峰岸鷹
一江に週明けのいつもの報告をさせる。
「よし、じゃあ水曜日の俺のオペは峰岸を必ず入れてな」
「了解です!」
峰岸はオペ看のベテランで、非常に信頼している。
オペ看は通常はシフトで決まっているが、俺のオペは難手術が多いので、ある程度は人選を自由にさせてもらっている。
「部長は峰岸がお気に入りですね」
「まあな。あいつはオペの「流れ」を掴むからな。言われたことをやる、普通の看護師とはまったく違うんだよ」
「分かります。私も峰岸が入っていると、全然余裕の度合いが違いますね」
「ところで部長」
「あんだよ」
「先週は聞きそびれましたが、最近はネットを騒がすようなことはしてないでしょうね」
「なんだよ、信用ねぇなぁ。大丈夫だよ。先週は奈津江のお兄さんを呼んだけだしな。送りはしたけど、どこにも寄ってねぇ」
「先々週は?」
「ああ、亜紀ちゃんの高校入学祝を家でしたな」
「それだけですか?」
「うん。その後ドライブに行ったけどな」
「え!」
「お前! なんだその態度は!」
「すみません。でも、ドライブで走っただけですか?」
「城ケ島に行って、しばらく海を見た」
「え!」
「大丈夫だよ。あんな寒い所、誰もいなかったからな」
「そうですか」
俺はちょっと思い出した。
「じゃあ、大丈夫そうですね」
「お、おう」
「ちょっと、部長。何で目線を逸らすんですか」
「何言ってんだよ。お前がブサイクだから」
「あー! この歩く東京ドーム! また何かやらかしましたね!」
「いや、別にあれだけのこと」
「やっぱり! 白状してください!」
俺は、帰りにちょっとだけ羽田空港に寄ったことを話した。
そこで一曲だけ歌ったことも。
「ちょっと待ってろ! チンドン屋!」
「……」
一江は自分のデスクでPCとスマホを検索する。
たちまちのうちに一つの動画を探し出した。
「こうなってますよ、オッサンジャニーズ!」
俺が歌った『エアポートふたたび』が、フルコーラスで出ていた。
既に10万件の閲覧があり、その前のラーダースーツなどの動画とリンクしていた。
「部長の脳には、悪性のなんかがありますね」
一江が俺の頭を小突きながら言う。
「す、すまんこって」
「はっきり言って、双子ちゃんでもいい加減聞き分けますって。小学生以下ですね、まったく」
「……」
部下たちがこっちを見ている。
俺が手を振り上げると、一斉に下を向いて仕事に戻った。
面白くねぇ。
俺は響子の部屋に向かった。
「タカトラー、私にも歌って!」
早ぇ。
さっきから5分も経ってねぇ。
六花もベッドに座って、響子と一緒に俺を見ている。
目が「さあ、どうぞ」と言っている。
「今度、カラオケででもな」
「あ、いいですね!」
六花が響子に「カラオケ」の説明をした。
「うん! 絶対行こうね!」
メールの着信があった。
見ると栞からだった。
「今日は二時頃に昼食です。絶対に来ること」
逃げていてもしょうがない。
俺は部屋に戻った。
峰岸が来ていた。
「あ、石神先生!」
「おお、どうしたんだ?」
「一江副部長に、オペの資料をいただきに来ました」
「ああ、宜しく頼むな」
「はい! こちらこそ」
俺は部下の視線が痛かったので、峰岸を部屋に入れて少し話をした。
「どうだよ、調子は」
「はい、いいですよ。石神部長も絶好調ですよね」
「なんだよ?」
「先ほど、一江副部長に動画を見せていただきました」
「あいつー!」
峰岸が笑っている。
「本当に石神先生は面白いですよねー!」
「……」
「あ、またお宅に呼んで下さい。久しぶりに亜紀ちゃんとかにも会いたいです」
「おう。去年は峰岸がいねぇんでお節も作り損ねたからなぁ」
「すいません」
「いや、別にいいんだよ。前は峰岸に亜紀ちゃんがいろいろ教わったって感謝しててな。是非また来てくれよ」
「ありがとうございます」
「あ、そうだ。今日一緒に昼食をどうだ?」
「え、いいんですか?」
「ああ、二時くらいになるけど、大丈夫かな」
「はい、問題ありません」
「石神くん」
「はい」
「それで、どうして峰岸さんがいるの?」
「防波堤的な?」
「あの、お邪魔だったでしょうか」
「「ぜんぜん!」」
二人で一生懸命に否定した。
俺たちは近くの洋食屋「平五郎」に向かった。
カレーが絶品で、他の料理ももちろん美味い。
残念ながら、カレーは木曜日なので今日は食べられない。
カウンターしかないので、込み入った話はしにくい。
俺の計算だ。
「はぁ。あの羽田の動画だけど」
「あ、それさっき私も見ました」
「え、そうなの。だったら話が早いわ。峰岸さんからも言ってやってよ」
「はい?」
峰岸は分かるはずもない。
俺は簡単にネットでのトラブルの話をしてやった。
「なるほど。そういうことがあったんですね」
「まあ、俺が多分に悪いんだけどな。でも最初の方はあの一江の陰謀だから」
俺は一江のマンションのドアをすべてぶち壊した話をする。
「でもそっからは全部石神くんの責任でしょう!」
「はい、すいません」
峰岸がクスクス笑っていた。
「石神先生って、本当に面白いですよね」
「峰岸さん。そんなことを言ってる場合じゃないのよ。本当にこの人は調子に乗るんだから」
「いや、そんな。ただ亜紀ちゃんのために歌を歌っただけで」
「そのせいで、亜紀ちゃんがネットで曝されたらどうするの!」
「花岡先生、そんなに怒らなくても」
「そーだそーだ」
「石神くん!」
カウンターでマスターがびっくりしている。
「まあ、やってしまったことはしょうがないわ。陽子も何かしてくれるだろうし。でも、本当に気を付けてね」
「はい、すいません」
「何かあったら、私も力になりますよ」
「ほら! こういうのだよ、愛っていうのは!」
「ちょっと、石神くん!」
峰岸はまた笑った。
「ほら、峰岸。おかわりはどうだ?」
「いえ、大丈夫です」
栞が睨んでいる。
峰岸を連れてきて良かった。
「石神くん、私もうちょっと食べてもいいかな」
「もちろん。自分のお金で払うんだから、好きなようにするといいですよ」
「えぇー!」
「峰岸はもちろんご馳走するからな」
「ありがとうございます」
「また木曜日に来よう。ここのカレーは世界最高だからなぁ」
「私も平五郎のカレーは好きです」
「そうか! 俺たちは気が合うなぁ!」
「そうですね!」
栞が睨んでいる。
「花岡さんは、あんまりお好きじゃないんだよ」
「そうなんですか」
「私も大好きです!」
マスターがニコニコと笑っていた。
「本当に石神先生はうちのカレーがお好きですね」
「「もちろん!」」
「あ、あたしも」
俺はちゃんと三人分払った。




