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星の家族:シャルダンによるΩ点―あるいは親友の子を引き取ったら大事件の連続で、困惑する外科医の愉快な日々ー  作者: 青夜


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双子の失恋旅行 Ⅳ

 翌朝、早速私たちのホテルにマクシミリアンさんが迎えに来た。

 装備一式はもう夕べのうちにアラスカの「虎」の軍から運んでもらってる。

 まずは稔君の開発した完全密封の防護服だ。

 それと電源のための《ヴォイド機関》。

 超極秘のものなので、これは私たちじゃないと手配出来なかったはずだ。

 今回は本当に三人だけで行く。

 姪御さんの婚約者の遺品だけでも先に見つけるためにだ。

 三人で「飛行」で向かった。

 マクシミリアンさんに場所は聞いているので、GPSの誘導ですぐだ。


 予想してはいたし私とハーは映像で見てもいるが、アマドーラは荒廃が酷かった。

 遺体は全て処理していたが、人間がいなくなった都市ほど寂しいものはない。

 「業」に負ければ、世界中がこうなるのだ。

 今は多くの建物が墓標になっている。

 遺体はあまりにも多かったので、まとめて都市の一箇所に焼却の上で埋めている。

 そこには慰霊碑を建てた。

 私たちはアマドーラから西の教会へ向かった。

 途中の景色も酷いものだった。

 乗り捨てられた車が多く、破壊されているものも多い。

 恐らく《ソリッド・ヴァイオレンサー》に襲われたものだろう。

 どんなにか怖かったことか。

 人形が車外に落ちていた。

 そこに降りて見ると、人形が血まみれだった。

 きっと子どもが襲われたのだ。

 可愛そうに。

 私とハーは手を合わせ、マクシミリアンさんが十字を切って祈りを口にした。

 三人で黙って教会へ向かった。





 教会の周囲は激しく争った跡があった。

 軍の人間が来て、ここを護ろうとしたことは調査報告で知っている。

 アマドーラを逃れた人が、この教会へ向かったのだ。

 クリスチャンであれば、教会が救いの場所なのだ。

 だから集まった。

 軍の人間もここに来て人々を護ろうと必死だった。

 EE11装甲車が何台も停まっており、重機関銃や迫撃砲まであった。

 きっと立てこもって避難して来た近隣の人たちを護ろうとしたのだろう。

 教会の外壁には銃の破壊痕はなく、周囲が凄まじいことになっていた。

 重機関銃や迫撃砲の攻撃で地面が荒れている。

 マクシミリアンさんが入り口でまた十字を切って祈っていた。


 「中に入りましょう」

 「ああ」


 エミリオさんはここに3年の赴任予定だったそうだ。

 あと1年でスペインに戻れるはずだったのに。

 戻ったらヴァイオレッタさんと結婚することになっていた。

 ヴァイオレッタさんはどれほど悲しんだことか。

 そして死んだことを信じられずに今日まで来ている。

 その日々を思って私たちは心を痛めた。

 教会の内部は荒れていた。

 最後まで《ソリッド・ヴァイオレンサー》と戦っていたのだろう。

 外壁には銃痕は無かったのに、室内では激しい戦闘の痕があった。

 礼拝堂が最期の立てこもった場所になっていたようだ。

 ここが一番酷かった。

 《ニルヴァーナ》のことを知る私たちには、ありありと情景が浮かぶ。

 一緒に戦っていた仲間、護ろうとした市民が《ニルヴァーナ》に感染して行く。

 その絶望の中で戦っていたのだ。

 マクシミリアンさんが言った。


 「エミリオは通信係だった」

 「そうなんですか」

 「彼が最後までここの状況を伝えてくれていた。だが状況が切迫して送信できなかったものもあるはずだ」


 歩きながら話した。


 「ここには結構大きなサーバーが備えてあったんだ。その記録を持ち帰りたいんだけどな」

 「私たちに任せて!」


 マクシミリアンさんが通信施設のある部屋を知っていた。

 事前に調べておいたのだろう。

 まっすぐに向かった。

 木製の大きな扉があり、開くと通信装置があった。

 扉が無事だったのは、きっとエミリオさんがここを出て戦いに行ったということなのだろう。

 《ソリッド・ヴァイオレンサー》は人間のいる場所にしか行かない。

 電波の通信機もあったが、もうインターネットの時代だ。

 当然電源が落ちていたが、私たちが持って来た《ヴォイド機関》を起動して電源を復旧した。

 しばらく立ち上がるのに時間が掛かる。

 その間もマクシミリアンさんと話していた。


 「ヴァイオレッタとエミリオは毎日メールやビデオ通話をしていたそうだ」

 「そうなんですか」

 「本当はここの設備を使うのはいけないんだけどな。でも規定で個人の携帯電話の持ち込みは出来なかったから、こっそりやっていたらしい」

 「いいですね!」

 「そうだな」


 若い二人のことだ。

 そうした秘密のことまでがきっと楽しかったのだろうと思う。


 「連絡が付かなくなってからも、ヴァイオレッタは毎日メールを送っていたそうだよ」

 「そうですか……」

 「今もな。だから俺は少しでも早くここへ来たかった。二人のお陰でそれが叶った、ありがとう」

 「そんな……」


 ようやくコンピューターが立ち上がり、サーバーに接続してみた。

 また時間が掛かる。

 OSが古いので、ハーがセキュリティのソフトを用意してからインターネットへ接続した。

 その間にハードディスク内部のファイルをディスプレイ上に出して探っていく。

 多くのファイルがきちんと整理されていた。

 経理関係のものや日用品の在庫管理や日誌、そして重要な通信はパスワードで保護されている。

 エミリオさんは真面目な性格だったらしい。

 後任者が一目で分かるように整えられている。

 メールを開いて行く。

 メールのフォルダーに「V_LOVE」というフォルダーがあった。


 「マクシミリアンさん、これ!」

 「ああ、開いてくれ!」


 ハーが開いて、三人で見ていた。

 画面に膨大なメールのファイルが出て来る。

 インターネットに接続されたことで、これまでの受信が更新され、いつまでも終わらない。

 見ているうちに私とハーは泣いた。

 全てヴァイオレッタさんからのものだ。

 日付を見ると、毎日欠かさずに送られていた。

 同じ日に何度も送られたものもある。

 ヴァイオレッタさんがどういう気持ちでそうしたのかが伺えるようで、ますます泣いた。

 きっとエミリオさんに会いたくてしょうがない日だったのだろう。

 マクシミリアンさんの許可を得て、途中で幾つか開いてみた。


 〈愛しのエミリオ 私はまだあなたの帰りを待っています。今日は友人のエリサと一緒にランチをしました。エリサはエミリオのことはもう忘れた方が……〉

 〈愛しのエミリオ 今日はあなたの実家へ行きました。お母様が私を抱き寄せて下さり……〉

 〈愛するエミリオ あなたはいつ帰ってくれますか? 私はずっとあなたを待って、ヒマワリの……〉


 私とハーは大泣きし、マクシミリアンさんは黙って涙を流してスクロールして行く画面を見ていた。

 数千ものメールがここに残っていた。

 3年もの間、ヴァイオレッタさんはエミリオさんに毎日愛を送り続けていたのだ。

 もう二度と会えないことが分っていながら、それを信じようとせずにそうしていた。

 ハーが大泣きしながらその記録をコピーした。


 コンピューターとサーバーの記録は全て写し、他の部屋も回ってみた。

 エミリオさんの私室も分かり、中へ入った。

 綺麗に片付いた部屋で、小さなデスクに聖書と一緒に綺麗に包装された小箱があった。

 すぐに分かった。

 これは結婚指輪だろう。

 スペインへ戻ったらすぐにヴァイオレッタさんに渡すように用意していたのか。

 恐らく、二度と会えないことが分って、ここに聖書と共に置いたのだ。

 エミリオさんにとって、神様と同じくヴァイオレッタさんが大切だったのだ。

 マクシミリアンさんが私たちに断って、その包を持ち帰った。

 厳重に除染しなければならないが、これは大切なものだ。





 またハーと一緒に泣いた。

 二人の純粋な愛の美しさとそれゆえの悲しさ。

 そして、「愛」とは何なのかがここに示されているような気がした。

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