第一回石神家「子育て」会議
子どもたちのカレー大食い大会をよそに、俺と栞は考え込んでいた。
「タカさん、栞さん、カレー無くなっちゃいますよ!」
優しい皇紀が声を掛けてくれる。
もう三度も蹴りを入れられているのに。
「皇紀ちゃん! 余計なことを言わないで!」
また蹴られた。
別に俺たちはお替りしなくてもいいんだけどな。
食後の片づけをみんなでしている。
俺は栞を送るために外に出た。
「ちょっと途中で軽く飲んで来るから」
「はい、行ってらっしゃい!」
二重人格から戻った亜紀ちゃんが笑顔で送り出してくれた。
「どこかでちょっと飲みましょう」
「うん、飲まないといられないわ」
俺たちは近所の肴が美味い居酒屋へ入る。
静岡の港から食材が直送されるので、本当に新鮮で美味い。
最初から熱燗を頼んだ。
「まず、整理しましょう」
「うん」
「一つ目は、双子の今後について」
「そうだね」
「二つ目は、それに関連しますが、双子の言っていた『虚振花』の先がある、という話」
「それは重要ね」
「三つ目は、亜紀ちゃんのこと」
「うーん、それが大問題なのよねぇ」
栞は寿司をつまんでいる。
なんだ、お腹が空いているのか。
「まず一つ目ですが、これはもう習得した技はしょうがないですね」
「そうなんだけど、気になるのは他に何ができるのかということね。それと、あの「幹部」たちのこと。その子たちの仕上がりも気になるよ」
「俺も同じです。今度、花岡さんの道場で見てみますか」
「うん、それがいいと思う。技の種類によっては、本人に危険なこともあるから」
「分かりました。じゃあ、双子に話しますよ」
俺はカレイの煮付けを一口食べ、熱燗を流し込む。
最高に美味い。
「株の件はどうするの?」
「ああ、それは取り敢えず放置ですかね。先物はやらないようにさせれば、問題ないでしょう」
「そうね」
「元金まで溶けちゃっても、問題はないですから」
「なるほど」
一つ目の問題はこれでいい。
栞は寿司を食べ終わり、刺身の盛り合わせを注文する。
この店の魚介の美味さが分かったようだ。
俺は焼き鳥を頼んだ。
「じゃあ二つ目ですが、これは花岡さんに聞かないと」
「そうよね。うーん、もう石神くんには話しても問題ないかな」
栞はヒラメの切り身を口に入れ、驚きの表情を見せた。
熱燗を飲むと、ニコニコしている。
「あのね、あの『虚振花』は、花岡の長い歴史で編み出された、一つの頂点なのね」
「はい」
それはそうだろう。
恐らくは、銃器や砲に対抗するためのものだ。
航空機にも、ある程度は有効なのかもしれない。
「だから、それ以上となると、実は想像もつかないのよ」
「あの技の有効範囲と距離はどの程度なんですか?」
栞は俺の質問に、しばらく沈黙していた。
「ちょっと、それは答えられないかな」
やはりそうか。
「そうですか。俺は、それらが飛躍的に拡大する方法を、双子が手にかけていると思うんですが」
「!」
「まあ、これは双子自身に聞いてみましょう」
「分かった」
「じゃあ、三つ目」
「あー」
熱燗が空になったので、俺は追加を頼む。
「なんで亜紀ちゃんは、出来ちゃったんですか?」
「それは私が聞きたいことです! 石神くんが答えてください!」
栞が拗ねた。
「えーと、天才だから?」
「ぶー!」
なんだよ。
「双子ちゃんは天才よ。間違いない。ほんのちょっとの手ほどきで、あそこまで行っちゃうんだもん」
「そうですね。双子が話していたのは、チャクラのことですよね?」
「うん。まあ、花岡ではちょっと違う体系なんだけど、概ね解釈は同じね。むしろ、どうしてチャクラを動員したのかが不思議なくらい」
「手当たり次第に俺の本を読んでますからねぇ」
「ほら! やっぱり石神くんが原因じゃない!」
俺は、まあまあと言いながら、イカも美味しいですよ、と言う。
栞は刺身のイカの甘みに驚き、親指を立てた。
「「ムーラダーラ」って、一番下にある「根のチャクラ」のことですよね」
「ああ、石神くんって何でも知ってるのね」
「でも、双子はその下にあるって」
「それは話せない」
栞が拒絶する。
イカの刺身を追加する。
「じゃあ質問を変えますが、双子が天才なのは、二人の特殊な能力に関係していますよね?」
「それは間違いないわ。だからその能力で、花岡を超えるかもしれないのよね」
「それで亜紀ちゃんは」
「化け物ね」
「「うーん」」
俺たちは腕組みをして考えた。
「あり得ないのよ、あれは。手ほどきどころか、ちょっと双子の動きを見てただけじゃない」
「そうですよね」
「もちろん、私の実家でちょっと型を教えたわよ? でも、それだけの材料で、なんで奥義まで簡単に会得するの?」
栞も混乱している。
俺はイカを食べろと言う。
「もう話しちゃうけど、亜紀ちゃんが壊した格子窓ね。あれは20ミリの鉄芯が入ってました!、はい、何か言うことはありますか!」
装甲車を破壊できるレベルか。
「花岡さん」
「なによ!」
「ちょっと落ち着いて聞いて欲しいんですが」
「私は酔ってないわよ!」
「亜紀ちゃんと双子が協力したら、どうなります?」
「!!!!」
ほんのりと赤くなっていた栞の顔が、一気に蒼褪める。
俺も自分で言っておきながら、背筋が寒くなった。
「とにかく、この話は俺たちだけの秘密ということで」
「そうね、分かった。私も花岡の家には話さない。絶対に誓うから」
「お願いします」
「近いうちに、うちの道場に子どもたちを集めて」
「ええ、明日はどうですか?」
「もちろん」
俺たちは店を出た。
会計で、大将が「綺麗な奥さんですね!」と言い、栞は喜んでチップに一万円札を差し出した。
栞の家の前で、「また行こうね!」と言われた。
まだ、日常は残っているか。




