「花」やしき
11月も半ばになり、少し肌寒くなってきた。
俺は栞の家でコーヒーを飲んでいた。
子どもたちには聞かせたくない話があった。
「いつも子どもたちの相手をしてくれて、ありがとうございます」
「そんな、私こそたびたびお邪魔しちゃって」
「ちょっと今日は話したいことがあって」
「なーに?」
「響子が夢を見たと言うんです」
俺は響子が先日見た夢の内容を栞に話す。
「その「口に入れた毒って」
「ええ、カロートというのは人参のラテン語ですね」
栞は動揺していた。
花岡の高麗人参の話は栞にもしている。
栞は性的な効能しか知らなかった。
俺が斬と話したことを伝えて、やっとあの人参の奥底の秘密を初めて知った。
もちろん俺も栞も、もう高麗人参は使っていない。
「ねえ、石神くん。その庭っていうのは」
「はい、恐らくは」
「じゃあ、その男の人って」
「俺は考えたくもないですけどね」
「うーん」
「そういえば石神くん」
「なんですか」
「亜紀ちゃんたちって、遊園地とか行ってる?」
「いいえ、そういう場所は全然」
「ダメよー! こないだの誕生日もそうだけど、子どもの頃って、そういう場所で遊ぶのも必要よ」
「そういうもんですか」
俺が好きじゃないから行かないのだが。
「ねぇ、ディズニーランドとは言わないけど、遊園地に行こうよ」
「花岡さん」
「はい」
「もしかして、自分が行きたいとか?」
「え、いや、あくまでも、双子ちゃんたちとか」
口ごもる。
「分かりました。今度子どもたちと相談してみます」
「うん! それがいいよ!」
「家族五人で行ってきますね」
「エェッー!」
「だから家族五人で」
「もう一人追加してぇー! お願いしますぅー!」
浅草「花やしき」に行った。
ハマーで向かう。
助手席は栞だ。
「ねぇ」
「なんですか」
「ちょっと渋すぎない?」
「何がですか?」
「ディズニーランドとは言わないけど、やっぱり「花やしき」ってさ」
「遊園地ですよ?」
「そうだけど」
ディズニーランドに行きたかったのか。
はっきり言わない奴が悪い。
駐車場にハマーを停め、園内に入った。
子どもたちのテンションは高い。
栞のテンションは低い。
しかし、中に入り多くのアトラクションを見て、栞は俄然興奮してくる。
子どもたちの手を引っ張り、あちこちのアトラクションを堪能してくる。
俺はまったく興味がないので、楽しんでいるみんなを眺めていた。
ベンチに座っていると、子どもたちが集まってくる。
以前の犬の集まりを思い出して、ちょっとゾッとする。
小さく手を振ってやると、大喜びして近づいて来た。
「芸能人の人?」
何か勘違いしているらしい。
「いや、違うよ」
「だって、カッコイイよ!」
「そうか、俺が石神高虎だぁー!」
立ち上がって、ダァーハッハ、と笑うと、大爆笑だった。
子どもたちと一緒の親たちも笑う。
俺は調子に乗って、マーシャル・アーツの演舞をしてやった。
大喝采で多くの人が集まった。
何事かと係員が何人も来る。
「え、えーと、俺は「花やしき」が大好きです! ときどき来るので、みなさんとまたお会いできる日を楽しみに! なんちゃって」
また拍手が起き、俺は人垣を掻き分けて逃げた。
目の前に、亜紀ちゃんがいた。
「タカさん、何やってんですか」
「いや、なんとなく、な」
「もうー!」
亜紀ちゃんは笑っていた。
栞は皇紀と双子を引き連れて、多くのアトラクションを制覇していた。
亜紀ちゃんはスピードのあるものは苦手なようで、見物だけしていた。
昼食は園内で食べる。
「あ、バーベキューがあるよ!」
ルーが見つけた。
俺は必死で止めた。
「あれはな、普通の、一般の、まともな、清く正しい方々のためのものだ」
「「「「……」」」」
俺たちはカレーとたこ焼きの店に入った。
「幾らでも喰え」
また人だかりができた。
栞が俺に言う。
「ちょっと一つだけ一緒に行って欲しいの」
「いいですよ」
お化けやしきだった。
子どもたちは他のアトラクションに向かう。
怖いらしい。
特に双子は絶対拒否の姿勢だった。
何かトラウマがあるのかもしれない。
何故なんだろう、カワイそうに。
栞は最初から俺にしがみついている。
「花岡さん、ちょっと歩きにくいですよ」
ほとんど絡まっている。
胸が俺の身体で潰れている。
「そんなに怖いなら入らなければ」
「だって、くっついていていいのはここだけじゃない」
「……」
仕掛けは子ども騙しかと思っていたが、結構面白かった。
外に出て、栞は肩で息をしている。
俺たちはベンチに腰掛けて、缶コーヒーを飲んだ。
「あー、楽しかった!」
栞は身体を伸ばしてそう言った。
「良かったです」
「みんなも喜んでたよね」
「花岡さんのお蔭ですね」
「ねぇ、石神くん」
「なんですか」
「なんでここにしたの? ああ、本当にここは楽しかったんだけど!」
「ああ」
「ねぇ、なんで?」
「遊園地を調べていたらですね」
「うん」
「「花」って見えたから」
「?」
「ほら、花岡さんが勧めてくれたじゃないですか。だから花岡さんの「花」っていう字が目に飛び込んできたんですよ」
「!」
「石神くん」
「はい」
「キスしてくれないかな」
「はい」
俺は栞に軽くキスをした。
「「アァッーーーーー!」」
双子の声だ。
駆け寄ってくる。
「花岡さん! 花岡さんもファーストキスを奪われたの?」
「へ?」
「あたしたちもね、こないだタカさんに奪われたの!」
「あ、そうなんだ」
「「タカさん!」」
「いや、ごめん」
「ほんとに酷い人よね」
花岡さんが笑って言う。
「ちょっと!」
みんなが揃ってから、スイーツの店で散々注文させられた。
満足したルーとハーは、「黙っててあげる」と言った。
栞が可笑しそうに笑った。
帰りの車の中で、子どもたちはみんな寝た。
たくさん遊んで幸せそうだった。
栞は窓の外の夕焼けを見ている。
綺麗な顔だった。
「今日は楽しかった」
「そうですね」
「ありがとう」
「こちらこそ」
「ファーストキスだったんだぞ!」
俺たちは笑い合った。




