終結。そして日常。
翌朝、俺と六花は、またよしこが用意してくれた朝食を食べていた。
俺が美味かったと褒めたヨーグルトは、ボウル一杯あった。
俺たちは、また裸で食べている。
よしこがニコニコとして、出て行った。
「なあ、あの時は勢いもあったから聞かなかったんだけどよ」
「はい?」
「お前が「タイガー・レディ」なのは、まあいいや。でも、そうしたら俺は「タイガー」なんじゃねぇのか?」
「ああ、はい。英語は嫌いなので」
六花は、十枚焼いてくれた目玉焼きのうち、七枚目を食べている。
俺は一枚を食べて、六花のために残していた。
「じゃあ、なんで自分は英語なんだよ」
「だって、恥ずかしいじゃないですか」
「何が?」
「「虎のヨメ」だなんて。響子にも悪いですし」
六花は、ちょっと赤くなって言う。
よく分からんが、分かった。
まあ、ジェイは「虎のように凶暴な女」というニュアンスも含めていたのだろうが、それは黙っている。
「しかし、あの時のお前はカッコよかったよなぁ」
夕べも何度も言ったが、俺はまた六花を褒めた。
褒めるたびに、六花が強烈に締め付けてきた。
「「紅を見せろ!」かぁ。最高だよな。惚れ直した!」
「エヘヘヘ」
六花は嬉しそうに笑った。
でも、本当に六花のあの雄叫びで、全員が自分を取り戻したのだ。
斬の殺気は、弱い心を確実に破壊する威力があった。
俺たちはライダースーツを着て、部屋を出る。
ホテルの出口で、シーマが待っていてくれた。
タケの店では、「紅六花」」の全員が揃っている。
駐車場で各々のマシンの横に立ち、俺たちを待っていた。
「六花、みんなに最後に言ってやれよ」
「はい!」
六花と俺は、自分たちのマシンの横に立った。
「お前ら! お前らの「紅」は確かに見せてもらったぁー!」
『オォーーーゥ!』
「あの「紅」はぁ! 絶対に忘れねぇ!」
『オォーーーーゥ!』
「ありがとぉーーー!」
『オォーーーーーーーーゥ!』
俺はマシンの横で土下座をした。
それを見て、六花も同じくする。
俺たちは立ち上がり、マシンに火を入れて走り去った。
後ろで見送る連中の怒号と歓声がいつまでも聞こえた。
あいつらのことも、絶対に守る。
俺はそう誓った。
六花とはマンションの前で別れた。
握手を交わしただけで、お互いに何も言わなかった。
俺は家には帰らずに、栞の家に向かった。
「お帰りなさい」
門を開けて、栞は俺を引き入れてくれた。
「上がって」
リヴィングでコーヒーを出される。
挨拶以外には言葉はなかった。
「終わった」
俺がそう言った。
「そう。怪我人は?」
「一人もいません。花岡の家でも」
「そう」
栞には、俺が実家に行くことを告げていた。
六花を連れて行くことも、「紅六花」」を連れて行くことも、斬にけじめをつけることも。
命の遣り取りになるかもしれないことは、言葉にせずとも、二人とも分かっていた。
結果的には、誰も傷を負わず、誰も死ななかった。
「斬のじじぃが、凄まじい殺気を放ちましたよ」
「「虎砲」ね」
「そういう名前ですか。何人か気を失いかけた」
「そうならなかったの?」
「ああ、二度目のアレは、更に強烈でしたけど。六花が気合を入れて、みんな立ち上がりました」
「信じられない!」
栞は、あれは相手の意識を奪う技だと言った。
それに耐えるのは、命を捨てるつもりの人間だけだと。
戦場で言う、「死兵」だけだと。
「人間、動物はみんな自己保存本能があるよね。それを逆手に取る技なの。特殊な振動波で生命の危機を感じさせて、交感神経を激しく乱すのよ」
「なるほど」
「それ以外におじいちゃんは何もしなかったの?」
「俺が「した」からですね」
「まさか」
「「はなおかバスター」を使いました。悪いですけど、東の塀は今はありませんよ」
「……」
「花岡が必死に磨き上げた「虚震花」が、まさか他人に奪われ、しかも強化改良されるなんて」
「「はなおかバスター」は、広域殲滅が可能ですからね」
「一体、石神くんは……」
俺は電話をかけた。
「おい! 生きてるかぁ!」
『……』
「なんか言え! 俺のスンゴイ技でびっくりゲロか?」
『お前』
「なんだ、心臓が止まりそうか! 笑えるぜ!」
『あれはなんだ』
「あ? 教えてやっただろう。「はなおかバスター」だ」
『ふざけたことを』
「おい、けじめはついたぞ。これ以上はやめておけ」
『花岡を舐めるな。「虚震花」だけが奥義ではないわ』
「そうだな。でも、俺が簡単に奥の手を見せたと思うのか?」
『!』
「お前にも、何かできることがあるのかもしれん。でも、こっちはそれ以上のことをするからな」」
『……』
「教えてもいいぞ」
『なに!』
「俺たちの下につけ。そうすれば教えてやるし、今まで以上の力を持たせてやる」
『……』
「よく考えておけ。俺はじじぃのことは、それほど嫌いじゃないぞ」
『……』
俺は電話を切った。
「ありがとう」
栞が頭を下げた。
俺は栞を抱いた。
本音を言うと、夕べの六花に散々搾り取られて辛かった。
「これから、どうなるのかな」
ベッドの上で、栞がそう言った。
「さあ」
「石神くんは平気なの?」
「そうですね。何が起きても平気かな」
「どうなってるのよ、その頭は」
俺たちは少し笑った。
「みんな、絶対に守りますよ」
「できるの?」
「できなきゃ、みんなで死ぬまでです」
「……」
「双子がね」
「うん」
「顕さんの家で、奈津江の姿を見たそうですよ」
「えっ!」
「どういう女性だったか、詳しく後で確かめたんです。間違いなく、奈津江でした」
「そんな……」
「だから、死んだっていいんですよ。それが分かってれば、人生はオーケーです」
栞は泣きながら微笑んでいた。
俺たちは、唇を重ねた。
お互いに、自然にそう魅かれた。
「そういえば、こないだ亜紀ちゃんに「一オッパイ」と言われました」
「なんなの、それ」
奈津江が一度だけ、俺に胸に触らせた話をする。
「その話を聞いて、亜紀ちゃんが自分もどうぞって」
「触ったの!」
「アハハ、触りませんよ」
「そう。絶対にやめてね」
「はい。でも、毎日牛乳を飲んでいると言ってました。オッパイ単価を上げるんだそうですよ」
「?」
「花岡さんのアドバイスでしょう?」
「え、あ、ああ! 双子ちゃんにそんなことを」
「どうなるのかは分かりませんが、オッパイ単価が一番高いのは、きっと花岡さんのままですよ」
「……」
「「一オッパイ」してみる?」
栞は赤くなって、そう言った。




