双子の家出。 そんなに悪いことしてないのに!
のんびりと、年末年始を過ごした。
今年は特におせち料理にも凝らず、亜紀ちゃんが中心となり、ある程度のものを用意した。
一江や大森たちはやりたいようだったが、去年活躍してくれた峰岸も今年は実家へ帰るとのことで、断った。
年末に響子と六花を招いたが、ゆったりと響子を可愛がったくらいで、特別なことは無かった。
初詣も、今年は北さんたちとは別になったようで、助かった。
しかし、正月三日に事件は起きた。
「タカさーん! 朝ごはんだよー!」
双子がいつものごとく、起こしに来た。
子どもたち、特に双子は、俺がのんびり過ごしていたせいか、体力を持て余し気味だった。
今日は二人で側転とバク転で迫ってくる。
どう着地するつもりか。
俺はぼんやりと見ていた。
ルーがベッドの端に引っかかった。
そのまま、横倒しになり、バク転をしていたハーが避けようと跳び上がった。
慣性の法則により、ハーは俺の上を通り過ぎ、ベッドの枕元の壁に架かっている、リャドの30号の絵画を踏み抜いた。
三人で硬直する。
「おーまぁーえーらーーーー!!!!!
俺が怒鳴り切る前に、双子は吹っ飛んでいって消えた。
リャドの『カンピン夫人』が、ホラー映画のように捻じ切れていた。
顔を洗い、リヴィングに下りると、亜紀ちゃんと皇紀が蒼褪めていた。
「タカさん! すいませんでした!」
「すいません!」
二人が土下座する。
「ルーとハーはどこだ!」
「あの、逃げました」
「なんだとぉー!」
1分もしない間の出来事だった。
双子は、俺の寝室の絵を「ちょっと」壊したので、しばらくほとぼりが醒めるまで家を出る、と言ったそうだ。
既に着替えていたので、コートなどを持って、急いで家を出て行ったそうだ。
亜紀ちゃんも皇紀も、止める間も無かったと言っていた。
ウインナーと目玉焼きを咥えて行った。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「ハー、これからどうしよっか」
「うーん。タカさんが怖くて、とりあえず逃げちゃったけど、考えてないよねー」
「「うーん」」
家から1キロ離れた公園で、二人でベンチに腰掛けている。
前に石神が犬にのしかかられたベンチだ。
「とにかくさ。お腹減ったじゃない。何か食べながら考えようよ」
「そーだね!」
二人は、JR中野駅に向かった。
「どこもやってないねー」
「うん。まだお正月だもんねー」
店はどこも閉まっている。
空腹と寒さに耐え切れず、普段は入らないハンバーガーショップへ入った。
5個ずつ注文して、2階席でかぶりつく。
「あー、やっぱ美味しくないや」
「うん。でもしょうがないよ」
とりあえず、空腹は解決した。
ポタージュスープを啜りながら、この後の行動を話し合う。
「このスープもゲロマズだね」
「タカさんのコンソメ、美味しかったー!」
「やめよう、むなしくなる」
「そうか」
「まずは、今日は家に帰らない。これは決定だよね」
「うん。今日はタカさんの怒りマックスだから、夜でもヤバイよね」
「それにさ、明日になったらタカさんも心配して、もう帰っただけで大泣き、とか」
「それだ! 最近タカさん、よく泣くよね!」
二人は意見の同意をみた。
「じゃあさ、次に考えるべきは、どこで寝るかだね」
「ホテルでいいんじゃない? お金は十分にあるんだし」
「そうだね。じゃあ、今日は豪遊しちゃうか!」
「さんせー!」
二人は電車を乗り継ぎ、赤坂のニューオータニへ行く。
「ごめんなさいね。保護者の方と一緒じゃないとお泊めできないのよ」
フロントのきれいなおねーさんがそう言った。
「「チッ!」」
レストランも入れなかった。
「「チッ!」」
「ねぇ、ルー。やっぱり子ども二人じゃダメなんだよ」
「そうだね。じゃあ、どこかの家に泊めてもらうか」
二人はロビーで相談している。
「リッカちゃんは? 広いマンションに独り暮らしだって」
「ダメダメ。リッカちゃんはとにかくタカさん大好きだから、絶対黙ってないよ」
「そうかー。じゃあ花岡さんもダメだよね」
「そう、ベタ惚れだからねー」
「「うーん」」
御堂さんち。
遠い、それに親友に迷惑かけたと、怒りが十倍。
便利屋さん。
いい人なんだけど、ちょっとキモい、家汚そう、ゴキ出そう、家無いかも。
一之瀬さん。
やっぱタカさん信者。
緑子さん。
連絡先知らない。
「うーん、行き詰ったね」
「どっかにいないかなー。私たちのことが大好きで、タカさんに対等以上の人」
「「うーん。ん?」」
「そうだ!」
「それだ!」
「でも連絡先、知らないよ?」
「大丈夫、こないだ家の地番を見たから!」
「さすがハー!」
二人は西池袋へ向かった。
「はーい! あらあら、どうしたの二人とも」
優しく、にこやかに聞かれた。
「あのね、私たち、家出してきたの」
「タカさんのね、大事な絵をちょっとだけ壊しちゃったの」
「タカさんがもの凄く怒ってるの」
「死んじゃうかも、って思って逃げてきたの」
「あらあら、そうなの。じゃあ、とにかく入って温まってね。すぐに何か作るからね」
奥さんは二人を家に上げてくれた。
双子は背中を向けられた瞬間に、ガッツポーズをとる。
「なに? 石神の双子が来たって?」
「ええ、何か石神さんの大事な絵をちょっと壊しちゃったとかで、怖くなって逃げてきたんですって」
「なんだ、あいつも器が小さいな。子どもがやったことで目くじらをたてやがって」
「とにかく上がってもらってますから。今簡単なお食事を作ります」
「ああ、そうしてやれ。あ、そうだ、あれを出してくれ! 急いで」
「はいはい」
クスクスと笑い、奥さんはヘンゲロムベンベの衣装を出した。
「やあ、二人とも! よく来たね!」
うどんを啜っていた二人が、目を丸くして見ている。
「話は聞いたよ。ここに好きなだけいるといい。石神には俺からよく言っておくからね」
「あの、ヘンゲロムベンベ様」
「なにかな?」
「私たち、もう9歳です。いい加減、精霊なんて話はいいんですよ」
「へ?」
「表札もちゃんと読めますから」
「ちゃんと地番でここまでたどり着いてますから」
「そ、そうなの」
脂汗が流れる。
「でもさ、折角着たんだから、しばらくこの恰好で」
「まあ、蓼科さんがいいんならいいんですけど」
「そ、そうか」
「それじゃ、俺のことは文学って呼んでくれ。俺たちは友だちだからな!」
「はい、じゃあ文学ちゃんで」
「ああ、改めてよろしく」
「「よろしくお願いしまーす!」
文学は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、もうちょっと詳しく話してくれるかな?」
「うん、実はね」
毎朝タカさんを起こしに行く係りなこと。
今日はお疲れのタカさんのために、ちょっとお茶目なカワイらしいパフォーマンスで起こしたこと。
ちょっとだけ失敗して、絵に足がちょこっとぶつかっちゃったこと。
タカさんが鬼のように怒って、顔が腫れ上がるほど殴られるか、もしかすると骨まで折られちゃうこと。
身の危険を感じてしかたなく逃げたこと。
ちゃんと謝ったのに、なこと。
タカさんが落ち着いたらちゃんと謝るつもりなこと。
タカさんは、怒りんぼ過ぎること。
自分たちは、ほんのちょっとだけ悪かっただけなのに、なこと。
でも、あんなに怒ることないの、のこと。
いつも奴隷のごとくに働かされていること。
その疲れもあって、パフォーマンスが失敗したこと。
お腹が空いて、寒かったこと。
二人で泣きながら、やっとここまで来たこと。
奥さんが優しかったこと。
今日、泊めてもらえると聞いて、本当に嬉しいこと。
文学ちゃんは、顔に似合わずにとても優しいこと。
双子は一気に話した。
「そうかそうか。かわいそうになぁ。よし、俺に任せろ! 俺が石神を反対に説教してやる!」
「「やったー!」」
文学は、「今日は目一杯に美味しいものを食べさせてやろう」と妻に言った。
その目に、涙が滲んでいた。
「大丈夫かしらねぇ」
大丈夫なはずはなかった。




