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星の家族:シャルダンによるΩ点―あるいは親友の子を引き取ったら大事件の連続で、困惑する外科医の愉快な日々ー  作者: 青夜


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奈津江 Ⅴ

 奈津江が、お兄さんに会って欲しいと言った。


 「あのね、すごく大事なお兄ちゃんなんだ。高虎を紹介したいの」

 「それはいいけどよ」


 「ほんとに!」

 「ああ。だって、奈津江の大事な人なんだろ?」


 「うん!」





 確か、夏休みに入って間もなくのことだ。

 俺たちは弓道部の練習に出ていた。




 顕さんという奈津江の兄は、大きな設計事務所で働いているという。

 父親はいるが、ほとんど海外で生活し、何年も会っていないそうだ。

 奈津江は子どもの頃に母親を亡くし、ほとんど顕さんの手で育てられたという。



 こんな明るい奈津江を育てた方だ。

 きっといい人に違いない。





 顕さんの仕事が終わるのを待って、俺と奈津江は銀座で待ち合わせた。

 明るいグレーのスラックスに半そでのシャツを着た男性が現われた。



 「お待たせしました。奈津江の兄の顕です」


 「こちらが勘違いして付き合ってしまった、石神高虎です!」

 「おい、お前!」


 顕さんが笑った。

 

 「石神です。奈津江さんとお付き合いさせていただいてます」


 「奈津江はワガママで大変でしょう」

 「いえ、そんなことは」


 奈津江がニコニコと笑って俺たちを見ている。






 「今日は僕がごちそうしますよ」

 「いいんですか!」


 

 顕さんは東銀座のビルの地下にある、品のいい居酒屋へ連れて行ってくれた。


 俺と顕さんは生ビールのジョッキを。

 奈津江はカシスソーダを頼んだ。


 「いつも奈津江から、石神くんの話を聞いているんだ」

 「そうなんですか。おい、俺のことは良いように言ってくれてるんだろうな?」


 「喧嘩ばっかりで、いつも不愛想で、私よりも親友を大事にして、デートがヘタクソって、感じ?」

 「おい、それじゃ」

 

 顕さんが笑っていた。


 「まあ、大体そんな感じですよ」


 「えぇー!」






 「嘘じゃないよね?」

 「うーん、そうだよなぁ」


 奈津江と顕さんが大笑いした。


 「ウソですよ。奈津江は石神くんのことをベタ褒めです」

 「ええ、違うよ、お兄ちゃんひどいよ!」


 奈津江が抗議する。


 「最初に動物園に行ったんですよね? それで猿にリンゴを投げられて、とか」

 「ああ」



 「奈津江が、あんな人は見たことがないって。さすが、自分の彼氏は違うんだって」

 「もうやめて!」




 「大勢の女性が石神くんを狙っているんで、自分なんかきっとダメだと思ってたらしいですよ」

 「お願いだからやめてー!」


 「だから、本当に付き合えるようになって、最高に嬉しいって言ってました」

 「もう、今日は解散!」


 「お前って、二重人格なのか?」

 「なんでよ!」


 「だって、いつも俺に文句ばっかりで殴ってくるじゃねぇか」

 「そ、そんなことないわよ!」






 肴が次々と届く。

 顕さんが全部注文してくれたが、どれも本当に美味しかった。

 居酒屋でサラダなど頼んだことがない。

 しかし、食べてみると口の中がさっぱりし、いいものだと思った。



 「奈津江は子どもの頃からそうですよ。好きになると、相手を虐めて確かめるんです」

 「そうだったんですね」


 「僕も散々やられましたよ。でも、確かめ終わると、今度は甘えてくるようになりますから」

 「へぇー」


 奈津江は真っ赤になって冷やしサラダを食べていた。





 「おい」

 「なによ!」


 「ほら、甘えていいんだぞ!」

 

 俺が両手を広げて「来い!」と言うと、胸を殴られた。


 「まだ確認中のようです」


 顕さんは大笑いした。





 「こんな妹ですが、僕には本当に大事な家族なんです。どうかよろしくお願いします」

 「いえ、こちらこそ」



 奈津江が微笑んだ。



 「それにしても、石神くんはカッコイイなぁ。奈津江、あんまりワガママ言ってると捨てられちゃうぞ」


 「そんなことないもん。高虎は私に夢中だから大丈夫」


 奈津江が俺の顔を見た。


 「はい。夢中です」


 奈津江が俺の頭を撫でてくれた。






 俺は自分が好きな建築家の話を顕さんに質問した。

 安藤忠雄や丹下健三、フランクロイド・ライトなどの建築について話し、顕さんの専門的な説明を拝聴した。



 「いつか自分の家を建てて、寝室には安藤忠雄のあの十字架を採光にしてみたいんですよ」

 「へぇ。石神くんはロマンティストだねぇ」


 「それが人生で一番大切だと思っています」


 「うん、非常にいいじゃないか」


 「東の壁に据えて、毎朝そこから光が差し込む」

 「うんうん」




 「何か、夢みたいな家よね」

 「お前も一緒に寝るんだぞ!」


 「え」


 奈津江がまた赤くなった。

 顕さんは微笑んでいる。





 「顕さんが設計してくださいよ」

 「いや、僕なんかじゃもったいないよ」


 「ダメ! お兄ちゃんがやって!」

 「分かったよ。その時にお前たちが結婚していれば、頑張ってみるよ」


 「ほんとだよ!」


 顕さんは商業施設の設計が今は専門らしい。

 




 「じゃあ、強度的な問題もあるから、寝室は二階かな」

 「三階よ! 石神くんはどんどん私のために稼いでくれるから」

 

 「そうか。でも一面を十字架にすると採光が乏しいな。だったら広いテラスを作って、大きなガラスの扉からテラスに出られるようにするというのはどうかな」


 「あ、それ採用!」


 「おい、俺の家だぞ」

 「「私たちの家」でしょ!」

 「おう、そうか!」



 俺たちは夢の家について話した。

 楽しく、本当に盛り上がった。









 

 俺や奈津江がふざけて提案したことも、顕さんは素晴らしいアイデアで一層の夢の空間を示してくれた。


 子ども部屋を夫婦の寝室の周囲に作りたいと奈津江が言った。


 「じゃあ、しっかり防音対策をしないとな!」

 「よろしくお願いします!」


 奈津江がまた真っ赤になった。


 俺と顕さんは大笑いした。

 








 俺の家は顕さんには頼めなかった。

 でも、あの日に顕さんが話してくれたことは、多くが実現されている。 

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