双子の家出。 そんなに悪いことしてないのに!。Ⅲ
夕飯は、亜紀ちゃんと皇紀の二人で作った。
肉野菜炒めとシウマイだ。
俺には別途、太刀魚の焼き物がついている。
全体にいつもよりずっと量は少ない。
「あ、今呼びに行こうかと思ってたんです!」
亜紀ちゃんが無理に明るく言う。
俺は黙って席について、独りで食い始めた。
「い、いただきまーす」
「いただきます」
三人で黙々と食べた。
「不味いな」
「す、すいません! すぐに作り直します!」
俺が言うと、亜紀ちゃんが即座に立ち上がって言った。
俺が手招きすると、覚悟を決めたように緊張した顔で来る。
「申し訳ありません!」
腰を折って謝る亜紀ちゃんの頭を、俺は優しく撫でた。
「やっぱりよ、「二味」も足りねぇよなぁ」
「はい?」
「こんな不味い食事は久しぶりだ。何とかしなきゃな。お前らもそう思うだろ?」
「「はい!」」
「今晩は我慢してくれ。明日は美味い飯にしよう」
「「はい!」」
俺たちは黙々と食べた。
亜紀ちゃんが泣いていた。
「あいつらはどうですか?」
「あ、やっぱり分かってた? ウフフ」
俺が電話すると、静子さんが悪戯っぽく笑った。
「そりゃ、あいつらの親ですからね。どう行動するのかはちゃんと分かりますよ」
「そうよね。私も丁度電話しようと思ってたの。今、お風呂に入ってるのよ」
「本当に、お手数をおかけして申し訳ありません」
「いいのよ。文学ちゃんも大喜びなんだから」
「それは……」
「あのね、詳しいことはわからないけど、あんまり叱らないでやってね」
「それは出来ません。きちんと自分がやったことにはけじめを付けないと」
「あー、石神さんはそういう人だものねぇ」
「院長はどうしてます?」
「それがね、一緒にお風呂に入ってるの」
「それはまた」
「あの子たちなりの、恩返しなんじゃないの?」
「本当にもう、なんとお詫びすればいいのか」
「そんなこと気にしないでね。うちも楽しいことばかりなんだからね」
「すみません。今晩は泊めていただいて宜しいですか」
「もちろん!」
「では、明日の朝に迎えに行きます」
「うん。あ、でもね、文学ちゃんは二人の話を鵜呑みにしてるから、気を付けてね」
「分かりました」
双子がどんな言い訳をしたのかも、大体想像がつく。
翌朝。
俺は軽く食事をしてから、院長の家に向かった。
亜紀ちゃんと皇紀が見送りに出てくる。
「すみません、宜しくお願いします」
「ああ、一応包帯とかは準備しておいてくれ」
「ヒィッ!」
皇紀が脅えた声を上げる。
「冗談だ、バカ!」
亜紀ちゃんが笑った。
俺はハマーを西池袋へ向けた。
「あなた! 石神さんが見えましたよ」
「よし、俺が出る。お前は二人と一緒に奥にいなさい」
「はいはい」
「おう、石神! お前、よく面を出せたもんだな!」
俺は深々と一礼して、玄関の奥に向かって叫ぶ。
「ルー! ハー! 帰るぞ! 出て来い!」
奥から双子が顔を出す。
「これが最後だ! 来なければ、俺は二度とお前たちを家に入れない。ここの子になれ!」
「「やだよー!」」
二人が泣きながら駆け寄ってくる。
俺はルーの頭を持って右の頬を、ハーには回し蹴りを同じく右の頬に入れる。
二人は壁に激突した。
「お前! なんてことを!」
「さあ、帰るぞ!」
「「はい!」」
何事も無かったかのように、二人は立ち上がった。
既に頬は腫れ上がっている。
「ちょっと待て! 今手当てを」
「本当にうちのバカ娘たちがご迷惑をお掛けしました。この詫びは、必ず後日に」
「そんなことはどうでもいい! すぐに俺が」
俺は双子に靴を履かせ、そのまま両脇に抱えてハマーに放り込んだ。
双子は笑っている。
「おい! 石神!」
「あなた、人様の家のことに首を突っ込み過ぎですよ」
「そんなこと言ったって」
「大丈夫ですよ。石神さんは優しい方ですから」
「そうだけどなぁ」
ハマーが狭い道を走って見えなくなるまで、お二人は見送ってくれていた。
車の中で、何度も二人は俺に謝ってきた。
家に帰ると、玄関で亜紀ちゃんと皇紀が待っていた。
「「ごめんなさいー!」」
双子が駆け寄って抱きしめられる。
「まったく! どんなに心配したと思ってるの!」
「そうだよ。本当に大変だったんだ」
亜紀ちゃんと皇紀が口々に双子を責めた。
双子の顔が腫れているのは見ているはずだが、それについては何も言わない。
「みんな、リヴィングへ上がれ」
みんなでテーブルを囲んだ。
「いいか、俺は失敗についてはそれほど怒らない。もちろん、やったことについては覚悟しろ。でもな、俺が感情的に怒ることは絶対にない」
「「「「はい!」」」」
「今回のことは、一言も謝らずに姿をくらましたことだ。しかも俺の恩人の院長のお宅にまで迷惑をかけやがって。俺は俺の顔に泥を塗るなと言ったはずだぞ?」
「「「「はい!」」」」
「俺も思い入れのあるものだったんで、多少は感情的なこともあったかもしれん。でもやったからには、それも踏まえて覚悟しろ」
「「「「はい!」」」」
「まあ、思い切りぶん殴ったからな。絵を壊したことに関しては、これで終わりとする」
「「すいませんでした!」」
双子は泣いて謝ってきた。
「よし! じゃあ二人は俺と一緒に映画を見よう!」
「「はい!」」
明るく笑って一緒に地下へ向かう。
亜紀ちゃんはハンカチで目を押さえながら笑い、皇紀も笑顔で階段の上から俺たちを見ていた。
「じゃあ、二人ともこっちへ来い!」
「「はい!」」
俺は用意してあった手錠を二人に後ろ手にかけ、そのまま足をザイルで何重にも縛る。
「た、タカさん、どうして縛るの?」
「映画を見るんですよね?」
「そうだよ。お前たちが途中で逃げ出さないようにだ」
「「エ?」」
俺は『封印流出動画』をセットした。
「これはな。一般の人が偶然に撮った恐ろしい心霊動画を集めたものだ。世の中には、不思議で恐ろしいものがあるんだな」
「タ、タカさん、どうかお願いします!」
「もう、二度と悪いことはしませんから、許してください!」
「ダメだな」
「さっき、絵を壊したことはもう」
「絵を壊したことはそうだ。でもな、俺が絵を喪った悲しみと、お前たちが一晩帰らなかった寂しさはまだどうしようもなく俺の心を傷つけたままだ。その分だな」
「いえ、どうか怖い映画だけはぁー!」
「絶対に無理ですからぁー!」
「じゃあ、始めるぞ」
双子はギャーギャーと騒いだ。
怖すぎて目を閉じられない。
見終わった。
冷や汗を大量にかき、呼吸が荒い。
「お前たちは双子だからな。一本で済むと思うな」
「「!!!!!!!!!」」
俺は『封印映像』の最恐の一本を流す。
探偵が浮気調査で潜入したアパートの部屋で見たものとは……
「「ギャァーーーーーーーーーーー!!!!!!!」」
双子は白目を剝いて気絶した。
翌朝から、俺は二人に丁寧に起こされるようになった。
二人を抱き寄せ、顔をペロペロしてやると喜ぶ。
一週間もすると次第に飽きてきて、俺はハーをベッドに引き込み、卍固めをした。
ルーにも技をかけようとすると、「ハッ!」と言って飛びのく。
ガチャン。
部屋の隅に置いていた、ジャコメッティの彫刻がへし折れた。
双子は同時に気絶した。




