美しい姉妹 Ⅶ
翌朝。
朝食を食べた後で、六花と風花は、また東京見物に行く予定だった。
しかし。
「石神先生。よろしければ、こちらにしばらくいてもよろしいでしょうか?」
六花が言った。
「うちはいいけど、折角なんだから一緒に出掛けてこいよ」
「はい。風花とも話したんですが、昨日で結構見ましたし、今日は少しゆっくりしたいと」
「そうか。じゃあ好きなだけいろよ」
子どもたちは、食事を片付けると日課の勉強を始める。
六花と風花は邪魔にならないように、端で紅茶を飲んでいる。
「みんなスゴイですね」
風花が言う。
「ああ、俺が仕込んだからなぁ。大食いバカだけの連中じゃないんだぞ」
風花が笑った。
「風花、勉強したいか?」
「そうだよ。高校に行きたかったら、私が学費も出すよ」
「いえ、進学はもういいんです。今の会社でずっとやっていきます」
風花に迷いはない。
「なあ、風花」
「はい」
「学校の勉強なんて、大した意味はないんだぞ」
「そうなんですか」
「だって、仕事をしてて因子分解なんて使ったことあるか?」
「あ、ないですね」
「学校の勉強というのは、成績をつけるだけのものなんだよ」
「そうなんですか?」
風花は分からないという顔をする。
「昔は「家柄」だったわけだ。でも戦後は民主主義だから、不公平だって言う連中が多くなったのな。だから別な基準でやることになった。それが学校の「成績」というものなんだ」
「はぁ」
「要は、成績がいい人間が上、というな。その成績をつけるために、テストがある。だから、勉強の内容なんてものは、実はなんだっていいんだよ」
「どういうことでしょうか」
「例えば、石ころを何個積んだかで成績をつけたっていいわけ。要は、明らかに答えが出るものであれば、なんだっていいのな。社会で役立つかどうかは関係ないってことだよ」
「ああ、なるほど。じゃあ、学校の勉強は意味はない、ということですね」
「意味が無い、というわけでもない。成績が子どもの社会の価値観なんだから、優秀であるべきだとは言えるな」
「はい」
六花は腕組みして目を閉じている。
なんだよ、自分は全部分かってる、みてぇな。
「だけどな、「勉強」というものは、大事なことなんだ」
「?」
「学校の勉強は社会で役立たないけど、社会で役立つ「勉強」は大事だ、ということだ」
「分かりました」
「じゃあ、ちょっと付いてきてくれ」
俺は風花と一緒に立った。
六花も立ち上がる。
「あ、お前は寝てていいぞ」
「そんなぁー!」
俺は書庫に案内した。
扉を開けて、二人を入れる。
「わぁー!」
10万を超える蔵書に、風花が驚く。
「俺も、喧嘩バカじゃねぇんだぞ」
風花が微笑む。
俺は幾つかの本を案内しながら、哲学書の書架に行く。
「このエリック・ホッファーという哲学者は、一切学校に行ってないんだ」
「え、そうなんですか!」
「貧民窟で過ごし、図書館に通いながら働いていたのな。三十代で、モンテーニュの『エセー』に出会う。この本な。それに感動して、哲学者になったんだ」
「すごいですねぇ」
「後に大学教授にまでなるんだけど、ずっと港湾労働者として働いていたんだよ」
「どうしてですか?」
「いい運動になるから、だってさ」
風花が笑った。
「だからな、風花。勉強はやらなきゃダメなんだよ。自分の人生を構築するものだからな。勉強をするかしないかで、人生は決まると言ってもいい。真面目に働いて、塩野社長さんの役に立ちたければ、今から勉強しろ」
「はい、でもどうやってやればいいのか」
「大丈夫だよ。俺が教えてやる。今子どもたちもやってるぞ?」
「あれは学校の勉強ですよね」
「学校の勉強はあいつらの「仕事」だ。他にもちゃんと本を読んでる。しかも結構な量だぞ」
「そうなんですか!」
「六花もちゃんとやってるぞ?」
「え?」
「あ、今疑われたぞ、お前」
「風花、ちゃんとやってます」
俺たちは笑った。
俺は暇なら手伝えと、六花と風花に昼食の準備を一緒にさせた。
「風花、料理はできるか?」
「いいえ、あまり」
「普段は何を食べてるんだ?」
「すいません、コンビニのお弁当とか、カップ麺を」
「おいおい、そんなのはダメだよ。ちゃんと料理を覚えろ」
「はい、すいません」
昼食は味噌煮込みウドンだ。
六花は包丁の持ち方から、野菜の切り方まで優しく教えていた。
子どもたちも手伝うと言ったが、今日は任せろと断った。
「美味しい」
風花が言う。
「どうだよ。本当の料理は美味いだろう」
「はい。本当に」
午後は地下で映画を見せる。
やめておけと言ったが、二人とも『パラノーマル・アクティビティ』を見たがった。
「「ギャーーーーー!!!」」
楽しんでもらえて、良かった。
「では、そろそろおいとまします」
「石神さん、本当にいろいろとありがとうございました」
「いや、でも本当にまたどんどん来てくれな。大歓迎だからな」
「はい、必ず」
大阪でも風花はそう言ってくれた。
きっとまた来てくれるだろう。
「あ、ところで」
「ん? なんだ」
「お姉ちゃんは「何バカ」なんでしょうか?」
「「!」」
「い、いや、それはね」
六花がしどろもどろになる。
「あ、ああ、ただのバカ?」
俺が言うと、風花が大笑いした。
送ると言う俺の申し出を断り、二人でゆっくり帰ると言った。
六花は明日も休みをとっている。
美しい姉妹は、俺に手を振って去っていった。
仲良く、楽しめよ。
六花、風花。




