響子、麻布へ行く。
土曜日。
俺はドゥカティで病院へ行った。
真っ赤なライダースーツで見舞客用の通用口から入ると、一瞬警備の人間が驚いた。
俺が手を挙げて挨拶すると、すぐに気づいてくれ、頭をさげてきた。
俺のライダースーツの背には、金糸で太い毛筆体で「六根清浄」と刺繍してある。
六花も同じ字体で、銀糸で刺繍してあった。
俺は同じ金糸でやろうと言ったのだが、六花は、これでいいと言った。
刺繍は六花が手配しようとしたが、結局、俺の後輩がやっている洋品店に任せた。
暴走族時代の後輩だ。
「トラさん。またこういうの着るんですね!」
後輩の武市は喜んで引き受けてくれ、見事な刺繍を施してくれた。
やっぱり、「分かっている」奴に頼んで本当に良かった。
六花は既に来ていて、響子を真っ赤な特攻服に着替えさせている最中だった。
「おはよう、響子!」
「タカトラのエッチー!」
下着姿の響子が、特攻服を着るところだった。
何もねぇくせに、胸を腕で隠す。
「何言ってんだ。何度も一緒にお風呂に入っただろう!」
「だーめーでーすー! あうとですー」
「あ?」
六花がクスクス笑っている。
「なんだとー! じゃあ、俺が全部脱がせてやるー」
俺はいやらしく笑いながら、響子に迫る。
「すっぽんぽんだぁー!」
響子は下着のまま逃げて喜んだ。
響子は走れるようになっていた。
捕まえた俺は、響子のパンツを腿まで降ろす。
「やめてぇー!」
カワイイお尻に頬ずりをした。
響子は笑って俺の頭を叩いていた。
「TAKATORA! Don't be silly!(ふざけるな!)」
怒号が聞こえた。
アビゲイルが立っていた。
興奮して顔が真っ赤になって、右手を振り上げている。
六花が硬直し、深く頭を下げた。
「グランパ!」
響子が嬉しそうに向き、アビゲイルは駆け寄った。
「おい! お前はいつもキョーコにこんなことをしてるのか」
「はい」
「うん、そうだよ?」
響子が笑顔でそう言い、アビゲイルも振り上げた手を降ろし、響子にパンツを履かせた。
「まあ、いい。あんまり驚かせるな」
アビゲイルは六花に響子を預ける。
六花は手早く特攻服を着せた。
お尻をポンポンされ、響子が喜んだ。
俺は響子に関して、大概のことをアビゲイルにいちいち報告している。
俺の家に呼ぶときはもちろん、どこかへ連れ出すときには必ず話している。
基本的に、アビゲイルは了承するばかりか、歓迎してくれる。
響子が喜ぶことを、アビゲイルも喜んでくれた。
俺や六花以外に、響子を外へ連れ出せる人間もいない。
いつも、「感謝する」と言っていた。
今日は、麻布にバイクで連れて行くと言ってある。
そうしたところ、アビゲイルが見送りに来たいと言ってきた。
俺は断る理由もなく、分かったと言った。
別にバイクに乗せることが心配なのではないだろう。
ならば、こないだ話していたあの件か。
アビゲイルは響子を抱きかかえ、駐車場まで歩いた。
英語でずっとおしゃべりしていた。
終始、ニコニコしていた。
俺はドゥカティにクッションを取り付けていた。
響子を前に座らせるためだ。
アビゲイルは響子をそのクッションの上に乗せてくれる。
俺も跨り、響子にヘルメットを被せ、ハーネスで響子と自分を固定する。
「じゃあ、宜しく頼む」
「ああ、行ってくる」
「アルがくるぞ」
「分かった」
短い遣り取りだった。
「じゃあ、キョーコ! 楽しんで来いよ!」
響子が後ろを向き、アビゲイルに手を振った。
いつもよりもゆっくりと走った。
それでも、車とはGが違う。
少しだけ心配したが、響子は楽しんでいた。
風を感じている。
ハーネスはきちんと俺と響子を結んで固定している。
「六花、少しスピードを出すぞ」
横で六花が手を上げ、親指を立てた。
加速する。
響子が喜ぶ。
先ほど俺たちを追い抜いて行った、国産車のワゴンを抜く。
女性二人が窓を開け、手を振ってきた。
俺たちも手を振る。
バックミラーに、スマホをかざしている様子が写った。
また一江にイヤミを言われる。
麻布の店にはすぐに着いた。
ドアを開け、俺たちが店内に入ると、大歓迎された。




