顕さんの家 Ⅳ
翌朝、顕さんは早く起きてきた。
俺が降りていくと、顕さんはリヴィングに座り、朝食を作っている子どもたちと話していた。
「おはようございます。お早いですね」
「おはよう。夕べは楽しかったからな。久しぶりにぐっすりと寝て、目覚めが良かったよ」
「そうですか」
俺は顕さんの日々を思った。
誰もいない広い家。
そこにずっと独りで住んでいらっしゃる。
「しかし偉い子たちだな。みんなで食事を毎回作っているのかな?」
「はい。最初は俺が作ってましたが、すぐに覚えてくれて」
「あたしたちはタカさんのドレイだからね!」
「そうだよね! ばしゃうまのように、だよね!」
「おい、お前ら! 当たり前のことを言うな!」
みんなが笑った。
今日は焼き魚とスクランブルエッグ、サラダの朝食だ。
そのほかに、日曜の朝は、特別なものが出る。
御堂家のタマゴだ。
断っていたのだが、どうも定期的に送ってくれるようになってしまった。
「お好きかは知りませんが、日曜日の朝食は、卵かけご飯と決まっているんです」
「そうなのか。俺も好きだよ」
「良かったです。親友の家から送ってくれるものでして。味は最高ですよ」
「ほぉー」
顕さんは卵の味に驚く。
猛然とご飯を掻き込む。
「タマゴは一人二個までだよ!」
ハーが言った。
「バカヤロー! 顕さんは十個までいいんだ!」
「「「「えぇー!」」」」
顕さんが笑った。
「でも、この卵は本当に美味しいな!」
それでも二個しか召し上がらなかった。
子どもたちが朝食を片付け、俺と顕さんはコーヒーを飲んでいた。
「石神くん。本当にお世話になった」
「いえ、いつでもいらして下さい。本当にですよ」
「ありがとう」
「今朝な、またこの家を勝手に見させてもらった」
「ああ、いいんですよ。どんどん見て下さい。ここは「顕さんの家」なんですからね」
顕さんが微笑んでくれた。
「仏間も拝見した」
「はい」
「石神くんのお母さんの位牌の隣に、無名の小さな位牌があったな」
「……」
「あれは、もしかして奈津江のものなんじゃないのか?」
「はい」
「どうして戒名を入れてないんだ」
「俺なんかが奈津江の位牌を持ってるなんて」
「何を言ってるんだ!」
顕さんが大声を出し、子どもたちが何事かと見る。
「君が持っていて当然のものじゃないか」
「すみません」
「君は奈津江の墓を参ってくれているじゃないか。戒名だって知っているだろうに」
「すみません」
「なあ、石神くん。俺からのお願いだ。奈津江の位牌をあそこに置いてくれないか」
「俺なんかがいいんですか?」
「当たり前だろう。君は奈津江の最愛の男なんだからなぁ」
「ありがとうございます」
顕さんは昼前に帰るとおっしゃった。
俺は車で送ると言った。
顕さんは固辞された。
「ダメですよ。重たいお土産と、割れやすいお土産があるんですから」
俺は梅酒の広口瓶と、卵を1ダースを見せた。
一緒に亜紀ちゃんが来たいと言うので、後ろのシートに座らせた。
顕さんの家に着くと、上がってくれと誘われた。
俺と亜紀ちゃんはお邪魔して、仏壇を拝ませてもらった。
亜紀ちゃんは、笑っている奈津江の顔をじっと見つめていた。
俺たちはお茶をいただき、早々に辞した。
「本当にありがとう。あんなに楽しかったのは久しぶりだ」
また顕さんがそう言った。
「またお誘いしますので、いらして下さいね」
「ああ、是非頼むよ」
玄関で見送ってくれる顕さんの後ろに、薄暗い廊下が続いていた。
俺たちは帰った。
「綺麗な人でしたね」
亜紀ちゃんが言った。
奈津江のことだ。
「ああ」
「顕さんは寂しそうでしたね」
「そうだな」
俺は顕さんが奈津江のために結婚しなかったことを話した。
「自分が嫁さんをもらったら、奈津江が遠慮するようになるって。だから奈津江が結婚するまでは、自分もしないって思ってたそうだよ」
「そうなんですか」
「でも、奈津江が死んでからもずっと独り身だった」
「どうしてでしょうかね」
「奈津江が死んだから結婚する。そういう考えができなかったんだよ」
「……」
「タカさん」
「なんだ?」
「やっぱり、タカさんは傷だらけですね」
「顕さんの話だろう」
「いいえ。タカさんも悲しそうです」
「そうか」




