小学三年生の女の子が「あのね、できちゃったの」と言うから驚いた話。
11月の初めの土曜日。
俺たちは栞の新しい家に遊びに来ていた。
荷物の片付けと内装が全部終わったから、ということだった。
亜紀ちゃんは前日の金曜の晩から「楽しみだ」と何度も言った。
栞は昼には寿司を取ると言っていたので、俺は子どもたちに軽くサンドイッチを3斤ほど食わせてから伺った。
寿司は十人前頼んでくれたが、なんとか間に合った。
食事のあと、子どもたちに家の中を案内してくれる。
まあ、メインはやはり「道場」だ。
壁の物騒な武器の数々は仕舞われていた。
今日のために用意してくれたらしく、子ども用の道着を着せてくれる。
俺と亜紀ちゃんは遠慮し、皇紀と双子が着替えて、軽く栞が組み手の相手をしてくれる。
双子が庭を見たがった。
「皇紀、見張っててくれ」
「分かりました」
俺と亜紀ちゃんは、栞に三階のバルコニーに案内された。
「石神くんの寝室の真似なんだけど、結構いいのよ!」
小さなテーブルが置いてあり、俺たちは栞の煎れてくれた紅茶を飲んでのんびり景色を眺めた。
「あ、双子ちゃんがいる」
栞が見ている方向に、双子が遊んでいた。
俺と亜紀ちゃんも、カップを広めの手すりに置いてなんとなく見ていた。
「カワイイわね」
栞が微笑みながら言う。
「花岡流!」
「花岡流!」
何か、意外に綺麗な動きで型のようなものをやっている。
「花岡流だって!」
栞が笑って見ている。
「子どもはカッコイイものが大好きなんですよ」
「そうねぇ」
「まだ二人は9歳ですからね」
亜紀ちゃんも笑って見ていた。
「あ、なんかできそう!」
「え、やってやって!」
「やるよ! 「はーなーおーかー バスター」!
ハーが叫んで、左手を突き出した。
庭に置いてあった、10メートル先の巻藁が吹っ飛んで四散した。
「「ブフォッ!!」」
俺と栞が同時に紅茶を噴出した。
「え、なんですか、アレ!」
亜紀ちゃんも驚いている。
当のハーたちも呆然としていた。
俺たちは慌てて向かった。
双子と皇紀を道場に呼ぶ。
ルーとハーは、怒られると思って緊張していた。
「おい、今何をやったんだ?」
俺はできるだけ優しく聞いた。
「あのね、分かんないの。あんなことになるとは思わなかったの」
「それは見てたから分かるよ。怒ってるんじゃないんだ。俺たちも驚いたから、何があったのか知りたいんだよ」
ハーは俺を一瞬見て、安心したように話し始めた。
「あのね、ムーラダーラの下にもう一個あるじゃない」
「?」
「それにグゥーっとやってね、パシュンってやったのね」
「???」
「そうしたらね、こうやって足を捻ってやると手の方に行くのね。それをパァーっとやったら、外に出たの」
「?????????」
俺が分からないのを見て、ルーが補足してくれた。
「ムーラダーラの下にもう一個あるのは分かってたの。でもね、そこにどうやってグゥーってやるのかが分からなかったのね」
「???」
「でもね、二人でいろいろやってたら、サハスラーラから背中に抜けるパスがあるのが分かったのね。そこからグゥーってやったの」
「????????」
全然分からん。
「あ、できたみたい」
亜紀ちゃんが言った。
突然、道場の明り取りの窓が吹っ飛んだ。
「「…………」」
「お前ら! 一歩も動くなぁー!!!」
俺は絶叫した。
子どもたちを道場の床に正座させた。
皇紀も並んで座っている。
お前は本当に苦労人だなぁ。
「お前らなぁ、まず花岡さんに謝れ」
「「「「ごめんなさい!」」」」
「いいのよ、悪気があったわけじゃないんだし」
「そうなんです!」
俺は全員を平手で殴る。
ルーとハーが声を押し殺して泣いた。
「悪気は関係ねぇ! 折角誘ってくれた花岡さんの家を壊しやがって!」
「石神くん、その辺でもう」
栞が振り上げた俺の手を掴んだ。
「本当にすみませんでした。すぐに直しますから」
「いいんだって。でもみんな、危ないことは分かったんだから、もうやっちゃダメだよ?」
「「「「はい!」」」」
栞がちょっと一息入れようと言った。
俺たちはリヴィングに移動することにした。
皇紀と双子は着替える。
亜紀ちゃんが手伝った。
「石神くん、あれって花岡の技だよ」
「そうでしょうね」
「言っておくけど、私は全然教えてないよ」
「分かってます。あれは奥義でしょう」
「うん。弟が石神くんに使ったやつ。威力はまだまだだけどね」
「花岡さんも皇紀のロケットに使いましたよね」
「あ、バレてた?」
「『虚振花』というのよ。奥義の中でも特別なものなの」
「俺に話してもいいんですか?」
「うん。だってもうあの子たちが使えるんだもの」
「ハァー」
子どもたちがリヴィングに集まった。
栞がミルクティを注いでくれる。
「ルー、ハー、どうしてあんな技が使えるようになったんだ」
二人は俯いている。
「もう怒らないから話してくれ。お前たちがふざけて覚えたわけじゃないのは分かるから」
「あのね、タカさんを守ろうと思ったの」
ルーが話し出した。
二人は、最初勉強ができるということで、クラスからいじめを受けそうになった。
子どもの嫉妬だろう。
それに対抗するために、結構苦労したらしい。
結局、弱ければダメなんだということを知った。
それから、力でクラスを掌握し、仲間を増やし、仲間を鍛え上げ、いつの間にか小学校を掌握してしまった、と。
「タカさんは、カッコイイし、頭もいいし、すごいお金持ちだし、エライ人だし。だからきっと大勢の人に恨まれることもあるだろうって、ハーと話したの」
「わたしたちは、タカさんに引き取ってもらって、いっぱいよくしてもらって、たくさんかわいがってもらって、幸せにしてくれたじゃない!」
ハーが言う。
「だから二人で、タカさんを守ろうねって話してたの」
「そうしたら、本当にタカさんが拳銃で撃たれたの!」
「もっともっと、わたしたちは強くならなきゃって、毎日がんばったよ!」
「拳銃に負けない力を持たなきゃって一生懸命に!」
「お前らがパーティで演舞をしたのは」
「みんなに、私たちの力を見せたかったの。まだ子どもだけど、タカさんを守るよって言いたかったの!」
亜紀ちゃんと皇紀が泣いていた。
気持ちはきっと同じだったんだろう。
「石神くん……」
栞が背中に顔を埋めて泣いていた。
「はぁー、分かったよ」
俺は双子の頭を抱きしめてやった。
「でもな、俺もお前たちを守りたいと思ってるんだぞ。それは忘れないでくれな」
「「「「はい!」」」」
「でも、とにかくだ。今日の技は封印だ。命の危険がある時にだけ、使え」
「そういう時は使ってもいいの?」
「ああ、俺が許す。自分の命、大事な人間の命のために、思い切り使え。そのための練習は、俺の許可と指定のやり方でやれ」
「「「「はい!」」」」
「それと、ありがとう!」
「「「「はい!!!!」」」」
「タカさん!」
ルーが言う。
「絶対にタカさんを守るから!」
「おう、宜しくな」
「それとね」
「なんだ?」
「でも、ファーストキスを奪ったのだけは許さないからね!」
「お前、折角いい雰囲気で話が終わったのに!」
みんなが笑った。
「それとね」
ハーだ。
「なんだ、まだあるのかよ」
「あの技は、もっと先があると思うの」
「?」
「それも練習していい?」
栞が愕然としている。
「ちょっと待て。それについては俺も考えるから」
「分かりました!」
「それとね」
「お前、しつこいぞ!」
「弁償はわたしたちでします!」
「だって、お前らの小遣いじゃ間に合わねぇよ」
「500万円くらいはあるから」
「なに?」
俺は一瞬理解が追いつかない。
「なんでお前らがそんなに持ってるんだ?」
遺産のことか?
「あのね、株で増やしたの」
「は?」
「タカさんからもらってるお小遣いで、株を始めたの」
そうなの?
「金曜日の終値で、だいたい540万円くらい」
「……」
みんな唖然としている。
「そ、それでも俺が出す」
俺の威厳はペラペラだった。




