顕さんの家 Ⅲ
子どもたちも風呂に入り、みんなでリヴィングで雑談した。
「あの、顕さんってタカさんとどういう関係なんですか?」
皇紀が聞いてきた。
俺は大事な方としか言っていなかった。
「ああ、俺が学生時代に付き合っていた人のお兄さんなんだ」
「「「へぇー!」」」
顕さんが俺を見ている。
いいのか、と言っている目だった。
俺は軽く頷いて続けた。
「本当に好きな人でな。今でもそうだ。だけど亡くなってしまった。こないだ偶然にお会いして、懐かしくてお誘いしたんだ」
子どもたちは納得したようだ。
亜紀ちゃんはもちろん分かっている。
「亜紀ちゃんとこないだ出掛けた時に、顕さんの話になったんだよ。それで先週電話して、来てもらったのな」
「そうなんだ」
ルーが言った。
いつもは誰にでも遠慮なくおしゃべりをしたがる奴だが、今日は何か察してくれたらしい。
「これからもちょくちょく来てもらいたいから、みんな宜しくな!」
「「「「はい!」」」」
「それと、今度別荘にも来てもらうから。あの屋上のアイデアをくれたのは、顕さんなんだぞ!」
「「「「エェッー!」」」」
「いや、最初は石神くんがだな」
「どうだ! 顕さんを尊敬するだろう?」
「「「「ハイ!」」」」
子どもたちは口々に、あの屋上のガラスの通路の部屋を褒め称えた。
「ロマンティシズムの塊ですよね!」
皇紀が言う。
双子も負けじと感動したことを話した。
「私たちは一昨年の夏に両親を突然亡くしたんです。父の友人だったタカさんが引き取ってくれて。それであの別荘に連れてってくれたんですね」
亜紀ちゃんが話した。
「私たちは大きなショックを受けていたんですけど。でもあの場所に入ったら、本当に生まれてきて良かったって。両親に感謝することが出来たんです」
「そうだったのか」
顕さんが、亜紀ちゃんに言った。
「あの場所を作って下さって、ありがとうございました」
「「「ありがとうございました!」」」
「いや、俺は」
「顕さんのお陰ですよ。あの日に奈津江と一緒に顕さんとお話できたからです」
「そうか」
俺はこの家も顕さんのアイデアなのだと説明した。
俺の寝室やバスルームの音響装置。地下室のことやサンルーム。
様々なものを教えた。
「このテーブルもそうなんだぞ」
「この大きなテーブルですか?」
亜紀ちゃんが驚く。
「俺の寝室の周りに子どもたちの部屋を作るというのも、そうなんだ。まあ、これはお前たちが来てくれたから実現したんだけどな」
「エヘヘヘ」
亜紀ちゃんが笑い、他の三人もニコニコした。
「さあ、今日はもう部屋に戻れ。俺は顕さんとゆっくり酒を飲みながら話すからな」
「「「「はーい!」」」」
子どもたちが出て行った。
「じゃあ、顕さん。何を飲みましょうか」
「そうだなぁ。今日はお腹も一杯だから、ちょっと軽いものがいいかな」
「それじゃあ梅酒にしましょうか。もうちょっと強いのが欲しくなったらその時に」
「ああ、いいね!」
俺はバカラのグラスに丸い氷を入れ、梅酒を目いっぱい注いだ。
ししゃもを炙り、チーズも切って簡単なつまみにした。
照明を暗く落とす。
「氷までオシャレだな」
「そう言って欲しくてやりました」
乾杯する。
「今日は、本当に楽しかった。ありがとう」
「いえいえ。こちらこそ。顕さんにやっと家を見てもらえて嬉しかったです」
「いい子たちだな」
「ありがとうございます。ちょっと異常な部分もありますが」
顕さんが大笑いした。
「あれはスゴイよなぁ。あんなの見たことないぞ」
「ライオンだって、もうちょっと大人しく喰いますよね」
「ああ」
「少なくとも、兄弟に蹴りはぶち込みません」
「あははは」
「鍋とか、自由に奪い合う食べ方がダメなんですよ。皿に分けて食べると、案外普通なんですが。まあ、結構喰いますけどね」
顕さんがまた笑った。
「どうしてそうなのか、俺にも分からないんです。最初のうちは違ったと思うんですが。まあ、うちに来て遠慮がなくなったのかもしれませんけど」
「石神くんは、よくあの子たちを引き取ったね」
「そうですねぇ。あんなピラニアだと知ってたら考え直したかもしれません」
顕さんは大笑いした。
「そうだよな。あれは大変だ」
「でも、お客を呼んで楽しんでもらえる、猛獣ショーみたいな部分もあってですね」
「うんうん」
「誰もが驚いてくれます」
「そうだな!」
「それに」
「ん、なんだ?」
「さっきも言いましたが、あいつらが来てくれたお陰で、奈津江との話が実現しました」
「ああ、そうだったな」
顕さんが微笑んでそう言った。
「ところで、この梅酒は美味いな!」
「そうでしょう! 俺が毎年作ってるんですよ」
「何かコツがあるのか?」
「それはですねぇ……」
俺たちは遅くまで話した。
二十年間の隙間を埋めるかのように、いろんな話をした。
ただ、奈津江の話はどちらからも出なかった。
俺たちは、ただ、楽しいだけの夜を過ごしたかった。




