あゝ、星が降ってくる。: モーリス・メーテルランク『ペレアスとメリザンド』より
子どもたちにライダースーツを作った。
下の三人は安いものだったが、亜紀ちゃんには本格的なものを作る。
亜紀ちゃんは身長が一年半で5センチ伸び、170センチを超えた。
トレーニングルームをよく使っていて、筋肉が引き締まっている。
見たことはないが、腹筋も割れているらしい。
2月の終わりの土曜日の午後三時。
俺は子どもたちを交代でドカティに乗せてやった。
ルーから乗せる。
「安全運転でお願いしますね」
亜紀ちゃんが心配そうにそう言った。
「ああ。でもこいつらって100キロ以上で吹っ飛んでも平気そうだけどな」
俺の実感だ。
とんでもない身体能力と、花岡の「金剛」で身体を強化できる。
「ぜったいにやめてくださいね!」
亜紀ちゃんが怖い顔で言った。
「はい」
ルーは最初から大喜びだった。
バイクに乗ったのは初めてのはずだ。
ドカティのエンジンは慣らしが終わると、驚くほどに粘り強くなった。
15分ほど走って戻った。
ハーも大喜びだった。
ウイリーをしてやると、絶叫してもっとやってと言う。
皇紀は少し緊張していた。
「しっかり俺の腰に手を回して掴んでろよ!」
「はい!」
出発するとすぐに慣れたようだ。
風を切る感覚を味わっている。
途中で路肩に寄せて、缶ジュースを二人で飲んだ。
「どうだよ?」
「最高です! バイクっていいですね」
「そうだろう! 車と違って、「走ってる」という感覚が強いよな」
「はい!」
亜紀ちゃんの番になって、俺は少し遠くまで走ると言った。
皇紀たちに、夕飯の支度をするように言う。
俺は大好きな羽田空港へ向かう。
夕陽が沈みかけている。
「どうして私だけ多く乗せてくれるんですか?」
途中で亜紀ちゃんが聞いてきた。
お互いにインカムを装着している。
「亜紀ちゃんにはいろいろと、いつも苦労をかけているからな」
「そんな」
「それにな」
「はい」
「なんとなくだ!」
亜紀ちゃんは嬉しそうに笑った。
ライダースーツの亜紀ちゃんが綺麗だったから、とは言わなかった。
亜紀ちゃんはしっかりと俺に身体をくっつけていたが、慣れてくると自分でバランスを取り、景色を楽しむ余裕が出てくる。
元々、双子以上に身体能力が高い。
首都高でスピードを出した。
液晶の数字がみるみる上がっていく。
亜紀ちゃんは怖がらすに楽しんでいた。
羽田空港にはすぐに着いた。
やはりバイクは早い。
いつものように、第一ターミナルの展望デッキへ向かった。
薄暮れの景色が美しかった。
「いつも綺麗ですねー」
亜紀ちゃんがうっとりと外を眺める。
「彼氏とかと来いよ」
「えぇー! いないですよ」
「今後の話だよ!」
「私はタカさんでいいです」
「なんだよ、それは」
「ずっとタカさんでいいんです」
「そうかよ」
俺は亜紀ちゃんの肩を抱き寄せてやった。
亜紀ちゃんが緊張しながら、俺の肩に頭を寄せてくる。
重みがねぇ。
そっと触れている程度だ。
「俺は亜紀ちゃん以外の女とも来るぞ」
「それは、いいんです」
「そうか」
「はい」
二人でそのまま、黙って外を見ていた。
他の客が俺たちに振り替える。
亜紀ちゃんは美しかった。
「ちょっと小腹が減ったな!」
「そうですね」
俺たちは4Fのノースカフェに入り、大ぶりのホットドッグを食べる。
「タカさん! ソーセージが飛び出してますよ!」
嬉しそうに亜紀ちゃんが言った。
「普通は「夕ご飯が入らなくなりますよ」ってとこだけどな」
「え?」
「全然心配の必要はねぇな」
「もーう!」
亜紀ちゃんは美味しそうにかぶりつく。
亜紀ちゃんがもう一度展望デッキに行きたいと言うので、また戻った。
「本当に綺麗……」
≪現実に めざめるな 宝石の限りない 眠りのように≫
「なんですか? 綺麗な言葉ですね!」
「西脇順三郎の『宝石の眠り』の中にある言葉だよ」
「素敵です」
「人間はな。美しさの中に眠るものを見ていればいいんだ。他のことなんか、どうでもいい。それに苦しめば、魂が汚れる。まあ、それも人間なんだけどな」
「……」
「亜紀ちゃん」
「はい」
「俺のことが好きか?」
「はい」
「だったら、その心を通せよ」
「はい」
亜紀ちゃんが自分から俺の肩に頭を乗せる。
重みを感じる。
≪あゝ、星がみな降ってくる≫(Oh! Toutes les etoiles tombent!)
「それも素敵……」
「モーリス・メーテルランク『ペレアスとメリザンド』」
「……」
外は暗く、星が見える。
「もう、何もいらねぇよな」
「はい、ほんとうに」
「じゃあ、今日は夕飯はいらねぇと電話しとくな」
「ちょっとだけ待ってください!」
俺たちは二人で笑った。
帰りの間、亜紀ちゃんはずっと、俺の背中を抱きしめていた。




