。
「でも、食材もそうですけど、包丁とかもいいものが揃ってますよねぇ」
「ああ、合羽橋に随分と通ったからなぁ」
「手入れも素晴らしいですよ」
「包丁の研ぎは、靴磨きと一緒に俺の仕事なんだ。子どもたちにも研ぎはさせたことがねぇ」
「そうなんですか! 後で砥石も見せて下さい」
「ああ、もちろん」
栞が睨んでいる。
響子と六花は楽しそうにバイクの雑誌を見ていた。
「じゃあ、ちょっと下でギターでも弾こうか!」
子どもたちが喜ぶ。
地下の音響ルームに移動した。
亜紀ちゃんはみんなの紅茶を作るため、少し遅れた。
その間に、ギターのチューニングをする。
マヌエル・ラミレスだ。
軽く指を馴らす。
エスタス・トーネの『The Song of the Golden Dragon』を弾いた。
早引きのうねるような哀愁のメロディ。
零れ落ちてくる宝石のような美しい曲だ。
聞き入っていた全員が大興奮して喝采してくれた。
栞と亜紀ちゃんが涙を流している。
六花は口を開けたままずっと拍手をしていた。
響子が駆け寄り、俺を抱きしめたくさんのキスをする。
「スゴイですねぇ」
鷹がそう言った。
「そうかよ」
「石神先生の奥深さを、今日は思い知りました」
「ありがとうな」
俺はまた幾つかエスタス・トーネの曲を弾く。
「私もピアノを弾いていいかな」
「ええ、お願いします」
栞がピアノを弾けるのは知っている。
学生時代に何度か聞いただけだが。
でも譜面がないとと言うので、俺は適当に合わせようと言った。
「じゃあ、ブルーノートで俺がやりますから、ついてきてください」
「うん、分かった」
最初はスローに。
音を拡げるイメージで、徐々に何かが構築されていく。
栞も最初は単音で。
そのうちに俺の流れを掴み、合わせてくる。
俺がソロを拡げ、栞が背後を支えてくれる。
俺は退き、栞が徐々に自分の世界を拡げていく。
栞のソロは美しかった。
俺が再び盛り返し、二人のソロがぶつかり合う。
それは次第に混然一体となって一つの世界を構築した。
栞が退き、俺が最後を受け止めて終わった。
俺と栞は抱き合った。
ぴったりと息が合った演奏ができた。
静まり返った中で、双子が拍手をする。
全員が大きな喝采を送ってくれた。
六花が大泣きしている。
「おい、そんなに泣くことはないだろう」
栞が優しく肩を抱いた。
「だっでぇ、いじがびぜんぜいとばだぼがざんがぁ」
「お前、何言ってるか分からねぇよ」
俺と栞が笑って六花を抱きしめてやる。
響子もつられて涙目になる。
俺は響子を抱き上げた。
またキスをしてくる。
「わだじも、なにがでぎるようになりだいでず」
「そうかよ。まあ、やればいいじゃないか。音楽っていいよな」
「ばい!」
亜紀ちゃんがタオルを持ってきた。
六花は顔を拭い、化粧が落ちて酷い面になった。
しかし、六花は尚、美しかった。
「やっぱタカさんはスゲェや!」
皇紀が言うので、尻を蹴り上げた。
「お前が嫌な雰囲気にしたから、俺が頑張ったんだぁ!」
みんなが笑った。
皇紀も笑っていた。
まあ、子どもたちが何かをするなら俺は応援する。
失敗したなら、何とかしよう。
任せろ。




