風花からのハム
風花が来た、翌週の土曜日の朝。
「タカさん! 風花さんから荷物が届きました!」
玄関に行くと、亜紀ちゃんが大きな箱を持っていた。
「俺が持つよ」
「すいません、結構重くて」
クール便の荷物だった。
アシュケナージ風花と送り元に書いてある。
キッチンへ運び、開くと、様々なハムが大量に入っている。
「なんだ、気を使わせちゃったなぁ」
まだ給料も安い風花に、大変な出費をさせてしまったと思った。
手紙が入っていたので開いてみる。
小さなカワイらしい字で先週の礼が書かれてあり、本当に楽しかったという言葉が嬉しかった。
六花と仲良くなれたこと、うちでの食事が楽しかったこと、そして俺とのドライブが素晴らしい思い出になったこと。
そして、また遊びに行きたいと綴られていた。
それと、塩野社長さんが俺が送った写真を大変喜んで下さり、広告に使わせてもらった、その礼でハムを送ったということが書かれてあった。
俺が塩野社長さんに子どもたちの大食いの写真を送ったところ、是非宣材として使わせてもらえないかとの申し出があった。
名前を伏せてもらえるのなら、お好きなようになさってくださいと言っておいた。
「肉食獣の饗宴の礼だってさ」
「えー! でもこんなにもらえれば、OKです!」
亜紀ちゃんは上機嫌でハムを冷蔵庫へ仕舞っていった。
油断無く、種類と本数を確認している。
うちの食糧大臣だ。
他の三人は勉強をしていたが、ハムの動きをずっと目で追っていた。
「タカさん」
「なんだ?」
「それにしても、うちって頂き物が多いですよねぇ」
「まあ、そうだなぁ」
俺がよく使う店、デパートやブリオーニ、ダンヒルなどのショップなど。また銀行や株主の会社からの優待商品。病院関係の製薬会社や業者。それと圧倒的に多いのは、患者さんからだ。岡庭からも毎年干物が届く。
菓子折り、ビールやワインなどの酒類、果物などの普通の食品は、量はともかくまだいい。
中には九州からエイリアンみたいな干物や、謎の深海魚なども来る。
それでも、喰えるものならまだいい。
子どもが書いた俺の似顔絵などは、どうしようもねぇ。
地元で高名らしい祈祷師は、わら人形を贈ってきたこともある。
もちろん未使用品で、「効果は保証します」と書いてあった。
そういう、とんでもないものを送ってくる人もいる。
基本的に、患者さんからのお礼は拒否している。
病院の規定でもそうなっている。
しかし、止められるものでもない。
頂かないと説明した上で送ってくるものは、病院でも黙認されている。
金銭やそれに類するものだけは、返金させてもらっている。
「私たちが来る前って、どうしてたんですか?」
「ああ、大体部下たちやナースなんかに配ってたよな」
「一人じゃどうしようもないですもんね」
「うん。もらった部下たちも困ってしまうような量もあったんだが、お前たちが来てから、全然大丈夫だよな」
「エヘヘヘ」
亜紀ちゃんが笑った。
「どんとこい! です」
右手を上げると、他の三人も一緒に上げた。
俺は苦笑して亜紀ちゃんの頭を撫でる。
「そういえば、一度「ダイオウグソクムシ」が送られてきたことがあったんだよ」
「なんですか、それ?」
俺はダイオウグソクムシについて説明してやる。
深海生物だ。
「30センチくらいの甲羅をかぶったゴキブリ、って感じかな」
「げぇー!」
「箱の中で、まだ動いてるんだよ。それが8匹か。あれは参ったよなぁ」
「どうしたんですか?」
「一江と大森にやった。大森が調べて調理したらしい。でも堅かったけど、結構美味かったそうだよ」
「……」
子どもたちの勉強も終わり、みんなでお茶を飲む。
昼食の支度まで、まだ余裕があった。
「それにしても、患者さんたちからのものが圧倒的に多いですよね」
亜紀ちゃんが先ほどの話をまたしてきた。
「そうだな」
「やっぱり、タカさんが何でも治しちゃうから」
「そんなことはないよ」
「でも、響子ちゃんのときだって。あれは奇跡的な快挙だったんですよね?」
「あれは本当の奇跡だ。俺の力なんて関係ないよ」
「でもー」
俺は笑って否定したが、亜紀ちゃんは納得できないようだ。
「俺が手が出せないことだってあるし、大体手を出させてもくれないって場合もあるんだよ」
「どういうことですか?」
「まあ、いろんな事情はあるけど、例えば患者さんが治療を拒否することもあるからな」
「えぇー!」
俺はコーヒーをサーバーからもう一杯注いだ。
「人間はいつか必ず死ぬ。君も僕もあなたもわたしも、全員死ぬんだ」
「はい」
「いつ死ぬのかは分からない。でも、それは自然死や事故死に関してだよな。人間は、自分の死を選ぶことが出来る」
「……」
亜紀ちゃんたちは、俺の話を黙って聞き出した。
「自殺もそうだし、崇高な自決もそうだ。治療を拒否するというのも、そういうことだよ」
「でも、治療すれば治ることだってあるんですよね」
「ああ、そうだな。でも、死が安らぎになることだってあるんだ。六花のお母さんの話はしたよな」
「はい」
俺は、一人の忘れられない人を思い出していた。




