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星の家族:シャルダンによるΩ点―あるいは親友の子を引き取ったら大事件の連続で、困惑する外科医の愉快な日々ー  作者: 青夜


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顕さんの家 Ⅱ

 日が沈みかけてきた。



 俺は顕さんに階段を見て欲しいと言った。


 西日が差し、階段のガラスが、美しい虹色を拡げている。



 「こ、これは!」


 「ね、いいですよね。大工の棟梁がやってくれたんですよ」


 「素晴らしいな! 俺もこんな発想は無かった」



 

 「これは、寝室の十字架の図面を見た棟梁のアイデアなんです。その当時は階段にガラスを埋めたいってことだけで。信頼できる方だったんで、了承したんです」

 「そうか」


 「家の受け渡しが終わって、しばらくしてからですよ、気づいたのは」

 「なんとも、粋な話だな」


 「そうでしょ! 俺もそう思いました。棟梁にすぐ電話したら、「喜んでいただけて何よりです」って。それだけなんですよ。本当に粋な方でした」

 「俺も会いたかったなぁ」


 「それからしばらくして亡くなって。その少し前に尋ねて来られて、何か不具合は無いか聞いてきたんです」

 「そうかぁ」




 俺たちは虹が消えるまで、階段にいた。







 「さて、そろそろ夕食にします」

 「そうか。悪いな、ご馳走になってしまって」


 「何言ってるんですか。これまでできなかった兄さん孝行をさせてください」


 顕さんは嬉しそうに笑ってくれた。






 子どもたちが鍋は準備してくれている。

 俺は最終的な味の調整と、材料の確認をする。




 「いいか! 今日は絶対命令だ!」

 「「「「はい!」」」」


 「今までは大事なお客さんでも、お前たちの無茶は目を瞑ってきた!」

 「「「「はい!」」」」


 「でも、今日は絶対に顕さんへのご迷惑は許さん!」

 「「「「はい!」」」」


 「顕さんの箸に触れた奴は、鉄拳の上で家から叩き出す!」

 「「「「はい!」」」」


 「俺はやると言ったらやる! 知ってるな!」

 「「「「はい!」」」」


 「顕さんは、俺の最も重要なお客様だ!」

 「「「「はい!」」」」


 「今日は俺も本気で行く!」

 「「「「はい!」」」」




 「軍隊みたいだな」

 「これだけやってもダメだと思います」


 「え?」

 「ライオンと一緒に飯を食うと思ってください」


 顕さんはよく分かってない。


 「それでは、いただきます」

 「「「「いただきます!」」」」


 「いただきます」






 俺の右に顕さん。

 その続きに亜紀ちゃんとハー。


 反対側に皇紀とルー。



 いきなり顕さんを押しのけてハーが箸を伸ばした。

 その横顔にパンチ。

 ハーは吹っ飛んだ。


 「おい! 石神くん!」


 顕さんが驚いて叫ぶ。

 しかしハーは何事もなかったかのように、再び鍋に走ってくる。


 「!」

 

 亜紀ちゃんが顕さんの前の鯛に手を伸ばす。

 俺は亜紀ちゃんの額にパンチ。

 のけぞって、鯛を掴めなかった。


 「お、おい!」


 「顕さん、早く鯛を!」


 「お、おう」



 皇紀の頭にルーが膝を入れようとする。

 皇紀は左手の肘でガード。

 そのままルーの軸足の膝の裏に肘を入れた。

 思わず座り込むルー。


 亜紀ちゃんがハーを投げ飛ばし、ルーとハーは早くも目配せをして、共同戦線を開始した。



 「おい、石神くん!」


 「さあ、できるだけ鍋を漁ってください!」


 「お、おう」



 俺は顕さんの前に箸を伸ばして来る奴らを、拳で吹っ飛ばしていく。

 誰もダメージは負わない。



 「な、なんなんだ、これは!」


 「生きるって戦いですよね!」


 「そんなこと!」


 「顕さん、これどうぞ!」


 俺は子どもたちを制し、顕さんの器へ入れていく。


 寸胴で別途煮込んでいた食材を追加する。



 また鯛を頂点とする激しい攻防が始まる。






 「次はカニが入りますから、ちょっと一息できます」

 「そうか!」


 顕さんも乗ってきた。



 亜紀ちゃんがカニを取り、しばしカニの身に集中する。

 顕さんはその間に新たな食材をゲットし、自分もカニの足を取った。



 ルーとハーは倒立を繰り返しながら、驚異的なバランスで鍋を漁っていく。

 練習したらしい。


 皇紀はカニを取るとフェイントしながら、別な食材を奪っていく。


 亜紀ちゃんが喰い終わったカニの足をハーに投げた。

 ハーは二本の指でそれを掴んだ。

 皇紀に放つ。


 皇紀が食べていたタラの身に突き刺さった。



 「うぉ!」



 俺は最後の鯛の切り身をまだ鍋に入れていない。

 四人が「なぜ入れない」という目で睨んでいる。

 もちろん、その間も喰っている。



 顕さんの器が空いた。


 俺は鯛を鍋に入れ、宣言した。




 「お手!」



 子どもたちはテーブルの向こうで手を重ねる。


 俺が「お手」を覚えさせるのに、どれほど苦労したことか。




 「顕さん、今のうちに早く!」


 「お、おう」



 「お手」は10秒ももたない。


 顕さんは必死に鯛を器に入れながら大笑いした。



 「アハハハ! 石神くん! 楽しいなぁー!」


 「はい!」





 顕さんは、そうそうにリタイアした。


 「これ以上喰ったら破裂しそうだ。久しぶりにこんなに飯を食ったよ」


 「それは良かったです」



 俺も嬉しかった。


 顕さんのために、熱燗を用意した。



 「今はゆっくり飲んで下さい。後でまた一緒に飲みましょう」

 「ああ、楽しみだな」




 顕さんは、時々鍋をつつきながら、熱燗を飲んだ。

 俺も一緒に飲む。




 子どもたちはまだ戦争だ。

 もう少しで食材は終わるから、少しは落ち着くだろう。



 亜紀ちゃんが、うどんを入れた。

 子どもたちは、もう奪い合うことなく、笑いながら締めを味わっている。


 「こんな楽しい食事は初めてだ。石神くん、ありがとう」

 「まあ、動物園で喰ってるような感じですけどね」


 顕さんはまた大笑いした。

 子どもたちも嬉しそうに見ていた。




 風呂に入ってもらい、俺は顕さんが好きだと聞いていたコルトレーンのライブを流した。


 上がった顕さんは大いに喜んでくれた。



 「映像まで見れるようにしたんだな!」

 「はい。風呂が好きなもんで、ゆっくり楽しみたかったので」


 「JAXONのバスタブか。どこもかしこも最高のものを使ったんだなぁ」


 俺はちょっと照れた。

 顕さんと奈津江と語った夢の家を実現したかった。

 顕さんに認めてもらって、嬉しかった。






 「奈津江が喜んでいるような気がする」





 顕さんがそう言って下さった。



 俺は黙って頭を下げた。

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