紅の友 Ⅲ
土曜日の午前。
俺は六花に電話をしていた。
「どうだったよ、夕べは」
「はい。三人で楽しく話ができました」
「そうだろう? お前はよく人間関係でビビッているけど、やればいいんだよ、やれば」
「はい、毎回石神先生の仰るとおりです」
「それで、お前のエロコレクションは見せてやったのか?」
それは軽いジョークのつもりだった。
「はい。石神先生がどのようにお使いになったかもちゃんと説明いたしました」
「……」
「おい、今日は俺の家に来るな」
「エェッー! なんでそんなぁ!」
まあ、ぶっ壊れた機械を調整しなかった俺が悪い。
そんな気がしないでもない。
「分かったよ。ちゃんと待ってるからな」
「あ、ありがとうございますー!」
午後になって、三人がやって来た。
「おう、よく来たな! まあ入ってくれよ」
二人が黙っている。
「おい、六花?」
「すいません。石神先生のお宅のことを話していませんでした」
「?」
「「すげぇー」」
どうやら、俺の家を見て驚いているらしい。
「ああ、そうだ。二人とも車が好きだったよな。じゃあガレージに行こうか」
フェラーリ・スパイダーは前に見ている。
ベンツAMGとハマーH2を見せてやった。
「「すげぇー!」」
放心状態の二人を連れて、改めて中に入った。
「石神さんって、とんでもないお金持ちだったんですね」
「フェラーリやあの時の服装で、そうは思ってたんですが、想像以上でした」
「そんなことはないよ。さあ、上がってくれ」
二人をリヴィングへ連れて行く。
「「「「いらっしゃいませー!!」」」」
子どもたちが挨拶する。
勉強中だ。
俺が二人を紹介し、子どもたちも一人ずつ紹介した。
「そして、こちらが「紅六花」初代総長の六花さんだ」
「夜露死苦!」
子どもたちが笑う。
「悪いな、今子どもたちは勉強中なんだ」
「いいえ、私たちにお構いなく」
「石神さんのお子さんたちですから、さぞ頭がいいんでしょうね」
「そうだな。百点以外は取らなくなったな」
「「すげぇー!」」
「六花だって、俺の「女」なんだから、結構勉強してるぞ?」
「え、そうなんですか!」
「当たり前だろう。バカは俺とは付き合えねぇよ」
「はぁー」
タケがため息をもらす。
「石神さんは、あたしらとはまったく違う世界のお方なんですね」
「何言ってんだよ。お前らも勉強しろよ」
「いえ、あたしらはほんとに頭が悪いんで」
「おい。バカに店の経営やホテル経営ができるわけねぇだろう」
「?」
「実際に見たから分かるけどよ。お前ら毎日いろいろ考えてやってるんじゃないのか?」
「そりゃそうですが」
「ホテルの朝食、美味かったぞ。あのヨーグルトなんか絶品だ。フルーツがまた良かったよなぁ、六花!」
「はい、とても美味しかったです」
「あ、あれはうちのレストランで出してるものを持ってこさせました」
よしこが言った。
「わざわざかよ。それは大変な世話になったもんだな」
「いえ、とんでもありません」
「タケの飯も美味かったぞ」
「いえ、石神さんのチャーハンこそ、あんなものは食べたことがありません」
「まあ、俺も勉強してるからな」
「勉強って、そういうことだよ。六花だって、昨日の響子のためにいろいろ勉強してるってことだ。自分の「道」なんだから、当たり前よな」
二人は真剣な顔になっている。
「子どもたちだってなぁ。今は学校の勉強が仕事なんだから、その責任を果たしているだけよ。人間っていうのは、そういうもんだろう?」
「はぁ」
「お前らは学校の勉強はあんまりやらなかったようだけどな」
三人で笑う。
「まあ、学校の勉強なんて、どうでもいいけどな。でも、自分の「道」はしっかりやってくれよな」
「「「はい!」」」
俺たちは、1階の応接室へ移動した。
亜紀ちゃんがコーヒーを煎れてくれる。
「石神さん」
タケが言った。
「なんだ?」
「総長の部屋に寝かせていただいたんですが、すごいですよね」
「ん?」
「壁中に石神さんの写真が」
「あぁー! お前剥がせって言っただろう!」
「できませんと言いました」
「なにぉー!」
タケたちが笑っていた。
「聞きました。枕元の写真は石神さんが総長のために」
「いや、あれはな」
異常に恥ずかしかった。
別に秘密のものでもなんでもないが、タケたちに俺の心を覗かれたような気がした。
「総長は幸せ者です」
「ありがとうございます」
「お、おう」
六花が赤くなってニコニコしている。
六花は、響子の様子を見てくると言い、数時間タケとよしこを頼みますと言って出て行った。
「あ、そうだ! すいませんでした、渡し忘れてました」
タケが俺に大きな筒をくれた。
拡げてみると、六花と「紅六花」の集合写真だった。
A1サイズに引き伸ばしてある。
そして、周辺の空間にビッシリと寄せ書きが書いてある。
すべて俺への愛情に溢れた言葉だった。
「三回やり直しました」
「どういうことだ?」
「みんなが書きすぎて、全員が納まらなくて」
「そうか……」
六花の墓参りのあの日、集まってくれた連中なのだろう。
もしかしたら、後日に俺の話を聞いて書いてくれた奴もいるのかもしれない。
一人一人の顔はほとんど覚えていない。
覚えているのは、ただ、みんなで六花を慕って騒いでいたことだけだ。
「俺なんかのために、本当にありがとうな」
「いえ、私らこそ、石神さんには感謝してるんです」
「そうかよ」
申し訳なさで一杯だった。
本当に、俺なんかのために。
そして、タケとよしこが話してくれた。
「紅六花」の物語だ。
六花と、どうしようもなく優しい連中の、最高に素晴らしい物語だった。




